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崩壊の帝国  作者: 東海鯰少佐
3/19

東京事変

202X年 8月6日 日本国 市ヶ谷 防衛省 


 


 「今日は何度目か数えるのも飽きた広島への原爆投下の日か。」


 


憂鬱な表情を浮かべながら大臣執務室で資料を閲覧する若葉大臣。


 


「総理は広島へ向かい、来日したアメリカ副大統領と原爆ドームや資料館を視察されるそうね。」


 


彼に独り言に応じたのは西田内閣の外務副大臣であり、彼の従姉の若葉栗栖。


 


「らしいな。官邸の奴らから聞いた。しかし、かつては大統領自らが来ていたのも、今思えば凄いことだったのだな。しかし、良いのかい姉さん。外務省の副大臣がこんなところで油を売っていて。」


「勿論良くはないわ。」


 


そう言うと栗栖は響の隣に椅子を持ってきて座る。


 


「しかし、総理もレガシー作りに躍起よね。来日した米国副大統領を原爆資料館に自らご案内するのだもの。」


「どう見る? あの行動。」


「どうもこうもないわよ。あんなパフォーマンスをするくらいなら少しは私達の声を聞いて欲しいわね。自称聞く力なんだからさ。」


「おっと、これ以上はいけないよ。」


 


響は機密資料を裏返し、栗栖には見えないようにする。


 


「そう言えば、響はシルバーに総理になるって言ったんだって?」


「ああ、そうだ。あんな検討以外に脳のない奴よりはまだましだなって思ってね。」


「ははは、違いなわね。もし響が総理になったら防衛大臣はシルバー、外務大臣は私ね。」


「そればかりは何とも言えないね。だけど、状況次第ではあり得ない話ではない。」


 


そう言うと響は真剣な表情になる。


 


「栗栖副大臣、今から話すことは防衛省の一握りしか知らないことだ。口外することは許されない内容だ。」


「・・・・・・・続けて。」


「実は極東地域に展開しているロシア軍の動きがここ数日より活発になってきている。」


 


響は裏返していた資料を再び表にする。


 


「こ、これは・・・!!」


 


栗栖が顔面蒼白になり、言葉を続けようとした、その時だった。血相を変えた自衛官が入って来たのは。


 


「若葉大臣!! 失礼いたします!!」


「・・・・・如何した。」


 


自衛官は響に耳打ちする。


 


「遂に動きやがったか。」


 


響は拳で机を強く叩き、悔しそうな表情を浮かべた。


 


「大至急陸海空全幕僚を緊急招集しろ!! 今後の対応を検討する!! 君は急ぎこのことを官邸に上げろ!! とにかく直ぐにだ!!」


「はっ!!」


 


自衛官は逃げるかのように走り去っていく。それを確認した響は栗栖に見せていた資料を破り捨てる。


 


「栗栖、どうやらこの資料は意味がないようだね。ロシアは遂に我が国に対して武力侵攻を行った!!」


 


武力侵攻。その現実を前に立ち尽くす栗栖。


 


「姉さん、直ぐに外務省に戻ってくれ。万が一に備え、僕の公用車を出す。腕利きの自衛官を完全武装で護衛に付ける。時間がない!! 急いで!!」


「・・・・わ、分かったわ!!」


 


突然の事態に防衛省は大混乱となる。制服組背広組問わずありとあらゆる人間が慌ただしく動き始める。敷地内に展開しているPAC3には急ぎ戦闘態勢を整えた自衛官が乗り込み、出入り口には通常の警備員に代わり完全武装した自衛官が固め、通常とは明らかに異なる態勢となっているのは外の通行人から見ても明らかだった。


 


「何だ? 急に慌ただしくなってねえか?」


「どう見ても戦争するぞ、って動きだよなありゃ?」


「一体何があったんだ?」


「俺に聞かれても分かるかよ。」


 


 


日本国 広島県 広島市 原爆資料館


 


「このような悲劇を繰り返さない為にも」


 


防衛省が大慌てになっていたその時、総理は来日ハリハリスアメリカ副大統領と共に原爆資料館を視察し、自ら核の悲惨さについて力説していた。しかし、その説明は重大な情報を持った日米の関係筋によって遮られることとなる。


 


「総理!! 大変です!!」


 


新井秘書官が総理に急ぎ耳打ちする。また同時に米軍の関係者もハリハリス副大統領に同様の情報を耳打ちする。その後程なくして慰霊祭が急遽中止となり、総理は官邸へ、副大統領は横田基地へとヘリコプターで移動することとなった。そして副大統領搭乗のヘリコプターには岩国のステルス戦闘機部隊による重厚な護衛を伴っていた。


 


「何故だ・・・どうしてこんなことになるんだ・・・。」


 


