21 面白い女
彼女の礼儀作法は、エヴァと一緒に学ばせればいいかもしれない。どうせ暫くはこの屋敷に滞在するのだし。やることがないのは暇だろう。
「教師の手配を。エヴァの復習と、彼女の学習を一緒に行おう」
「あの野生児を躾けるつもりで?」
「そのつもりだとバレたら呪われそうだ」
呪ってやるからと吐き捨てた顔を思い出す。
今にも歯ぎしりしそうな、怨嗟に満ちた悔しそうな顔だった。
淑女の嗜みで澄まし顔ばかりの令嬢は、まずあんな顔をしない。感情むき出しの様子がとてもおかしかった。
スタンはとても楽しいが、モーリスはひたすら呆れている。
「あの女も物理主義の脳筋なのに、やろうとしている事が呪いって、変な奴だよな」
「そうでもない。彼女はあれで理性的だよ。全身で突進しながら、力加減を考えている」
確かに本能で動いている部分が強いが、知識がないからこそだろう。
貴族と庶民の違いはわかっても、そこから生まれる悲劇をよくわかっていない。恐らく遠目にも貴族を認識しない田舎出身。
それこそお伽噺のような貴族しか知らない庶民。
だからこそ怖い物知らずで、大胆で、行動的だ。
それでいて、本当にしてはいけない一線を理解している。
証拠に、彼女は自分が処分を受ける立場だとわかっていた。わかっていて、スタン達に反抗しなかった。
酒場で出会った時からそうだ。ばれたのなら仕方がないと、彼女はこちらの指示に従った。
言動は褒められた物では無いが、アレはこちらに対する威嚇だ。自らを奮い立たせるため、精一杯威嚇している。本人が気付いているか不明だが、いつもぎゅっと握られた拳からそう判断した。
更に彼女は、こちらの正体を深追いしなかった。
恐らく彼女には、まだ別の目的がある。
スタンは軽く調べさせた、短い文章しか書かれていない書類を確認する。
数ヶ月前に田舎町から王都へとやって来た娘、メイジー。十七歳。
彼女の宣言通り、誰に頼ることもなく安い借家で一人生活を送っていた。
「…彼女は誰を、何のために呪いたいんだろうね」
悪夢を見せる呪いは、呪いの枝を使用する最低ランクの簡単な呪いだが精神的苦痛を与える悪質なモノと言える。
しかし、それ以上に悪質な呪いは多々ある。勿論禁止されているが、調べようと思えば多種多様な呪いがこの世には溢れている。
その中で、何故その呪いを選択したのか。
誰を呪いたかったのか。
「王都に辿り着く以前の行動は不明。出身地も調べる必要があるね」
「呆れるほどの正直者だから、聞けば答える気はするが…」
「聞くならエヴァだね。僕らじゃ警戒される」
妹は純真可憐な天使だけど、魑魅魍魎の跋扈する貴族社会を生き抜いてきた娘だ。裏を読むことに長けている。暴走気味だが純朴なメイジーから情報を得るのに苦労することはないだろう。
もっとも、本人は恩人相手にあまりそういった手腕を発揮したくない様子だが。
「エヴァにそういった指示を出したって知られたら、やっぱり呪われちゃうかな」
「嬉しそうにするな」
「呪う分だけ僕のことで頭がいっぱいになるなら愉快だよね」
「うわ厄介…」
紫の目元を歪めて、モーリスがスタンを見やる。スタンは口端を上げながら、彼女についての短い報告書を指でなぞった。
「面白い子だよね、メイジーって」
真っ直ぐ走る女の子。それなのに時々飛び跳ねて予測不能な動きをする。
楽しがっているスタンの意図を察して睨み付けてくる顔が、真っ直ぐ怒りを表現する臙脂色の目が宝石よりも美しい。
「もっと知りたいな」
その頃メイジーは唐突に、理由のない悪寒に襲われていた。
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