103 嘘は言わなかった
物音をリスの物と判断したらしい二人はそのまま迷い込んだリスをどうするか話し合いだした。
三階に気を配っていないのを確認して、四つん這いでそろそろと移動する。階段の近くではもしももあるので、人が居なくなるまで階段から離れなければ。
(深夜だから誰もいないと思ったのにたくさん人が居る…思ったより、遅い時間じゃないのかしら。待つにしても、私が部屋にいないことが誘拐犯にばれたら屋敷内を探される。そうしたら三階まで捜索されるから、あっという間に捕まっちゃうわ)
立ち入り禁止といえど、立ち入る人間が限定されているという意味らしかったし…。
どうしようかと周囲を見渡し、おかしな事に気付く。
(三階…一部屋しかない?)
エントランスから二階へ、二つの湾曲した階段が伸びている。二階の廊下が踊り場になり、折り返しに上り階段が二つ、三階へ伸びている。
三階の廊下で合流した階段はそこで途切れ、廊下の正面には大きな窓。右の突き当たりは壁で、大きな絵画が飾られている。
左側に廊下が延びて、細長い窓が月明かりで廊下を照らしている。二階と違って燭台に灯りはなく、完全に三日月の仄かな灯りが差し込むだけだった。
照らされた壁に大きな扉が一つ。
両開きの扉は重厚で、二階とは印象が異なる。
それは宝物庫のようで、堅牢な檻のようで、ほの暗い収容所のようで…。
(…なんで私、中に何かあると思ったのかしら)
当然のように、この扉が中にある何かを守り、阻み、閉じ込めているように感じた。
何故。
なんで。
何を。
誰を。
――――誰を?
(人がいる)
直感的な発想で根拠はない。
目にした印象から浮かんだ可能性で、まったく現実的ではない。
それなのに頭の中で、スタンの声が反芻される。
『隔たりがあっても感知したんだ。直接視認しないとわからない人が多いから、メイジーは珍しいタイプかもね』
初めて呪いを見たときに感じたイヤな感覚。視認した黒い靄。扉からそれは見えないが、似たものを感じる。
呪いの元祖は、思念。
形のないもの。儀式を通じて効果を生み出す。
儀式をしなければ、呪いとは漠然とした思念でしかない。
どこにでもある、誰もが抱く執念や怨念。
『君は無意識に、ブローチに付着した呪いを嗅ぎ取って違和感を覚えたんだろうね』
苛立たしいことに思い出されるのはスタンの言葉。
アイツは多くを語らなかったが、嘘も言わなかった。
だからこの違和感は、直感は、恐らく―――……私の中の福音が、この部屋にまとわりつく何かを感知している。
ふらりと立ち上がり、私は扉の前に立った。
重厚な見た目の扉。閉ざされた扉の取っ手に手をかける。ゆっくり回せば、抵抗なく扉は開かれた。
この扉にも鍵はない。
ふざけてるのかこの屋敷。
なんで鍵が開いているの。
それなのになんで私は未だに、この扉が封じ込める物だと思うの。
そんな自分が一番意味わからない。
(意味もなく怒鳴り散らしたい。キレそう)
込み上げる激情を飲み込んで、私はゆっくり扉を押し開いた。
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