その2 JKは最高のやつを買った
買った! 最高の! これが私の最高のやつ! ポセイドン号!
山川空は友達に、愛車ポセイドン号の前でピースする画像と共にメッセージを送る。ついでに、無料スタンプも勢いで10個ぐらい送る。
高校一年生の時、山川空は原チャリデビューしたいと思った。
住んでる場所が若干田舎だったこともあり、近くのコンビニが近くない、近くの本屋がやけに遠い、そもそも最寄り駅も高校も全部遠い、という距離問題に辟易としていたからである。
色々栄えている隣町に行くのにも、何をするのにも原チャがあれば無敵だ! と考えたのだ。
思い立ったら即行動ということで原チャの免許を取ったはいいが、貯めていたお年玉を使っても原チャを買う値段には届かなかった。
そこでアルバイトを始めたのだが、意思の硬さが豆腐クラスと自称する山川空はなんだかんだとお金をダラダラ使ったりしてしまい……結局原チャを買って届いたのが、高校二年の夏休み初日だった。
ポセイドンてww ってか、そのでっかいリュック何?
友達からメッセージが返ってくる。画像の山川空は、巨大なリュックを背負っていたのだ。
これはキャンプセットが詰め込まれたリュックである。
アルバイトな日々だったこの一年の間にキャンプの動画を見てキャンプ女子になりたくなったり、釣りの動画を見て釣りガールになりたくなったりと興味が沢山できてしまったのである。そしてそれを支えるキーアイテムは、もちろん原チャだ。キャンプも釣りも原チャありきだ。
山川空は、原チャと共にキャンプセットと携帯用釣りセット、そしてそれらと夢を詰め込む巨大なリュックも買って準備万端これからレッツゴーのタイミングでメッセージを送っていた。
これから、ちょっくらソロキャンプしてくる。ソロキャンパー空と呼んでください。
夏休み初日、到着したてのポセイドン号に乗って、買いたてのキャンプセットと夢を背負って山川空はソロキャンプに向かう。
一泊してくる予定で、初キャンプで一泊する不安もなくはないが、山川空は自分自身を信じまくっていた。むしろ、穴が空くほど見てきたキャンプ動画を信じまくっていた。
クッカーと呼ばれるキャンプ用の調理器具も手に入れている。ちょっとした味噌汁とご飯はお茶の子さいさいだ。ガスバーナーもあるが、ファイヤースターター付きのナイフで焚火がしたい。その焚火で、わざわざ取り寄せた鹿肉ジャーキーを炙って食べたい。
ソロキャンプへの妄想を広げてニヤニヤしながら山川空は目的地へと向かう。
目的地はキャンプOKの公園だ。ただ公園と言っても、遊具がたくさんあるわけでもなく、山奥にある自然そのままのキャンプ場みたいなものである。
鼻歌なんか歌いながら、公園目指して林の中をバルルルルと走っているとなにやらいかにも怪しげな霧が出てきたので引き返そうかと思ったが、山川空のノー天気なところが裏目に出てしまった。
ま、いけるっしょ! と山川空は、動じない。
バルルルルルルルと走り続ける。
しかし、一向に霧は晴れない。ポセイドン号のライトをハイビームにしながら突き進む。あくまで安全運転がモットー。
どのぐらい走っただろうか。山川空が、そろそろ公園についてもいい頃だなあと思っているとトンネルが出てきて……
トンネルの向こうは、ドラゴンが飛んだりしてる異世界だった。
「げげげ……」
これが山川空の初独り言だったかもしれない。
なにはともあれ、戻ろう。山川空の迅速な判断により、後退を命じられたポセイドン号は唸りをあげてトンネルを戻ろうとするが、トンネルだったはずのそこは洞窟になっていて戻れない。
これはもしかして、異世界転生というやつでは!?
と、山川空はあんまり見ないアニメなどの知識を総動員させて現状を冷静に判断する。
転移も転生もよくわかってないが、何やら人が異世界に行って生き抜くお話が多いとかなんとか学校で聞いた気がするので、山川空はこれが夢だとか幻だとか思う前に、己の異世界転移を理解する。
この圧倒的動じなさと勘の良さが、圧倒的主人公感にあふれる山川空の魅力だ。
「……とりあえず、行ってみよっか」
少しの間、異世界を眺めていたがここにいても仕方がないので、山川空はポセイドン号で異世界冒険を始めた。
リーン……リーン……
鈴虫のような虫が異世界にもいるのだろうか。虫の音色を聞きながら山川空はふと眠りから覚める。
「……おしっこ」
テントから出て、用を足し、なんだか懐かしい夢を見てたなあとぼんやり夜空を眺める。
「懐かしいって、一週間だけど。っていうか、向こうは心配してるだろうなあ。お父さんお母さん、元気かなあ」
スマホがあれば、写真を見て思い出に浸れるが途中出会った怪しげなドワーフの行商にスマホを渡して色んな異世界グッズと交換してしまったので、もはや思い出は頭の中でしか浸れない。
「ま、クヨクヨしても仕方ないねー。寝よ寝よ。夏休み中に、絶対元の世界に戻らないと。留年しちゃう」
少しズレた恐怖感も、山川空の魅力である。
「ん-ん……!」
朝になって目覚めた山川空は、ん-んと伸びをして顔を洗い、ついでにグビリとお茶を飲む
「ふいー、眼ざめの一杯たまんないねえ。水、まだまだあるけど、どっかで足しておきたいなあ」
なんとなく乙女の嗜みとして、テントの中でゴシゴシと濡れタオルで体を拭いてさっぱりした山川空はテキパキとキャンプセットをしまってリュックに詰め込む。
「この、パズルゲームみたいにリュックにみっちり詰め込むのって一生やってられるかもしんないなあ」
そんな職業があるなら就職したいなぁと思いながら、山川空はポセイドン号に乗って有名な占い師のいるエルフ村を目指す。
最高のやつに乗ってたら、異世界だって余裕だと言わんばかりの笑顔で元気に走りながら数時間が経過した。
「ありゃ? あれって煙?」
遠くに煙が見えた。恐らく誰かいるんだと思い、煙を目指して山川空はポセイドン号のアクセルをグイっとひねった。