【番外編】いつだって全力で、
令息矯正中
「はあ…はあ…」
「くそ、なんで僕がこんなことを…」
男の子が二人、塀の影に隠れながら周囲を見渡していた。
目付きの悪いこと貴族令息。子息が文句を言うと、男の子が更に目付きをつり上げた。
「煩い見つかるだろ、文句言うな!」
「なんだと、お前の方が煩いぞ!」
小さな諍いはドンドン大きくなり、ついにはお互い向き合って文句を言い合う。
「声がキンキンするから叫ぶなよ…っ」
「僕よりお前の方が絶対煩い!」
「ふははははどっちも煩いわ!」
「「ぎゃ――――っ!」」
それを見つけた私が背後から現われて、二人は悲鳴を上げながら駆け出した。
ふはは走れ走れ!
私達がしているのは助け鬼。
鬼ごっこだけど、鬼に捕まった人たちを逃げている側が助けることができる。
助け方は、鬼に見つからないように捕まっている人のところに行って、助けたい人にタッチすること。連続タッチは認められないわ。
捕まった人は決められたポイントで待機していて、助けられた人は必ず「復活!」と叫ばなくてはならない。
逃げる側の勝利条件は、時間以内に半数が生き延びていること。
鬼の勝利条件は、時間以内に半数以上を捕まえていること。
勿論私が鬼よ。
その場の全員を巻き込んで、私達は全力で助け鬼をしていた。
「つまりあの方は噂の公爵令嬢…」
「はい、お騒がせしております…」
高笑いしながら貴族令息と目付きの悪い男の子を追いかける私を見ながら、捕まった人の待機ポイントで言葉を交わすエヴァとシスター。
全員って言ったからには全員よ。勿論この二人も巻き込んだ。
エヴァは私より偉いけれど、私より権力を行使することが苦手だから巻き込まれたわ。
いやなことはいやって言っていいのよエヴァ。
あっという間に捕まえたわよエヴァ。
シスターは老齢なのでゆったり捕まえさせて貰った。ちゃんと教会の中から椅子も持ってきてそこに座って貰っているわ。
その間に何人か逃げたけど、ちゃんと回収したからプラマイゼロってやつよ。
「何が起ったものかと思いましたが、不思議な方ですね。始めは令息に暴力的でどう止めようか悩みましたが、今では身分に関係なくこうして走り回っています」
「ええ、一度こうして身分関係なく走り回ることが、子供たちが仲良くなる一歩だったんですね…」
なんかいいこと言っているけど、逃げている子たちはお互いを罵倒し合っていて全然仲良くないわ。
だけど捕まっている側は、必死に二人を応援している。
「がんばえー!」
「がんばえー! にげてー!」
「たすけてー! にげてー!」
「めいじーしゃまやっちゃえー! ちゅかまえてー!」
「きゃー!」
気分はもう傍観者。ゲーム観戦の感覚で飛び跳ねたり拳を振り回したり大興奮だ。
まだ捕まえていない子もいるので、この隙にポイントに近付いて助け出したりもしている。ほっぺたを赤くした子がエヴァにタッチして、エヴァは目を白黒させながら「わたくし!?」と驚いていた。
子供に手を引かれてポイントを出たエヴァは恥ずかしそうに「ふ、ふっかつ~」と言いながら隠れる場所を求めて移動した。
微笑ましいわね。ピーター様も連れてくるべきだったわ。
「それもまた次回ね。さあ捕まえたわよ!」
「「ぎゃー!!」」
「「きゃー!!」」
二人仲良く抱き込んで、腕の中で二人が悲鳴を上げる。観客たちも甲高い悲鳴を上げていた。
「なかなかの速さだったけど私には勝てなかったようね! ふははははは泣いて悔しがれ!」
「こ、こいつ全然お嬢様じゃない…っ」
「知らない…こんなご令嬢知らない…っ」
「世界は広いのよ。今のうちに例外に出会えてよかったわね」
「やっぱり例外じゃないか!」
