~冬のあしおと~ prologue
これは、prologueとepilogueで完結する物語。
少量の雪は美しいが、大量の雪は人間を困らせる。
そんな大量の雪を運んでくる俺は、嫌われ者だ。
けれど、この街にはただ一人。そんな俺を認めてくれる人が居た。
冬生まれで雪が大好き。俺がどんなに雪を降らせても、どんなに冷たい風を吹いても。
その女子高生だけはいつも心を躍らせていた。
女子高生の名前は卯月菜々。俺の大切な人。
けれど、俺がどんなに想っても――俺の姿は菜々には映らない。
俺の正体は冬、季節の冬だ。
誰の目にも映らず、寒さを連れてやって来る――。
雪の積もった並木道を、卯月菜々は一人で歩いていた。
高校からの帰り道。浮かない顔の菜々の足取りは重い。
今日は三月十四日、ホワイトデー。
葉の落ちた木の枝に積もった雪は、寂しげだった木々を美しい銀色に輝かせている。
立ち止まった菜々が空を見上げると、綺麗な青空が広がっていた。
辺り一面は菜々の大好きな雪で覆われているのに、彼女はいつものように心を躍らせることが出来ない。
菜々は学校で見た物を思い出して、目の前の銀世界を楽しめない事にもやる瀬なさが増した。
溜め息を吐いて、菜々は再び歩き出す。
しばらくすると、季節外れの雪が降り出した。
近くにそびえる山脈の吹き下ろしで、冬が長く雪の多いこの地域でも、三月に降るとは珍しい。
菜々が思わず見上げた空は、先程とは打って変わって、菜々の心と同じ曇天だった。
なんとなく、菜々は灰色の空を見つめていた。
シャリシャリ、という雪を踏む独特の足音がして、菜々は振り返った。
冬の俺が、この街に来て数か月が経つ。
俺はこの街の居心地が良くて、ついつい長居をしてしまっていた。
長過ぎる冬に、文句を言う人々が例年より増えていた。
街の人々がどれだけ文句を言っても、俺は気にしなかった。やっと出会えた自分を認めてくれる人――大切な彼女の傍に居たくて、三月という春の月になっても、俺は街に居続けた。
ぽすっぽすっと雪を踏む独特の足音を聞いたのは、三月十四日。ホワイトデー。
誰の足音かはすぐにわかった。
足音の主である菜々が並木道を歩いていた。茶色のコートや黒を基調としたチェック柄のマフラー、マフラーと雰囲気の似た手袋の組み合わせは、学生らしい決して派手で無い物だった。
学生鞄を肩にかけて歩く彼女は、どこか浮かない顔だ。
俺は、ずっと菜々を見ていた。浮かない顔の理由も知っている。
菜々が密かに思いを寄せるクラスメート、相馬冬李がチョコレートを持っていたからだ。
今日、この日に。後生大事にひとつだけ。
相馬の学生鞄から覗いていた女子の好きそうなラッピングに包まれたそれを、菜々は見てしまったのだ。
本命に違いない。
菜々も――俺もそう思った。
俺は菜々には笑っていて欲しくて、風を吹いて雪雲を呼び寄せた。
菜々の大好きな雪を降らせよう。
季節はずれの雪で、彼女が笑ってくれることを願った。
けれど、彼女の辛そうな表情は変わらない。
その時、菜々の後ろから、シャリシャリという雪を踏む独特の足音が聞こえた。