急ぎ移動するヘリコプターの中で総理は力なくそう呟いた。しかし、総理の思考はその後訪れた轟音と共に永遠に途切れることとなるのである。


 


 


日本国 北海道 稚内市


 


 


「畜生! 何なんだあれは!!」


「泣き言を言っている暇があれば撃て!!」


 


各地で銃声と爆発音が鳴り響く稚内。第二次世界大戦終結以降、平和を享受していた日本国。この平和が何時までもの続くことを願い、広島での悲劇を忘れない日である8月6日。昨年まではそれが当たり前の日であった。そう、昨年までは。


 


「しかし、あれはどう見ても一般人じゃねえっすよ!! あれはどう見てもロシア軍ですよ!!」


 


ロシアが実効支配している樺太と目と鼻の先にある稚内市。今や敵国と隣接する市となったこの稚内は血で血を争う戦場と化していた。突如稚内市役所に完全武装した謎の武装集団が襲撃。これに端を発し、各地で国籍不明の武装集団が蜂起し、駅や空港、港など市内の主要拠点で爆発や銃撃が相次いでいた。市民からの通報を受け、警察が出動するも、武装集団の保有する装甲車や戦車によりあっけなく蹂躙され、偵察の為に飛来した北海道警のヘリコプターは地対空ミサイルで撃墜され、今生き残っているのは彼らのみであるという状況であった。


 


「んなこと言われなくても分かってる!! 我々は市民を守る警察官だ!! 例え相手がテロリストだろうが軍隊だろうが。」


 


先輩警察官が放った銃弾が謎の武装集団の一人の眉間をぶち抜き絶命させる。


 


「Меня сбил один! !」


「Разорвите на куски тех, кто убил ваших братьев! !」


「Ешьте гранаты! ! "Обезьяна!" !」


 


警察署に立てこもる彼らは机やロッカーを即席のバリケードとし、応戦していたがそこに手榴弾が投げ込まれる。


 


「「手榴弾!!」」


 


彼らの眼前で手榴弾が炸裂。警察官は全滅し、抵抗する市民も掃討。こうして稚内は謎の武装集団の手に落ちることとなった。


 


 


同時刻 日本国 北海道 根室市


 


「・・・・あれは・・・明らかに・・・ロシア軍・・・だ。まさか露助の野郎が、日本にも手を・・・」


 


稚内と同時にロシアとほど近い根室市も謎の武装集団により制圧され、戦後長らく戦争を他人事と考えていた日本は再び戦争というものに引き戻されようとしていた。


 


 


日本国 東京都 首相官邸付近上空


 


「総理!! 間もなく官邸に到着します!!」


「そうか。新井君、到着し次第急ぎ国家安全保障会議を開催する。関係者は!!」


「既に総理執務室で待機するように指示を出しております! 若葉防衛相は自衛隊への対応に専念するとのことで常磐副大臣を派遣していますが、それ以外は関係閣僚全てが集結しております!! また他の閣僚にも急ぎ参集するように指示を出しており、明日にも全ての閣僚を集めて閣議を行うことも可能です!!」


「分かった。では到着した閣僚には都内での待機を命じよ。また全ての閣僚への護衛を最大レベルとするように! 我が国は戦時下にある!!」


 


一方、官邸では官房長官、外相、副総理、総務大臣、財務大臣、国交大臣、経産大臣、国家公安委員長、そして、防衛副大臣、更には陸海空の幕僚長や海上保安庁の関係者が既に待機していた。


 


「もうすぐ総理が参られます。」


 


官邸職員が参集した閣僚達に間もなく緊急会議が始まることを伝える。その直後、


 


「何だこの轟音は!!」


 


突然官邸の真上で爆発音としか思えない轟音が響いた。


 


「この音・・・まさか!!」


 


常磐副大臣は最悪の事態を想像した。


 


「と、常磐副大臣!! どこへ行くのだ!!」


「轟音の原因を確かめに行くだけだ!!」


 


制止する他の閣僚や職員を振り切り、シルバーは官邸を飛び出す。


 


「こ、これは・・・・!!」


 


シルバーの眼前には機体が爆散・炎上しているヘリコプターが映し出されていた。


 


「・・・・これは助からないな。それに、奴らの事だ。」


 


シルバーは炎上している機体の周辺を走り回る。そして死亡した自衛官が装備していた拳銃等武器を手に取ると急ぎ物陰に隠れながら官邸の外へと脱出を図った。


 


「不味い・・・不味いぞ!!」


 


 


同時刻 日本国 市ヶ谷 防衛省 


 


