139 ごめんなさい
今回ちょっと長めです。ちょっとだけ。
我ながらエグい音がしたわ。
脳が揺れる衝撃。落下特有の浮遊感。
一瞬星が散って、気付いたときには…仰向けに倒れるスタンの腹に跨がっていた。
視界の端に、頭を抱えているモーリスが見える。
「一体何が起きたの」
「いやお前がスタンに頭突きしたんだよ」
ドン引きしたモーリスの声が遠い。
私の下敷きになっているスタンの額が赤い。珍しいことに大ダメージを受けたようで目を回していた。
それでも私を床に落とさなかったのは意地か。それとも愛か。いや、愛って何だ。
なんかこう、盛大に苛ついて咄嗟に頭突きを繰り出したけど、思った以上のダメージを与えられて清々しい気持ちになったわ。
私は痛む額をさすりながら、スタンの胸ぐらをぐわしと掴んだ。片手じゃ重くて持ち上げられず、両手で掴み直す。息苦しくなったからか、スタンが目を覚ました。きょとんとした空色が私を見上げていた。
「いろいろ…なんか色々、言ってくるけど」
情報量が多くて全部忘れてしまいたい。
流石に許されないとわかっているけど、なんかもう放り出して寝たい。疲れたわ。
一日以内で事が進みすぎ。私は全然気持ちの整理がついていないのに、スタンの発言に追いつけていないのに、話が進みすぎ。こいつ私より早い時間で生きているに違いないわ。
だけど。
「それよりもアンタ…他に私に言うことはないの!?」
あるだろう。他に。
事情説明とか、告白とか、条件がどうとかその前に。
ないとかぬかすなら、話はここまでよ。
私の発言に、きょとんと目を丸くしていたスタンは数回瞬きを繰り返し…。
「ごめんね」
微笑みを浮かべず、困った顔もせず。
私の目を見て、真剣な表情で、彼は謝罪した。
「誤魔化してばかりでごめん。本当のことを最後まで言わなくてごめん。面白がって、君の反応を楽しんでごめん」
ひっくり返っても私を支えていた手が、私の首筋に触れるか触れないか、そんなあやふやな位置まで上がって止まる。
「君が怒るとわかっていて、怒らせるために君に触れた」
ごめんなさい。
小さく謝罪して、結局私に触れることなく、手が離れていく。静かに床に落ちた。
「言い訳ばかり積み上げて、逃げ道を潰してから全部話すのは卑怯だってわかっているよ」
そうだ。しかも選択肢を与えない。
好きだと言いながら、頷く以外の道はないと語りかけてくる。好意的な言葉で誤魔化して、強制力のある言葉で逃げ道を塞いだ。
権力者らしい傲慢なやり方だ。
それ、私は好きじゃないわ。
「それでも君が欲しい」
手は床に落ちたまま。
私に触れるのは、彼の視線と言葉だけ。
「僕を選んで、メイジー」
逃げ場はないと言外に告げながら。
それでも彼は、私からの愛を求めていた。
愛って何かしら。
私もこの国の国民らしく、お伽噺が好きだ。だけどお伽噺みたいな恋に憧れているわけじゃない。
どこかの誰かが本当に、お伽噺のような恋をしていたら素敵だな。その程度の認識。
真実の愛が実在していることも知っていたが、それだけ。
田舎町の人たちは様々な人生経験を語って聞かせてくれた。そこに愛の話もあった。もちろん綺麗な形の恋ばかりではなかった。
真実とまで言われなくても、自分が好きだと思えるなら、それでいいと思っていた。
何より母と公爵の愛は、私にはまったく理解できない形をしていた。
愛する人を歪めてまで拘束するのが愛なのか。
尋常じゃないと分かっていて正さないのは愛なのか。
他者を貶めてまで一人を求めるのは、愛があれば許されることなのか。
愛があれば、違和感をねじ曲げて押し通すことも許されるのか。
(許さないわよ)
許されるか許されないかじゃない。許さない。
私はたとえそこに愛があったとしても、私を曲げるようなことは許さない。
お母さんだって許さなかったから逃げたのだ。愛していたけれど、それでも逃げた。
愛していたけれど、許せなかったから。
私が二人の話で共感できたのは、そこだけだ。
「…ただでさえ公爵令嬢でしたって言われて混乱しているのに、お妃様になってなんて、急すぎるのよ」
情報量が多すぎる。私はそんな、話を聞いて一回で全部理解できるほど器用じゃない。
器用じゃないの。
好きと告げられて、王妃になってと言われて。王妃になれるのはスタンが好意を抱いている相手、私だけと言われて。
言われて、言われて…言われっぱなしの私じゃないわよ。
だからこっちからも、言わせてもらうわ。
「こういうのは、まずはお付き合いからでしょうが!!」
私の叫びに、スタンとモーリスの目が点になった。
何驚いてんのよ! 当然でしょうが!
そう簡単に、結婚相手を決めるわけがないでしょ!
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ずっと、謝罪がないことに怒っていたメイジー。
手も足も出なかったので頭を出した。自分にもダメージが入るが捨て身の攻撃、スタンに直撃。お互いおでこにこぶができている。
メイジーは全身全霊でぶつかっていくことを躊躇しないので、のらりくらりされると根に持つ。つまりスタンのことはだいぶ根に持っていた。
そしてこれからメイジーのターン。




