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115 それどころじゃなかった


 そしてそのタイミングで、派手な音を立てて扉が破られた。


「ナディア!」


 焦った男の怒鳴り声。私は拳を構えて振り返り、スタンにそっと拳を降ろさせられた。モーリスがさりげなく私達の前に立ち、入り口から私を隠す。


 …いえ、待って。私が飛び出していかないように対処しているわけじゃない、わよね? 庇っているのよね? どっちを?


 取っ手を縛っていた紐がちぎれ、扉を塞いでいた家具が無理矢理どかされる。人一人分というには狭い隙間から、一人の男が部屋の中に飛び込んできた。

 夜会で会った時より崩れた金髪。冷え冷えしていた碧の目は焦燥に満ちて、真っ直ぐ寝台の方向を確認した。天蓋の奥に人影を確認し、けれどまだ安心できないと駆け出した。


 彼がお母さんの伴侶で、私の生物学上の父親…ジェイラス・エフィンジャー公爵。

 それは今夜の夜会で見た公爵で間違いなかった。


 彼は私達が見えている? って聞きたくなるくらいガン無視でお母さんの存在を確認しに走った。天蓋をかき分けて、そこに変わりなくお母さんがいることに心底安堵して息を吐く。


「ああ、よかった。また君がいなくなってしまうのかと」

「もうどこにも行かないって約束しただろ。ちょっと落ち着け」

「いいや安心できない。やはりまだ早かった。君をおいて夜会になど…次からは妻の体調が心配だからと欠席しよう。大丈夫だ、私の愛はあの頃から深みを増すばかりだった。周囲もわかってくれる」

「わかってくれているんじゃなくて諦められてんだよ!」


 お母さんの口調がとっても崩れているわ。

 成る程少年時代()の名残…時々口調が乱れるとは思っていたけど、若い頃の口調ってなかなか直せないものね。というかこういう口調も、お母さんが貴族の令嬢と信じられなかった原因の一つよ。


 わあわあ騒ぐお母さんを一通り愛でてから、公爵はやっと私達を視界に入れた。

 位置的に天幕が幕になり、正確な表情は読み取れない。でもピリッと走った殺気に肩が強ばった。


 おぉんやんのか?

 拳を握ろうとして、再びスタンに降ろされた。邪魔すんな。


「我が妻の寝室に無断で入室するなど、なんと無礼な。それも入り口をあのように塞いで…その命いらぬか」

「夫人に謝罪はしたが、夫の君にも一応謝罪しておこう。しかし先に無礼を働いたのは公爵、君の方だよ?」

「…まさか、殿下?」


 こいつ侵入者が誰だかわかっていなかったの。


 確かにこの部屋暗いし、広いし、入り口から距離があるし、人相は一目じゃわからないわね。しかも天幕越しだし。

 公爵は念入りに天幕を直してから私達と対峙した。この時天蓋の内側にある灯りを一つ手にしていて、ぼんやりと部屋の中が照らされる。


 そこでようやく、私達は視線が合った。

 公爵は前に出ているモーリスと、彼に庇われている私とスタンを確認して…くっと眉を上げた。


「まさか本当に殿下が我が屋敷になんの連絡もなく訪れるとは。しかも妻の寝室に。曲者として切り捨てられても文句は言えませんよ」

「そこは私の護衛が優秀だからなんとかなるさ。それに先程も言っただろう? 先に無礼を働いたのはそちらだと。私もそれ相応の対応を取らざる得なくなっただけだ」

「無礼とは? 記憶にございませんが」

「そうかい? 夜会で私が伴っていた女性がこの屋敷で発見されたのに、白を切り通すつもりかな」


 あ。

 …そういや私、誘拐されていたわ。



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どうしてここにいるのか、すっかり忘れていたメイジー。


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― 新着の感想 ―
[一言] 公爵。ボケたか? 人攫い、それも王太子殿下のお連れ様に対してやらかしといて。 部下が勝手にやったとか言い訳始めたら、メイジーは気つけと称してガッツリ一発カマしたれ!
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