「本日8時15分頃、稚内市及び根室市の市役所を謎の武装集団が襲撃。これを皮切りに両市では駅や空港を始めとした主要インフラへの銃撃や爆発が相次ぎました。それを受け宇宙航空自衛隊三沢基地所属のグローバルホーク二機を離陸させ、稚内、根室で偵察飛行を実施致しました。また公安と共に事前に潜り込ませた偵察員でも確認を行っており、その時撮られた画像が次の資料になります。」


 


緊急招集された幕僚らと共に響は資料を確認していた。 そこには明らかにロシア製の戦車としか見えない軍用車両や覆面の戦闘員が映し出されていた。


 


「これは明らかにロシアの侵略行為だな?」


「現時点ではロシア政府からの公式発表はありませんが、大臣の憶測通りかと。」


「まあ、こんな戦車を我が国は保有していないし、流石に修羅の国の暴力団だって持ってないからな。奴らは稚内や根室に自称国家を建国させるつもりなのか?!」


「静粛に!! 皆さん静粛に!!」


 


汗でだらだらな背広を着た職員が入って来る。


 


「どうした? 何かあったのだろう? 続けたまえ。」


「はっ!! 先ほど入った情報ですが、総理が登場していたヘリコプターが何者かによって撃墜されました!!」


 


一瞬静寂が会議室を漂う。だがその静寂はすぐに破られる。


 


「な、なにぃ!! 撃墜だと!! ということは西田総理は・・・」


「察しの通りです・・・」


「さ、更に新たな情報です!!」


 


別の職員が入り、響たちに緊急報告を行う。


 


「官邸に覆面の武装集団が出現し、銃声が鳴り響いている模様!! 周辺の通行人や官邸からの緊急通報を受けて警察が出動するも、全滅したとのこと!! 警視庁より防衛省に協力の要請が来ております!!」


「SATは出したのか?」


「いえ、出していない模様です。警視庁側からは自衛隊でなければ手が負えない集団であると判断したと。」


 


若葉大臣は目をつむる。


 


「・・・・・・・・・出動命令だ。」


「は?」


 


幕僚達は気の抜けた返事をする。


 


「習志野のSを出せ。東京のど真ん中で白昼堂々と総理の乗るヘリコプターを撃墜し、関係閣僚の殺害を謀った。明らかに敵国の正規軍が入り込んでいる。速やかにこれを成敗しなければ都民の命を守ることはおろか、稚内や根室を助けることも出来ない!!」


「し、しかし敵の素性は明らかになっていません!! ここでSを出すのは性急過ぎます!!」


「責任は僕が取る!! とういうか、総理も副総理も官房長官もこの世にはおらんのだ!! 僕以外にこの内閣で責任を取れる人間はいない!! また警視庁には協力と引き換えにロシア大使館を徹底的に包囲させろ!! 間違いなくロシア大使館が一枚かんでいる!! どうせ外交官特権か何かで合法的に侵入させたんだろう!! 難しいとは思うが、証拠を掴め!!」


「追加の情報です!!」


「今度は何だ!!」


「ち、地下鉄で・・・東京メトロ・都営地下鉄の各線で異臭騒ぎです!! それと同時に多数の都民に死傷者が発生し、各地の病院は患者で溢れかえっているとのこと!!」


「異臭・・・まさかサリンか!! ロシアめ、ここまでやるか!! これが同じ、人間のすることか!! プーチンチン!!!」


 


怒りに任せ座っていた椅子を壁にぶん投げる若葉大臣。


 


「ふー、ふー、ふー、冷静にならないと、だな。」


 


響は椅子を拾い直すと地図を広げ、作戦会議を開始する。


 


「まずは至急官邸にいる敵を排除する。習志野のSを派遣し、敵勢力の排除。可能なら捕縛し、徹底的に拷問してでも情報を吐かせろ。また奴らが陛下に危害を加える可能性もある。第一師団を皇居に派遣し、絶対に陛下を傷つけさせるな。また同時に並行して異臭による負傷者の救護を行うが、敵が追加の軍事行動を起こす可能性がある。ロシア大使館を徹底して監視し、周辺の県の部隊を総動員し、警察と協力して厳重な警備を敷く。そして敵勢力の排除を確認した後に地下鉄の除染に取り掛かる。また横須賀の海自の艦隊は全艦出撃し、東京湾の警備と封鎖に当たれ。海上からの侵入と逃走を阻止せよ!!」


「しかし大臣。治安出動では使用できる武器が限られてしまいます。」


「治安出動? たわけたことを。これは戦争だ。僕の責任を以てあらゆる武器の使用制限を解除する。後は君達の訓練の成果次第だ。頼んだぞ。」


「はっ!!」


「では作戦を実行する! 時が経てば経つほど我々は不利になる。」


 


こうして日本の長い一日が始まった。そして後の世にこれら一連の出来事は東京事変と呼ばれ、若葉響はその名を歴史に残すこととなるのである。


 


(続く)



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