23 淑女の一日
相反して、エヴァはとても忙しい。
学園に通学しているのは勿論だけど、それ以外にも嗜みとして習っていることがたくさんある。
刺繍、ピアノ、ヴァイオリン、ダンスレッスンに芸術鑑賞、読書なんて趣味に近いことから、手紙を書いたりびっしり数字の書かれた書類に目を通して指示を出したりしている。
それらを熟しながら、可愛い笑顔で恋バナに花を咲かせるのだ。疲れた様子を見せないエヴァに、私は貴族って思っているより忙しいのねと考えを改めた。
お貴族様って、日がな一日優雅に座っているだけだと思っていたのよ。美味しい物を食べて綺麗な服を着て、楽しく談笑するのがお仕事だと思っていたわ。
「メイジーさんの想像通りの貴族もいますよ。わたくしは熟さねばならないことが多く…それに不器用で、繰り返さないとすぐ手が忘れてしまうのです」
照れくさそうにそんなことを言ったエヴァの手元には、Pの刺繍がされたハンカチ。間違いなく恋人に送るためのハンカチがある。
手持ち無沙汰な私に、それなら一緒に授業を受けるのはどうかと誘われ、巻き込まれた一日。流石に学園へ着いてはいけなかったけど、帰宅してからずっと一緒に授業を受けることになった。
教師達は初心者の私に優しかったけれど、アレは完全に幼児対応ね。そうね、それくらいじゃないと何もわからないわ。
刺繍の場合は、エヴァが教師役になっていた。不器用だと言うけれど、Pの形はとてもしゃれた装飾で趣味が良い。
不器用だなんて、そんなことはない。不器用っていうのは思ったとおりに刺せないことを言うのよ。
そう、花を刺しているつもりで、毛むくじゃらの動物みたいになった私のことを言うのよ。
…何この動物見たことないわ…いいえ待って、猪に似ているかもしれない。私花の刺繍を刺していたつもりだったけど、実は猪を刺していたのかしら。猪の図案なんてある?
しげしげと観察してみるけど、どの角度から見ても毛むくじゃら。猪にしては毛が長すぎるかしら。
なにこれ。
「いたっ」
くるくる回していたら針が指に刺さった。
ハンカチに刺したままだったの忘れていたわ! 針山に戻さなかったのかって? 面倒だったから戻してなかったわ!
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ」
でも結構深く刺したわね。ハンカチに血がついちゃったわ。
…毛むくじゃらの猪が暴れて血だまりを作ったみたいな惨状になったわ。我ながら、なんか怨念が籠もってそう。
怨念籠もっているなら、このハンカチ、呪いに使える? なんかあったかしら。
それにしても。
「お貴族様って、こういうちまちましたことは使用人に任せるモノだと思っていたわ」
「刺繍は淑女の嗜みですから。家紋を縫うのも妻の勤めです」
「ふうん…目が疲れない?」
「細かい作業を続ければ、ちょっと…」
「そうよね。目もだけど、こういうのは肩が凝るわ。まだ裁縫の方がマシよ」
「まあ、裁縫をなさるの?」
「新しい服を買うより縫う方が安上がりで、簡単なワンピースとか巾着とかなら縫えるわ」
因みに貴族の子女も裁縫はするらしいけど、公の場に着ていくのはやっぱりプロの作った服らしいわ。まあ、それはそうよね。
「それだけ出来るなら、メイジーさんは不器用なのではなく、経験が少ないだけだと思いますわ。繰り返せば刺繍も形になるかと」
「形にはなってるのよ。毛むくじゃらの形に」
花の図案だったはずだけどね。
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