【番外編】愛故に誠実でありたい
エフィンジャー公爵家のお家騒動。王族、というか国王のやらかしが落ち着いて一ヶ月。
田舎娘だったメイジーは、公爵令嬢として社交界に顔を出す必要があった。
何せ今まで存在していなかった公爵令嬢だ。公爵が書類をねつ造したからといって周囲が素直に信じるわけがない。今後のためにも、その存在は周知しておく必要があった。
そう、今後のためにも。
メイジーがスタンを受け入れるか、振るか。どちらを選択したとしても、存在は周知していた方がいい。
「だけど残念なことに、僕は君をエスコートできないんだ」
「じゃあモーリスに頼めばいいわけ?」
「やめろ秒で巻き込むな」
メイジーが持ってきたお弁当を食べながら出した話題で、うっかりモーリスが死にかけた。
別にモーリスがメイジーをエスコートしたくらいで嫉妬して刺したりしない。ちょっと仕事が増える程度だ。
王宮の執務室。昼食休憩ということで官吏たちが出払った部屋で、スタンとモーリスのところにお弁当を持ってメイジーが現われた。
毎日ではないが、メイジーはスタンとお付き合いの一環として、お弁当を作って持ってくる。スタンが明日も欲しいと言えばその通りにしてくれて、この日は会食があるからいらないと言えば都合のいい日を聞いてくれる。
持ち運びの時間も計算して、温かい料理が食べられるように作って持ってきてくれるので、スタンはメイジーの手料理という付属価値も含めてこのお弁当が楽しみで仕方がなかった。
彼女からの気遣いに花が舞う。
ちなみに今回メイジーが持ってきてくれたお弁当の中身はハンバーガー。男は肉よ! と公言するだけあって、メイジー手製のお弁当には高確率で肉が入っている。
更に今回は「肉の王様はハンバーグなんだから、王子様のお弁当に入れるならハンバーガーよね」という謎理論から大きめなハンバーガーパテが入っている。メイジーが大真面目に言うものだから、スタンは笑いを堪えられなかった。
メイジー曰くお付き合いとは、食事を共にして交流を図り、趣味嗜好を確認しながら相手との時間を積み重ねる必要があるらしい。
そうやって一緒にいて気持ちを育て、付き合いを続けられるか否かを判断するらしい。
正直願ってもないし、足並みを揃えようと真面目に取り組むメイジーが可愛くて仕方がない。あれこれ言いながらやっていることが初々しいし、ツンツンしながら自然とスタンの隣に座る挙動など、思わず抱きしめたくなるほどだ。
だがそれをすれば山嵐のように威嚇して来ることはわかっている。スタンはいつもの笑顔で衝動を押し込めた。
「本当は僕がエスコートしたいんだけど、王太子の僕がそれをしたら外堀が完全に埋まってしまうから」
「どういうことなの」
「最初から最後まで僕がエスコートする相手は婚約者しかないからね。お付き合いの段階でそれをしたらメイジーが困るだろう? 我慢するよ」
「そうだけどそうじゃない。アンタ私をエスコートしたことあるでしょう。ちょっとオイこらどういうことよ」
「大丈夫。今回のエスコート相手は決めてあるよ」
「聞きなさいよ!」
メイジーがプンスコ怒っているが受け流して、野菜も食べろと渡された野菜スティックを齧る。シャリシャリだ。
ソースは公爵家の料理人が作ったものらしく、ガーリックとマヨネーズの二種類だ。キュウリにマヨネーズをつけて咀嚼した。
拳を握って怒るメイジーの気を逸らすため、話を続ける。
「エスコートは公爵にお願いしたよ」
「罰ゲームかしら」
「公爵にとってのな」
「罰ゲームだよ。彼への報復は地道に続いているからね」
「なら仕方がないわね付き合ってあげるわ」
「娘をエスコートするのが罰ゲームって高度な嫌がらせだな…」
モーリス煩いと怒りながらニンジンを高速で咀嚼するメイジーに、冊子を渡す。
受け取った彼女はニンジンを咥えたまま首を傾げた。
そういった動作が思いがけずあどけなくて、外見は艶美で中身は苛烈なのに、無垢さが顔を出す瞬間がとても可愛い。
「何よこれ」
「ドレスのカタログ。夫人と一緒にドレスを選ぶといい」
「ふうん、ここから選べばいいの?」
「うん。君専用のドレスを僕が贈るのはまだ早いだろう?」
だって婚約者じゃないからね。メイジーに似合いそうなデザインのカタログを渡すこと程度は許して欲しい。
でも叶うなら。
「メイジーが許してくれるならすぐ贈るから、そのときには教えてね」
無作法に、口元に付いたソースを舌で舐めとる。
メイジーの視線を感じながらゆっくり、丹念に。
彼女の視線が思惑通り動いて――――ナプキンを叩き付けられた。
「動作がいやらしいからやめろ!」
「はははっ」
本気で焦っているときは特別口が悪くなるメイジー。どうやら母親の影響らしく、あの母子は本当によく似ている。本当に、ロドニーに逢わせてはいけない。
スタンは彼女の気を少しでも引きたくて、ついつい無作法なこともしてしまう。
メイジーはいつも真っ直ぐ気持ちを、怒りをぶつけてくるから。嘘偽りない気持ちが欲しくてついつい揶揄ってしまうのは悪い癖だ。自分でもそう思う。
振られないためにも誠実にお付き合いをしなければならないのに。
だがこれも自分だから、それを隠すのも誠実ではない。
メイジーと正直に向き合う。それがスタンにとっての誠実さだった。
「メイジー、今日もお弁当をありがとう。美味しかったよ」
「そう、よかったわ。やっぱり肉の王様だけあって満足度が違うわよね」
「うん、王様の肉でも今度やってみようかな」
「シャレにならないからやめろ」
青ざめたモーリスに止められた。視界の端、檻の中でびくついている生き物が見えたが気にしない。
ちなみに、メイジーによる陛下逆さ吊り事件が終わった後だったりする。本気で豚だと思って生け捕りにし、処理しようとしていたメイジーが最高だった。
「明日もお願いできる? 豚肉がいいな」
「いいわよ。薄切りにして野菜に巻いて美味しく焼いてやるわ」
「美味しそう。楽しみだなぁ」
「お前らそっち見ながら言うな」
檻の中を見ながら明日の昼食の話をしただけなのにモーリスに怒られてしまった。確かに食材が怯えていたが、本気で食材にするつもりはない。メイジーの目はちょっと本気だった気がするけど、可愛いものだ。
そろそろ休憩時間が終わるので帰ると言うメイジーを部屋の外まで送る。残念なことに馬車まで着いていけないので、モーリスの次に信頼できる騎士にメイジーを託した。
「メイジー」
部屋の扉が閉まる前に呼び止めて、振り返った臙脂色の目に微笑む。
「当日はエスコートできないけど…ファーストダンスは僕に頂戴ね」
首をかしげて微笑めば、さらりと金髪が肩を滑り落ちる。
メイジーはムッと唇を突き出して…仕方がないなと頷いた。
父親をパートナーとして連れているのにファーストダンスを別の男と踊る意味、教えたほうが誠実かなぁ。だけど公爵がメイジーと踊れる気もしないんだよなぁ。
ちょっとだけ考えて、まあいいかとスタンは笑顔を浮かべた。
外野が何を言おうと、決定権はメイジーに委ねたのだから。
外堀を勝手に埋めないようにしているスタンだけど何をしても外堀は埋まる。
というか既にほぼ埋まっている。
だからこそ正直に伝えるようにしているが、まあいっかで終わらせるときがあるので怒られる。怒られます。




