【番外編】目的のために手段は選ばないし、
助け鬼は私の圧勝で幕を閉じた。
全員捕まえてやったわよ。
あっという間に身近な存在と認識された私は子供たちに「メイジー メイジー」と気軽に呼び捨てにされている。メイジー様と呼ぶ子もいるけれど、これはもう性格よね。
擽ったり振り回したりしながら遊んでいたらあっという間に子供たちの電池が切れて力尽きるように昼寝をはじめた。
令息もそれに混じって眠っている。目付きの悪い男の子と一緒に、子ウサギのような女の子を挟むように三人で。
令息はあの後、ちゃんと女の子に突き飛ばしたことを謝っていた。
あそこはもうあれでいいだろう。
「で、事情を把握するより先にやっちゃったけど、何があったの」
「本当に…まずは事情の把握からですよメイジー…」
疲れたように肩を落とすエヴァは、持ってきた刺繍入りのハンカチをシスターに手渡している。
これも本当は最初にやることだったけど、私が強行したからこんな時間になったわ。
ごめんなさいね!
子供たちがお昼寝タイムにはいったので、私とエヴァはシスターと向かい合ってお話を聞いていた。
そう、何故こんなところに貴族令息が一人で来ているのかも含めて。
事情を聞くところによると、あの令息は時々ふらっとやって来ては預けられた子供たちに暴言を吐いて、暴力を振るって、反撃しようものならお父様に言いつけてやるとくっそ生意気なことをしていたらしい。
オイちみっこ。アンタ謝る相手は女の子だけじゃなさそうね。後で全員にごめんなさいさせる必要があるわ。
ちなみにそのお父様は孤児院へ寄付している貴族の一人で、子供は父親にここは遊び場だから全部好きにしていいと言われていたらしい。くっそ生意気に教えてくれていたそうな。
なに私物化してんのよ。
王女殿下も懇意にしている孤児院でよくでかい顔ができたわね。
そこまで考えて、私はハッとエヴァを見た。
「もしかしてエヴァ。大々的にここを懇意にしているわけではない…?」
「贔屓になりますから公表はしていないです…」
成る程、それだとしても把握出来ていない父親は小物って感じるのは私だけかしら。
シスターも王女殿下が懇意にしてくれているけれど、貴族相手にどう対応したものかと困っていたらしい。
「相手は男爵位ですので、王女殿下のお名前をお借りするのは相手方が気の毒で…」
「やらかしている相手への優しさは見せなくていいのよ?」
シスターも中々言うわね。好きだわ。
というかもしかしなくても他で威張れないから孤児院にちょっかいかけているのかしら。ぶちのめすぞ。
あの令息に護衛がいないのはおかしいと思ったけど、男爵位だから? だとしても従者とか使用人とか、子供の傍には付けるわよね。経営難なのか、令息が放置されているのか、しっかり確認しなくちゃいけないわ。
場合によっては私の右手が唸る。風を切って唸るわ。
私が座ったまま素振りをしていると、部屋の扉が開いた。見ると、ちょっと眠そうな令息が顔を出している。
令息は室内を見渡して、私を見つけると気まずそうな様子を見せながら、おずおずと近付いていた。
「…なあ」
「なによ」
「お父様は、僕がここで一番偉いから、ここにいるのは全部僕の玩具だって言ったんだ」
よし、痛い目にあわそ。
勿論令息ではなく、父親の方を。これは決定事項だわ。
しかし突然どうしたのかしら。それを私に言ってなんになるの。
「…だけどメイジーが来たから、僕より偉いメイジーがいるから、僕も玩具で…やだけど僕の方が偉くないし…メイジーが乱暴なのは、僕が玩具なのに言うとおりにしなかったからだろ?」
…令息が子供たちに対して乱暴だったのは、そもそも相手を玩具と認識していたからなのね。自分の玩具なのに言うことを聞かないから叩いて教育していた、と。
もうそれだけで親が令息に対してどういう教育しているのか透けて見えると思うのは私だけかしら。
でもって私が乱暴なのも同じ理由と思われていたの?
全力で擽ろうかちょっと考えたけれど、令息は俯いて考え込んでいた。
「…僕が玩具なのはやだけど…でも、玩具で遊ぶより、玩具と遊ぶ方が楽しかったんだ」
楽しかったと言いながら、不安そうに俯いている。
「もしかして僕、あいつらと同じ玩具なのか。実は偉くない?」
根付いた価値観から、自己肯定感が薄れているみたいね。
というかとんでもないわ。なんでそうなるの。偉いか偉くないかが判断基準って?
