第二戦線
気長にお付き合い頂けますと幸いです。本当に。
202X年6月 ロシア連邦 モスクワ クレムリン
「パトソール君、ウクライナでの特別軍事作戦の状況はどうなっているかね?」
自身の部下から作戦の報告を求めているこの男の名前は「ウラディミール・プーチンチン」。言わずと知れたロシア連邦大統領であり、同国の元首であり、独裁者であり、今や西側の敵となった男である。
「はっ、軍から上がって来ました情報をまとめたものがこちらになります。」
パトソールと呼ばれた大統領の秘書官は軍から上がって来た膨大な資料の束を大統領に見せる。
「そうか。そこに置きたまえ。」
「はっ!」
今にも目の前にいる秘書官すら食ってしまいそうな威圧感を放つ大統領に資料が渡される。無論全て読む訳ではなく、秘書官であるパトソールが要約した資料のみを大統領が読み、思考を巡らすのである。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
この国は狂っている。今目の前に座っているこの国のトップ、プーチンチンの秘書のパトソールは胸の奥でそう思った。今思えばこの国は始めからまともではなかった。ロシア帝国の崩壊から始まった共産主義革命、スターリンによる粛清、フィンランドとの冬戦争にポーランド侵攻を端に発した第二次世界大戦、ナチスドイツとの死闘に次ぐ死闘、日ソ不可侵条約の破棄と満州、樺太、千島侵攻、朝鮮戦争、アメリカとの宇宙開発競争とキューバ危機、ベレンコの亡命による西側への軍事機密の漏洩、ゴルバチョフによる冷戦終結、ソ連崩壊、チェチェン、ナゴルノ・カラバフ、ジョージア、シリア、そしてウクライナ。この国はまともだったことが一度たりともない。それは何故なのか。強い指導者を求める国民のせいか? この狂った独裁者のせいか? オリガルヒのせいか? アメリカを始めとした西側のせいか? いや、違う。どれも正しいが正しくない。
「? パトソール君、どうしたのかね? 難しい顔をしているな。」
「・・・・い、いえ。」
何とかその場を取り繕うとしたが、そんな思惑は大統領には通じなかった。
「何も考えもなしにそんな顔を人はしない。君は私を誰だと思っている。」
「・・・・その、如何にすればこのせ・・・特別軍事作戦を終結させられるのかを思案しておりまして。」
「・・・ほう。」
怒らせずに済んだ。そう思ったのもつかの間だった。いや、こうなるくらいなら怒らせた方がまだましだったかもしれない。
「パトソール君、君ならどのようにすれば終結させられると思うのかね? 最早軍の人間は信用ならん。私に正しい情報を上げず、あまつさえ物資の横流しで私腹を肥やしていた連中の言うことを信じられん。君のような修羅場という修羅場を私と共に潜ってきた、信用できる人間しか解決法を考えることは出来ないだろう。」
おいおいおい、軍の知識もかじった程度の私に何を言うんですか大統領! そう思ったが、私も大統領の秘書官。彼の言うように修羅場という修羅場をくぐって来た。考えられる思考をフル投入して考える。
「・・・・申し上げにくいのですが、今のままではウクライナを屈服させることは不可能かと存じます。」
「・・・・ほう。」
ピクリと眉が動く。肝を冷やしながら秘書官は話を続ける。
「原因は明らかであります。我が軍の闘い方の問題もありますが、それはこの特別軍事作戦遂行における本質的な要因ではないと考えます。一番の原因はアメリカです。」
「・・・・・続けたまえ。」
「はっ。如何に我が軍の闘い方が稚拙であったとしても、我がロシアとウクライナではそもそも国力差がけた違いであります。如何にゼレンスキスキーが大量の戦車を破壊しようとも、弾が無ければ意味がありません。」
「成程、君はその弾を供給し続けるアメリカ、その供給を断つべきだと言うのだな。だがそれは誰でも分かることだ。何も目新しいことではない。」
がっかりだ、と言わんばかりの表情の大統領。しかし、秘書官は言葉を続ける。否、続けなければ命がない。
「はい。されど、そのアメリカを交渉のテーブルに引きずり出すことが出来れば話は違うかと。」
「引きずり出す・・・か。しかしどのようにして引きずり出す。我がロシアとウクライナの戦闘では奴らは出て来はしない。」
「大統領の言う通りであります。このままでは交渉など不可能であります。ですが。」
秘書官は世界地図を大統領の前に広げる。
「この国を攻撃します。」
「・・・・・君は博打が好きなのかね?」
「ははは、他国に対して平気な顔して武力を振りかざす閣下には及びませんよ。されど、この博打は間違いなくアメリカも交渉のテーブルに出ざるを得なくなるでしょう。」
「・・・・・パトソール君。」
「は、閣下。」
流石に言い過ぎたか? と冷や汗をかいたパトソールだったが、
「速やかに軍に対し、作戦の立案を急がせろ。君の案を採用する。」
「承知致しました。では、私はこれで。」
パトソールはそう言うと足早にクレムリンを後にした。
(良かった、閣下を怒らせずに済んだ・・・だが、上手く行くかは覇権国の頭次第か・・・)
軍のトップらの元へ急ぐパトソールはそんなことを考えながら車を走らせるのである。
「・・・・・第二戦線か。だが、未だに自らの手を縛り、空想の世界に生きる国ならば容易に倒せるか。いや、倒す必要はないか。むしろ国内にいる不穏分子の始末先にでもなって貰うとしようか。」
先ほど秘書官が指さした国。そこにはこう記されていた
「Япония」
と。