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死んだ俺が成仏するまで〜幽霊なのに触れるんですが!?〜

作者: ネコ助






──死後の世界。

それはこの世の誰もが気になるところだ。

人は死んだあと、どうなるのだろう。

どこに行くのだろう。

そんなこと、死んでみなければわからない。


しかし、この世には確かに、魂というものは存在するのだろう。


そうでなきゃ――




目覚めた。

……というよりは、意識があることに気づいた、というのが正しいだろうか。


その青年は、交差点のど真ん中に突っ立っていた。


「……ん? え、あれ……。俺、生きてる?」


青年――こと、相沢歩(あいざわあゆむ)は、自分が交差点のど真ん中に突っ立っていることに気づいた。


「え? ……俺、たしかここで車に轢かれて……って、うわ!」


ふと目の前を見ると、巨大なトラックが迫っていた。


(ひ、轢かれる!)


そう思い咄嗟に目を閉じた歩は、いつまで経っても身体への衝撃が来ないことに違和感を覚える。

もしかしてブレーキが間に合ったのか? と、恐る恐る目を開けると、そこにはトラックの姿はなかった。


「あれ? なんで……」


後ろを振り向いた歩は、先ほどまで目前に迫っていたトラックが走り去る姿を見た。

いや、そのトラックだけではない。

次々と自分を追い越していく車。

追い越して、というより――通り過ぎていく(・・・・・・・)


「あれ……俺、もしかして、透けてる? というか……死んだ?」


自分の手のひらを見てみても、特に変わった様子はない。

しかし、実際に車は自分の身体を通過しているし、痛みもない。

そして歩は、意識が戻る直前の出来事を思い出した。




その日、歩は外回りの仕事をしていた。


歩の仕事はコピー機などの電子機器の修理だ。

顧客からの依頼を受けて、調子の悪いコピー機などを修理しに行く。


いつものように車で顧客のところを回っていたが、運の悪いことにタイヤがパンクしてしまった。


取り急ぎ近くのタイヤ屋で取り換えをお願いしたが、急ぎの案件があったため電車にて移動した後、修理を済ませてタイヤ屋へと戻る途中。


通りかかった交差点で、信号無視の車が突っ込んできた。


痛みと、衝撃。


そして、視界が暗くなっていく中で、俺は8個下の弟を思い出した。


あいつ、元気にしてるかな――。




そこまで思い出したところで、俺はやはり自分は死んで、そして事故の起こった現場にいるのだと思い至る。


どうりで車がバンバン身体を通過していくわけだ。

見えてないのだから、みんなが止まるはずもない。


歩は一人うんうんと頷くと、とりあえずずっと車に轢かれ続ける趣味はないと場所を移動することにした。


「さて……とりあえず死んでから最初にすることといえば、家族の様子を見ることだな」


歩は実家へ向かうことにして、最寄りの駅へと足を進める。


歩は現在26歳。


特に彼女もおらず、気ままな一人暮らしをしていた。

ペットも飼っていないし、家に関しては特に心配はない。


仕事も、しばらくは職場に迷惑をかけることになるだろうが、死んだ自分ができることはなにもない。


唯一心配なことは、弟のことだ。


弟と歩は仲のいい兄弟だった。

8つ離れていることもあり、歩は弟のことを大層可愛がっていた。


小さい頃は兄ちゃん兄ちゃん言っていた弟だが、流石に思春期に入ると歩にべったりなことはなくなった。


だが、たまに一緒に買い物に行ったり、ゲームをしたり、世間一般の中では仲のいい方であったと思う。


歩が社会人になってからは、夏季休暇や年末年始などに会うくらいだったが、メールでちょくちょくやり取りはしていた。


今年歩は大学受験の年だ。


ただでさえ不安があるだろうに、自分のことで心労が積もってはいないかと歩は心配していた。


はやる気持ちを抑えて電車を乗り継ぐ。

幽霊も電車に乗るんだな、と少し可笑しくなりながら、それでも足は前へと進む。


肉体がないからか、疲れは微塵も感じられない。


それからしばらくして、歩の目の前に懐かしい景色が広がる。


(ああ、懐かしいな……)


どこにでもある閑静な住宅街だが、昔よく遊んだ公園や、廃れた本屋、いつまでも貼られている電柱の貼り紙広告。


普段なんてことなく見ていた光景が、今はとても懐かしく感じる。


少しばかり感傷に浸ったところで、歩は実家へと歩みを進めた。

見慣れた玄関が見える。


(あ、どうやって入ろうか……)


歩は電車などは人が通るタイミングで通っていたため、今更ながらどうやって家の中に入ろうかと思う。


(俺は幽霊なわけだし、車も身体を通過していったし。透けて入れるのか?)