「アンタが偉いか偉くないかだったら、偉くないわよ」
令息がしょぼんと肩を落とし、私の隣に座っているエヴァが蒼白でオロオロしている。シスターはじっと見守る態勢だ。
私は言葉を続けた。
「偉くないけど、あの子もアンタも私も誰かの玩具じゃないわ」
「だけどお父様は、庶民は偉くないから玩具だって」
…男爵位よね? 自分より偉いやつばっかりなのによくそんなことが言えるわね。爵位が下だからって、腐る必要はないのに。
自分より格下がいないと生きていけない系のやつなのかしら。いるのよね。常に自分より下の存在を探し求めるやつ。
欲しがりビビアンにもちょっとそんなところがあったわ。あの子は、誰かのものをとことん欲しがった。
誰かのもの、という特別感を欲しがっていたのもある。だけど相手から大切な物を奪い取って、悲しんでいる相手を見て楽しそうに笑っていた。誰かが惨めになるのを喜ぶ性格破綻者だった。
早めに周囲の大人達と一緒に矯正したけど今頃どうしているかしら。再発していないといいけど。
「じゃあアンタは、今日一緒に遊んで一緒にお昼寝した子たちが、まだ自分の玩具だと思っているの?」
「…」
令息はそっと、自分が開けた扉を振り返った。
そこには誰もいないけれど、恐らくまだ昼寝中の彼らを見ているのだろう。
「あんなに好き勝手な奴ら、玩具じゃない…」
「じゃあ好き勝手やってるアンタも玩具じゃないわ」
そう、玩具じゃない。
「玩具じゃないのよ。身分が低かろうが高かろうが、玩具にされる謂れはないわ」
頭を過ったのは出会った当初のむかつく笑顔のスタン。
私のことをつついたら音の鳴る玩具だと思っているかのような態度。私が噛みつく度に嬉しそうに笑って、時々私がどう反応するのか楽しそうに観察して…。
私を玩具だと思っていた。
思っていやがったのよ。
横に寄せておいた苛立ちがスライドして戻って来たわ。
この苛立ちどうしてやろうか。
横で聞いていて何かを察知したエヴァがソワソワしている。
「…でも、お父様は…」
「エドガー」
俯いていた令息、エドガーが顔を上げた。
子供らしい丸い目が、名前を呼んだ私を見ている。
「一緒に遊んだこの名前を覚えている?」
「…クリス、ヘンリー…ジャック、ハリー…ボニー、ベラ…」
ぽつぽつと並べられる名前。視線をうろうろさせながら名前を呼んで、最後に私をもう一度見上げた。
「…メイジー」
「そう、私はメイジー。でもってアンタはエドガー」
子供の柔らかい頬を両側から挟む。ふにゅっと小さな口が突き出た。
「名前があって、考える頭があって、行動する心があるのよ」
ぐりぐりと柔らかい頬をこねくり回す。空気が抜けたのか、ぷひゅっと間抜けな音がした。
見上げてくる丸い目と、しっかり目を合わせて断言した。
「玩具じゃないわ」
丸い目が潤んでいる。
多分もうわかっている。わかっているけれど、父親の教えと反するからどうしたらいいかわからない。
貴族とか関係なく、子供は親の教えが一番。他人に指摘されたって、家庭の考えに一番染まる。
間違っていると思っても、家族に嫌われたくないから口を噤んでしまう。
もう少し年齢を重ねたらまた違うかもしれない。だけどこの年齢で、家庭より別を優先するのは難しい。
本当は家族間でなんとかする問題だけど。
だけどここから先をちみっこに望むのは、可哀想よね。
「それでもお父様が正しいと思うなら…お父様の間違いを、私が正してきてあげるわ」
言って、立ち上がる。
エドガーの視線が私を追ってくる。その後ろ、微かに開いた扉の奥からも、数人の子供たちが私を見ていた。
任せなさい。
「人を玩具扱いする輩は、私が成敗してやるわ!」
断言した私の背後で。
教会の窓からさし込む光が、子供たちの目をキラキラ輝かせていた。
「…メイジー、どうなさるおつもりで…?」
帰りの馬車で不安そうに私の様子を窺うエヴァは、私がイライラしているのをよくわかっているようだった。
ええ、イライラしているわ。
なんかよくわからない男爵にもだけど…人のことを玩具扱いしていた、スタンにも。
だからエヴァに恐る恐る問われて、私は真顔でこう言った。
「卑怯な手を使うわ」
そう、とっておきの卑怯な手。
「というわけで無慈悲にアンタの権力を使うわよ!」
「無慈悲」
私は公爵家に帰らず、エヴァと一緒に王宮へ乗り込みスタンのところに直行した。
ええ、卑怯な手を使うためにね!
「でもって私の苛立ちはアンタをこき使うことで解消することにしたわ!」
「うん? 僕への苛立ち?」
「思い出し苛立ちよ!」
「ああ成る程。ごめんね?」
「…私が何に対して苛立っているのか正確に読みとって真剣に謝っているのがわかるから更にむかつく…!」
「こき使って?」
「申し訳ない顔で嬉しそうにすんな!」
「お前ら通じ合いすぎていて怖い」
モーリス煩い!
とにかく卑怯な手、王太子の威光を使うわ!
そして数日後。
孤児院では身分関係なく、子供たちの笑い合う声が響くようになっていた。
卑怯とわかっていて手っ取り早くスタンという最強の手札をきるメイジー。
だけどスタンを直接使ったわけではありません。名前だけ借りた。こき使うと言いながら実際は使えていない。
こき使うって言いながらこき使えていないメイジーがツボのスタン。爆笑。
そしてメイジーが子供たちに断言したとき、メイジーの背後がキラキラと輝いており…子供たちには自信に溢れ、強くて綺麗なメイジーが光り輝いて見えていました。
ヒーロー爆誕。
次回、忘れられていた侯爵令嬢のターン。




