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その20 マンドラゴラは引き抜かれる

「おい、どうしたんだよ! ボロボロじゃねえか!」


 少女は泥だらけで服もビリビリに敗れてフラフラになってマンドラゴラのもとへとやって来た。

 

「へへへ、お母さんが危なくてさ。お薬を盗もうとして……失敗しちゃった。悪いことはできないね」

「お前は、自分の母ちゃんを助けたいだけなのに……そんな姿にされたのかよ!」

「しょうがないよ。盗もうとしたんだもん」

「だからってよお!」


 マンドラゴラは悲しかった。悔しかった。目の前の少女を助けたかった。しかし、ただのマンドラゴラである自分には何もできやしない。そんな自分が何よりも歯がゆかった。


「えへへへ」


 少女は笑いながら泣いていた。


「お前をそんな姿にしたやろうは誰だ。俺がぶっ殺してやる!」

「ダメだよ。私はここで話を聞いてもらうだけでいいんだから。あの人たちは薬を守ろうとしただけだよ。そしてもう二度とこんなことしないように、思いもしないように、警告しただけなんだよ」

「ちくしょう、ちくしょう……」


 その後、少女は笑いながら泣いて、泣きながら笑って、なんてことない話をいつものようにした。愚痴も言ったし、噂話もしたし、ただただ泣いたりもした。

 マンドラゴラはできるだけ静かに聞いてやった。そして相槌をうっては一緒に笑って泣いて泣いて笑った。

 それから数日間、少女は姿を現さなかった。


「あいつ、どうしてんのかな」


 太陽の光を浴びながら、マンドラゴラは少女のことを想っていた。

 すると、背中に気配を感じる。誰かが来たようだ。

 そして頭を掴まれて、引っこ抜かれようとする感覚。なんでだ。なんで俺を引っこ抜こうとするんだ。


「やめろ! 俺を引っこ抜いたら死ぬぞ! そう言ったろ!」


 その言葉にピクリとするのは、少女だった。


「私って気づいてたの?」

「その下品な引っ張り方はお前しかいねえだろうが。どうしたんだよ」

「私が死んだら、ママが助かるの」

「……ナニ言ってんだおめえ……」


 少女は語った。

 母がもう危険な状態だということ。母を救う薬を買うお金は無いが、自分の命と引き換えに薬をくれるという人が現れたこと。だから死にたいけど、怖くて死ねない。だから、マンドラゴラの叫びを聞いて死のうと思った事。


「バカ野郎! お前の命と引き換えに薬だと? そんなの信じてどうすんだ!」

「私の体の中のいろんなものが、誰かの約にたつんだって」

「だからって、お前が死んで、お前の母ちゃんは喜ぶのかよ。お前の命で生きながらえた母ちゃんは、それ喜ぶのかよ」

「私が死んだことは、誰にも言われないよ。私はお母さんの看病に疲れて、どこかに行っちゃったの。それで、誰かからお薬が届けられてお母さんは助かるの」

「ば、ばかやろう……! じゃあ、じゃあ、お前を殺した俺は、俺はどうなるんだよ! 俺は、お前を殺したいわけないじゃないかよ! 馬鹿野郎!」

「うん。ごめんね。ごめんね。でも、マンドラゴラにしか頼めないし。こんなこと。死ぬの怖いもん。だから、ひどいよね。私を恨んでもいいよ。マンドラゴラと一緒なら、きっと怖くないからさ」

「ばかやろう……」


 少女の手に力が入る。


「もうお前は、決めちまったんだな。自分勝手なやろうだぜ」

「うん。自分勝手だね。どうにもならなくなって、私の初めての友達に、自分を殺させようとしてるんだもん」


 マンドラゴラは、少女が後ろから引っこ抜こうとしていてよかったと思った。泣いていたからだ。いつも強がっているのに、涙なんか見せたくはない。

 はっきり言えば、会ったことのない少女の母親よりも、マンドラゴラからしたら少女の方が大切だ。救いたい。だが、少女がそれを選択するのなら、何もできないマンドラゴラはそれを尊重すると決めた。

 ここでマンドラゴラが辞めろと懇願すれば、少女は引っこ抜くのは辞めるだろう。

 そして、マンドラゴラのあずかり知らないどこかで、自らの命を絶つのだろう。

 それだけは嫌だった。せめて、それなら、少女の最後は、自分が。


「抜けよ。俺の叫びを聞けば、苦しまずに死ねるぜ」

「……ありがとう。ありがとう。ありがとう」


 少女の顔は見えない。だが、多分、自分と同じように、グチャグチャになっているんだろうなと思った。


 ジャリ……


 何かが近づいてくる音。振り向くと、そこにやってきたのは身なりのいいヒトだった。


「おやおや、約束通り、死んでますね」


 あははと笑ったヒトは、こう言った。


「薬なんて、渡すわけがないじゃないですか。あなたはただ、母親の看病に疲れて、どこかへ失踪したんですよ。あっはっは!」


 ああ、こんなこったろうと思ったぜ。バカ野郎が。

 マンドラゴラは少女の顔を見た。少女が死んで、初めてその顔を見た。泣いていたが、笑っていた。


「それにしても、内臓一つ傷付けずに死ねるというから放っておきましたが……どうやって死んだんですかねえ」


 ありがとうよ。長々と説明セリフを。そりゃあ、俺を引っこ抜いたから死んだんだよ。

 マンドラゴラは、バトルフォームへと変態していた。

 そこから先はおぼろげな記憶だ。糞野郎を始末して、少女の墓を建て、母親の薬をどうにか手に入れようとしたが母親は助からなかった。

 マンドラゴラは、誰も救えなかった。


「はっ!」


 毒豆苗は気が付いた。


「そうだ。俺は救うんだ。今度こそ救うんだ!」


 いかんせん、これまでのことはシンプルに作り話なのだが、毒豆苗は自分の作った話に本気になって目が覚めた。


「目覚めろ! 俺の中のマンドラゴラよ!」


 叫ぶが何も起きない。

 そして、毒豆苗は気合で、うまいこと、良い感じに、ぐいっと、監獄へと辿り着いた。

 その頃には、しっかりとマンドラゴラに戻っていた。

よかった。悲しい話にならなくて。

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