105 まだ娘
絞り出したように出した声は幸い、大声にならず異変は気付かれなかったようだ。
私は天蓋の内側に潜り込み、母に飛びついた。受け止めたお母さんは、力強く抱き返してくれる。
「ばかばかばかばかばかばかばかばか!」
「うんうん心配かけたわねごめんね元気よ」
「ばかばかばかばかばかばかばかばか!」
「ごめんごめんほんとごめん。大丈夫よ生きているわほら温かいわよお母さんよ」
「うえええええぇぇぇ……」
「よしよしよしよし」
「うううううう……」
「よーしよしよし」
抱きしめたままお母さんが私の髪を混ぜるように撫でる。この大雑把な撫で方、間違いない。お母さんだ。
生きてる。
お母さんが生きてる。
――――本当は、最悪がいつだって頭の片隅にあった。
あの血はお母さんの物で、お母さんは…死んでしまったんじゃないかって。
あの場で無事でも、つれて行かれた先で死んでしまったんじゃないかって。
いつだって最悪が頭の片隅から離れなくて、こんなことをしている場合ではないと思いながら生活していた。かといって情報のない中突っ走ることもできず、無事を知るため動いていると思っても手遅れではないかと臆病風がいつも吹いていた。
でも生きている。
「よかった…よかったぁ…っ」
安堵から涙が溢れて止まらない。お母さんはぎゅっと抱きしめてくれた。
「本当にごめんね…」
「生きていてくれたからもう何でもいい。それで、お母さんを連れ去ったのは誰。やっぱり公爵? ダークホースでまったく関係ない奴? そもそもここどこ?」
「アンタ何も知らないでここにいるの? 嘘でしょ? そんな格好で?」
格好については私も物申したい。というかなんで母子お揃いのネグリジェを着せられているのよ。
「気が付いたらこの格好で部屋に放り込まれていたのよ。鍵もなかったから脱走したけど」
「…そう。確かに令嬢だったら効果的ね…令嬢ならね…」
私は気付かなかったが、お母さんはその意味を理解したらしい。厳しい顔つきで、目元をこする私を見ていた。
「…メイジー、会えて嬉しい。メイジーがどうなったのかだけがわからなくて、心配だったから」
「こっちの台詞よ」
「ええ、ごめんなさいね…それと、ここに連れて来られてそんなに時間が経っていないなら、今すぐ逃げた方がいいわ」
「そうね。今がチャンスよね。お母さんも一緒に逃げよう」
「いいえ、ひとりで逃げなさい」
は?
聞き間違いかと顔を上げる。泣きすぎて目元が赤い。
少しぼやけた視界の先で、お母さんは真剣な顔をしていた。
「あなたひとりで逃げなさい」
はあ?
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実は母子家庭で母の安否が不明でずっと不安だったメイジー。




