【番外編】マーガレット・エフィンジャー公爵令嬢は
分割したので短めです。
貴族令嬢の嗜みとしてあげられる一つに慈善事業がある。
孤児院に寄付したり、刺繍したハンカチを寄贈したり。方法は様々だが、高貴なるものに伴う義務…ノブレス・オブリージュとして推奨されている。
エヴァが通うチャンル学園でも、在校生は弱き者を助け導くことを教えられている。
公爵令嬢となった私も、財力があるならないところに寄付するべきと納得して寄付先の孤児院を見学に行くことにした。
適当に寄付先を選んで問題が起るとことだ。しっかりとした経営方針なのか、寄付金はどのように使われるのかを知ってからでないと寄付はできない。
そう、古本屋のアンドリューも貧しげな外見に騙されるなって言っていたわ。敢えて貧しそうに装ってお金を巻き上げる詐欺師だっているから、引っかからないように金回りのチェックは必要だっていっていたわ。
かといって慈善事業初心者の私。エヴァが懇意にしている孤児院があるからまずはそこに行ってみようと、二人で護衛を引き連れて孤児院へやって来た。
王都にある孤児院の一つで、孤児院としては小綺麗だった。教会のお手伝いとして子供を引き取ることで保護しているらしい。子供たちはせっせと教会の掃除やお祈りをしていた。ちゃんと勉強もしているらしく、孤児院にしては教養が高い。
というのも、ここにいるのは諸事情で育児放棄された貴族の子供の方が多いらしい。
愛人に産ませた子。侍女に手を出した結果。貴族令嬢が婚約者以外との間に産んだ子。事故で親を亡くし親戚に家を乗っ取られた子。
様々な問題を抱える子供たちが集結していた。
(貴族の闇の煮こごりじゃないの)
勿論庶民の子もいるらしいが怪しい。それ本当に庶民の子?
「ここにいる子は将来的に平民になるか、家の都合で再度引き取られるかです。引き取られるとなった場合、読み書きなどができないと苦労しますからこちらで教育もしています」
「勝手な都合でうんざりするわね。家庭訪問するべきかしら」
「おやめください」
一歩違えば自分もここにいたかもしれない。
公爵家で生まれた場合、あの公爵がお母さんとの時間を邪魔されて我慢できるわけがない。預けるところがあるなら半永久的にぽいっと預けてしまいそうだ。
「勿論人目のある場所ですから、ここに預けるより育てる方がマシだと考える方たちも多いです」
「体面を気にして?」
「はい。だから人知れず預けようとなさったり、置き去りになさったりする方が多くて…」
「復讐するなら連絡してね子供たち。協力は惜しまないわ」
「そういう支援の場ではないです」
エヴァは馬車の中で、私にしっかりどういう場所か説明してくれた。
事前情報をしっかり頭に入れてから孤児院へ向かった。
だから、孤児院の庭先で身なりの良い男の子が着古したワンピースの女の子を突き飛ばした瞬間、問答無用で男の子の背後に回り込んで身体を横に倒し、くるっと側転した小さな足を掴み上げた。
「ちみっこだろうが女の子に悪さする輩は私が許さないわ!」
「ぎゃあ――――っ!」
「まず事情聴取からですメイジー!」
男の子の悲鳴を聞いて、孤児院からわらわらと子供たちが姿を現わした。
尻餅をついて呆然としている女の子の傍に、同い年くらいの男の子が駆けてくる。多分七歳前後。キッとこちらを睨み付ける気概は合格。
ちらほらと女の子が数人近寄ってきて、呆然と動かない女の子の傍に寄り添った。
仲が良さそうで大変よろしい。
「な、何事ですか!」
ここで大人が慌ててやってくる。子供たちより遅いが、老齢のシスターだった。掃除中だったのか手にはたきが握られたままだ。
うん、よい孤児院な気がする。私はちみっこを逆さ吊りにしたまま頷いた。
逆さ吊りにした男の子はつり上げられた魚のようにびちびち身を捩っている。
「い、イヴァンジェリン殿下…っ、こ、これは何事ですか?」
「ああ、大変申し訳ありませんシスター! 私たちも今来たところで…メイジー! まずは会話からですメイジー! その子を下ろしてあげてください泣いてしまいます!」
「泣かしているのよ」
「メイジー!」
「は、放せよぉお…っ ぼくにこんなことをして、お父様が黙ってないぞ!」
「そのお父様がどこにいるというの。今ここで、私を止められると思っているの?」
「お、お父様に言いつけてやるからな~っ」
「へえ、今ここにいないお父様に言いつけるなんて、無事に帰れると思っているお子様だからこそ言えることね」
「…えっ」
皆揃って私を見上げた。
「今ここにいない人に頼ってどうするの。アンタが私をどうにかするしかないのよ。お父様に言いつける? やってみなさい。ここにお父様はいないんだから、お父様は助けちゃくれないわよ」
「な、な、な…っ」
「さてどうしてやろうかしら」
わるーい顔で逆さ釣りした子供を見れば、子供は逆さ吊りされているのに青ざめていた。
「私はアンタが女の子を突き飛ばしたからこうしているの。放して欲しいならちゃんと謝りなさい」
「げ、下賎なやつに僕が何をしても関係ないだろ!」
「身分の話はしていないわ。女の子を突き飛ばした話をしているの」
「な、なん…なんだよぉ~僕の方が偉いんだぞ~!」
「はっ! 偉ければ何をしても良いなら、私がアンタに何をしても許されちゃうわね」
「えっ」
「ふはははは! 残念だったわね! 私はこの場で二番目に偉いわよ!」
この場で一番偉いエヴァと二番目に偉い私に向かってよくぞ言った。
本当に肩書きというか、名称でしか認識していない身分だけど。
こいつが公爵家だとしたら同等だけど、違うでしょ。公爵子息がこんなところで護衛もなく出歩くわけがないわ。
多分、貴族と言ってもそこまで高い身分じゃないんでしょ。
青い顔のままだし。
私は悪い顔のまま、そろそろ危険と男の子を地面に転がした。逆さ吊りにし続けると悪影響だもの。頭に血が上っちゃうわよね。
「アンタより私の方が偉いんだから、私に従って貰うわよ」
青ざめたまま転がった男の子の前で仁王立ちした私は、腰に手を当ててにやりと笑った。
「全員ね!」
「…えっ」
皆揃って私を見上げた。
現在はヒーローと言うより悪役。
子供だろうが女の子に酷いことをするやつは許しません。
だけど事情を聞いてからにしようね、メイジー。




