崩壊の序曲
8月9日 ロシア連邦 モスクワ郊外
「・・・・ふう、昨日はとんでもない決断をしたものだな。」
この日の勤務を終え、モスクワ郊外の自宅へと帰っていたパトソールは夕食の準備を進めていた。
「妻には先立たれ、息子はウクライナへの特別軍事作戦を受けて海外に行ってしまった。今の私は独り身だ。」
ピロシキを揚げ、ボルシチを作るパトソールはどこか悲しげな表情を浮かべていた。
「よし、完成した。」
揚げたてサクサクのピロシキにかぶりつき、あっつあつのボルシチをすするパトソール。
「流石は我妻が教えてくれた味だ。その旨さは例えこの国が滅んだとしても変わることはない。だが・・・」
パトソールは目をつむり、これまで自国が辿って来た歴史を振り返る。
「欧州の国々は戦争ばかりだった。戦争、戦争、戦争。少し休んではまた戦争と。そして我がロシアも幾度となく戦争に巻き込まれてきた。そして思った。どうしてそんなに狂えるんだと。」
彼の脳裏には今までの歴史がよぎる。フランスによるロシア遠征、第一次世界大戦とロシア革命、それに続く列強国によるシベリア出兵。いずれの戦争においてもロシアは荒廃し、そのたびに国の立て直しを迫られた歴史を。
「そしてロシア革命によって我が国はソビエトになった。皆どの国も平等に愛されるべきなんだ、皆友達であり、同志なんだと。」
次によぎるのはナチスドイツによる侵略に対応した大祖国戦争。アメリカの支援を受け、何とか勝利したソ連は東欧を制圧。ソ連に言わせれば、友達を増やした結果になった。
「皆は俺にとっての家族なんだ。我が祖国はそう思っていた。だが、周辺諸国は違った。皆離れて行った。それも、戦争に次ぐ戦争を続ける狂った奴らに付いて行ってしまった。どうあがいても我が国は国際社会からのけ者にされ、孤立する。愛も、平等も、平和も、安定なんてそこにはない。それが我がロシアの運命なんだ!! 同志を増やそうとして、勢力を広げようとして結果としてベラルーシや北朝鮮を除いて皆いなくなった!! 独り身になってしまった私のように我が祖国は独り身なんだ!! ベラルーシも北朝鮮も心の底から従っている訳ではない!! もし我が国が崩壊することでもあれば簡単に裏切る!! 中国だって国境線に軍を貼り付け、我が国に牙を向こうとしている!! 戦争なんかしても意味ないんだ!! その結果フィンランドもスウェーデンもあっちに行った!! そして日本にも手を出した!! だが、日本に手を出したことでどう転んでも戦争は終わる。どう終わるかは大統領次第だ。ん? 何だ?」
パトソールの携帯電話が通知音を放つ。
「一体誰から・・・・!!」
パトソールは急ぎ服装を整え、自宅を飛び出す。
「・・・・こんな夜遅くに閣下はどんな要件で呼んだのだろうか?」
電話の通知の内容はクレムリンの職員からの呼び出しであった。大統領が直々に御呼びであると。
ロシア連邦 モスクワ クレムリン
「閣下!! こんな夜に一体何の御用でありますか?」
「おお、来たか。流石は私が唯一信頼する秘書だ。嫌な顔をせずに来てくれる。」
「それが私の役目でありますから。」
「相変わらず君は真面目な奴だな。まあいい。それより例の事なのだが。」
「・・・・昨日に署名を頂いた作戦の事でありますか?」
「ああ。一晩考えたのだがね、作戦の内容を変更することにしたのだ。」
「変更・・・ですか?」
「ああ、そうだ。当初の計画ではウクライナへ投下する予定だったのだがな、それでは戦争を終わらせられないと思ってね。」
「それで再検討をされたと。流石は閣下であります。我々の人智に及ばない存在でありますな。」
「人智に及ばない、か。確かに我が国には私以上に国を愛している政治家はいないからな。私が死ねばロシアの崩壊を意味する。そう考えれば人智の及ばない存在で間違いないな。」
プーチンチンは地図を広げると一点を指さした。
「ここに落とすことを決めた。さすれば戦争は終わり、我が国は望んだものを手に入れることが出来るだろう。」
「・・・・・・・・・。」
絶句したパトソール。大統領が指さした場所はパトソールが考えていた、戦争を終わらせる手段の一つだったからだ。だが、それは最悪の形でという条件付きであったが。
「・・・・・本当によろしいのですか? 私の考えを述べさせて頂きますと、最悪の形で終わってしまうかと。」
「構わぬ。パトソール君、君は分かっていよう。私の寿命はそう長くは残されていないことを。一刻も早く終わらせ、我が祖国の悲願を少しでも成し遂げた後に政権を禅譲しなくてはならないのだ。後継者の育成には時間を要する。」
「故に速やかに戦争を終わらせたいと?」
「その通りだ。そしてこれは決定事項だ。」
大統領は署名済みの命令書をパトソールに手渡す。
「同志よ、後は頼んだぞ。私は暫し休む。」
そう言うとプーチンチンは退室を促した。しかし、どこかその顔には哀愁が漂っていた。
「・・・・聡明な閣下なら私の考えていることを理解出来たはずだ。そんなことをすれば我が祖国は崩壊する。そして変わって指揮する者がいないことくらい、少し考えれば分かるはずだ。なのにどうして・・・・まさか閣下は!!」
大統領の胸の内を理解した彼は速やかにロシア軍の司令部へ向かい、ショイゲ国防相と会談した。
「・・・・という訳だ。ショイゲ君、君には私と共に来てもらう。」
「承知致しました。それが大統領閣下の本音であるのであれば逆らう理由などありませぬ。」
「ああ、頼んだぞ。これからの我が祖国は我々が担うのだ。」
「ですが、多数の市民が亡くなるでしょうな。敵味方問わず・・・・。」
「これも、それを選び、見過ごしてきた国民、ひいては変えられなかった我々の責任だ。墓場までその責任と罪を背負って生きていくのがせめてもの償いだ。理解してくれ。」
「それもそうですな。では行きましょう。既に関係部隊には指示を飛ばしております。また我々の移動手段も確保済みであります。」
「うむ、では行こう。そして・・・・。」
息の吸って二人は闇夜に向けて叫んだ。
「「Да здравствует Россия! !」」
その後、太平洋に展開していた原子力潜水艦から一発のミサイルが発射された。弾頭にはとある物が搭載されており、この行動を知ったペンタゴンは職員総員顔面蒼白となった。そして報告を受けたホワイトハウスも同じであった。
「・・・・まさか、奴らは本気でやるつもりなのか?!」
「核戦争を!!!」
(続く)