お嬢様成分はエヴァから摂取しなさい。
私は捕まえた二人をポイントに放り込んで、やりきったぜと汗を拭う仕草をした。
「さて、あと何人かしら。制限時間まであと五分。コンプリートを目指して頑張らなくちゃ」
「ううう…なんで僕がこんな目に…」
「ふっ。そこで精々悔しがっていなさい。どうせ、誰もあんたを助けてくれないわ」
言い放てば、令息は泣きそうな顔をした。
だけど容赦しないわよ。
「酷いことをする相手に、手を差し伸べる人は居ないわよ。アンタだって逃げ回りながら、捕まっている子を助けようとはしなかったでしょ。時間が来るまでそこで寂しく待ってなさい」
そう言って、私はさっさと教会の奥へ移動した。裏側に回り込んで、さっと壁際からポイントを窺った。
(さて、どうなるかしら)
令息は私の言葉に傷ついて、けれどなにも言い返せないようだった。ポイントで膝を抱えて縮こまる。
その横を通り過ぎた子が、捕まっている子にタッチした。仲のよい子なのだろう、お互い笑顔で「ふっかつ!」と言いながら逃げていく。逃げていく子を見送って、令息は更に肩を落とした。
その背後でシスターが声を掛けようか迷っている。しかし目付きの悪い男の子がシスターを止めて、じっと令息を観察していた。
令息がどう出るか、見張っているようにも見守っているようにも見える。
(あの子は見所あるわね)
そのとき、ポイントの横にある茂みから女の子がにゅっと顔を出した。
子ウサギのように茂みから顔を出した女の子は、令息に突き飛ばされていた女の子。恐らくずっと隠れていたのだろう。走り回る子たちの中にあの子はいなかった。
私が傍にいないことを確認して、おどおどしながらポイントに近付いた。走るのは速くないのだろう。ぴょこぴょこ跳ねるようにやって来て、両手を伸ばす。
「た、たっち!」
両手を伸ばして、二人の男の子にタッチする。
目付きが悪い子と、貴族令息に。
連続は認められていないけれど、同時タッチは実質一回。よく気付いたわね。いいわ、その裏を掻く感じ。
自分が突き飛ばした女の子に助けられて、令息は目を丸くした。
「な、なんで…こいつだけでいいだろ」
「え、だって、足速かったから…」
女の子はきょとんと令息を見上げた。
子供の遊び、理由なんて単純だ。
単純だけど、好き嫌いで助ける相手を選ぶ子供ばかりじゃない。遊びに勝つため、好き嫌い関係なく強そうな子を助けることだってある。
女の子は純粋に、戦力になると考えて令息を助けた。
目付きの悪い子はぎゅっと眉間に皺を寄せたが、固まっている令息をつついてポイントから出た。令息は何か言いかけて、目を潤ませながらポイントを出た。
「「ふっかつ!」」
「…ついてくるな。お前はあっち行けよ」
「いやだ絶対あっちはメイジーがいる。お前こそついてくるな」
「あ、あっち…あっちいこ…」
自然と小さい女の子の手を二人で引いて、女の子が示した方向に走っていった。
私はその様子をしっかり教会の影から覗き見て。
「にーげーたーなーぁあ!」
「「「キャ――――ッ!!!」」」
全力で追いかけた。
「大人げないですメイジー!」
私と同じところからほのぼの見守っていたエヴァが驚愕の声を上げたけど知らないわ。
ポイントを出るところまで見守ったんだからいいじゃない!
いつだって全力なメイジー。
子供相手だって全力。ただし手心はある。
あのまま誰にも助けられず令息がぽつんとしていた場合、フォローは入れる予定だった。子ウサギちゃんが助けにいったのであの子は勇気がある子、と認識。ルールの裏を掻くのもよい。
子供たちの身分差トライアングルを生み出した自覚はない。
令息の事情は次回。




