101 舐めんじゃないわよ
(夜会の私はお色気お姉さんだったから狙われた? それにしたって一応王太子のスタンと一緒にいる女を狙うかしら。チャレンジャー過ぎない?)
考えながら扉に向かう。クローゼットの扉だった。
脱がされたドレスがあるかもしれないと扉に手をかけるが、鍵がかかっていた。何故だ。
(…仕方ない。ドレスは諦めよう)
私をここまで連れて来た誘拐犯に弁償させることを決めて、出入り口らしき扉まで近付く。耳を近づけて物音がしないか確認し、何も聞こえなかったので慎重にドアノブを回す。意外なことに、鍵は掛かっていなかった。
は? 拘束されていないし扉の鍵も掛かっていない? 所詮小娘、逃げられないと舐めてんのか? 今夜の私は総合的にいつもよりキレやすいわよ。
イラッとしながらゆっくり扉を開ける。隙間から顔を出して周囲を見渡せば、薄暗い廊下が続いていた。壁に備えられた燭台の灯りがぽつぽつと続いている。
…見張りもいない。
(本格的に舐められてる?)
よろしいならば脱走だ。
誘拐犯の顔を拝むか悩んだけれど、待っていられるか。誘拐犯が豚貴族だったら貞操の危機だし、そうでないなら目的がわからなくて不気味。その目的を探るため動こうにも、口先で情報を聞き出すだけの学がない。誘拐犯と話して何がわかるって、私の導火線の短さがわかるだけだわ。
拘束され鍵がかかっていたなら待つ以外なかったが、拘束されず鍵もかけられていないなら逃走一択。
流石に身一つで逃げ出すわけにもいかないので、武器になりそうな物を物色する。ぐるりと部屋を見渡した。
重い花瓶は走るとき邪魔だし、動く灯りは目印になるから燭台は持って行けないし…。
(イヤ待て、これ火を消したら程よく殺傷能力高くない?)
蝋燭が三つ並ぶタイプの、蝋燭を突き立てて使うタイプの燭台だ。小さいから片手で持ち運べるし、いざとなったらこれで牽制、もしくはぐさっといける。ぐさっと。
よし君に決めた。私は燭台を手に取り、蝋燭の火を吹き消した。
一気に部屋が暗くなる。私は焦らず、もう一度扉をゆっくり開けた。やはり廊下には誰もいない。
(よし、問題なし…恨むなら誘拐しといて閉じ込めていなかった迂闊さを恨みなさい)
ちなみに私は気にしていなかったけれど、お貴族様はネグリジェ姿で出歩かない。
部屋を出る場合この上にガウンもしくはショールを羽織る。そもそも寝る格好なので人様に晒せる格好ではない。クローゼットが閉じられていたのも上着を着せないためだった。
つまり、拘束されていなかったけれど、お貴族様的に私は人前に出られる格好ではなく、自然と部屋にいるしか選択肢がない…なんて格好だった。
しかし私は「心許ない服だな」くらいの感想しかなかった。
庶民的にも心許ない服だ。でも襟ぐりが広くて丈も短いが、胸も腕も太ももも隠れている。スカート丈は短いが、きわどさならさっきまで着ていたドレスの方が高い。
そう、先程まで着ていたドレスの方が攻撃力も高く感じたので、左程気にならなかったのだ。
だいたい本気で逃げるなら、はしたなかろうがスカートをたくし上げて走って逃げる。
そうしないなんてお貴族様は呑気だな。
後日拘束されていなかった理由を聞いた私は、そんなふうに考えた。
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フラストレーションが溜まっているメイジー、ちょっとしたことでキレそう。