歩は某魔法学校への行き方を思い浮かべながら、意を決して玄関ドアへ突撃した。


一瞬で景色が変わった。


目をキュッと閉じて玄関ドアへ突撃したが、特に身体に衝撃はなにもなかった。

恐る恐る目を開けると、外ではなく見慣れた玄関が見えた。


(おお……すげー。通り抜けほにゃららがいらないぜ)


少年心が刺激された歩は、少しわくわくしながら家の中へと入った。


リビングに入ると、そこには誰もいなかった。

親父は仕事だろうし、母親は買い物だろうか。


そのまま二階の階段を上がり、弟の部屋の前で立ち止まる。


(うーん、本来ならノックをするところだが……。弟のプライバシーを覗く趣味はないんだがなぁ)


そんなことを考えて、しばし廊下をうろうろと歩く。


(うーん。とりあえず自分の部屋にでも入って様子を見てみるか)


そう結論付けた歩は、隣の自分の部屋のドアに頭を突っ込んだ。


「おおー……。綺麗にされてるもんだな」


そう咄嗟に声が出るほど、歩の部屋は綺麗に掃除されていた。


(懐かしいな……。たしかこの辺に……)


歩は本棚の後ろに少しだけある隙間に目を凝らす。


(うーん、やっぱ見えないな。まぁ見えないように隠してあるんだが……)


そこではたと歩はあることに気づく。


(ん? 俺って透けてる……というか物を通り抜けられるよな。でも床とかはすり抜けて落ちたりしない。すり抜けてたら今頃地球の真ん中に落ちてるしな……。ということは、自分が触れたいと思ったものには触れられるんじゃないか?)


そんなことを思った歩は、物は動かせないだろうが感触だけは……などと呟きながら本棚に手を突っ込んだ。


「お。おお? おー」


歩の指先には、本棚の後ろにある冊子状の物の感触がある。


「あったあった。俺の青春が。はは、形で分かるぜ。懐かしー」


歩は指先で本棚の後ろにある物――男なら大体持っているであろう物――の感触を確かめる。


「いやー、我ながら見事な隠しっぷり。孫の手を使って掻き出さないと取れないんだよなぁ。こう……ここの背表紙に先っぽをひっかけて――」


ズズッ


「……ん? 今これ動かなかったか?」


歩は指先の物が動いた気がして、首をかしげる。

試しに触っている背表紙を出口に近づけるように力を加えてみる。


ズズズッ


動いた。

確かに、本棚の後ろに隠してあるモノが、歩の手の動きに合わせて動いた。

歩はしばし固まって、今の現象について考える。


(ポ、ポルターガイストってこうやって起きてるのか……? いや、こんな簡単に動かせちまったら、世の中超常現象で溢れかえってる。でも現に俺は今物を動かせたわけで……。え、俺ってば死んでからチート能力授かった感じ?)


そこまで考えたところで、歩は色々と実験することにした。


(本棚は通り抜けた。でも後ろにある物は動かせた。なら、自分が触りたいと思ったものだけ触れるのか?)


歩は自分の机にある写真立てを、ほんの少しつついてみた。


つんつん


(うん、感触はある。なら……)


次に写真立てを掴んで、持ってみた。


「お。おおおーーー」


写真立ては歩の思う通り――持ち上がった。


「え、マジで? すげー、てかこれって俺が見えてない人からはどう見えてんの? 宙に浮いてる感じ? はは、そんな光景見られたらひとたまりもな――」


その時、歩の部屋の扉が唐突に開いた。


「え」


「あ?」


沈黙が流れる。

歩は扉の方を向いたまま、硬直した。

なぜならそこには、目を見開いてドアノブに手をかける少年――弟の卓也が居たのだから。


卓也はしばし固まったあと、目をしぱしぱさせてこう言った。


「……オレ、疲れてるな」


そして足早に歩の持っている写真立てに近づくと、それを歩の手から取り――卓也的には宙に浮いている写真立てを取り――机に置いた。


「まったく……バカ兄貴のせいでこんな幻覚まで見てる。最近寝不足のせいか」


そう呟くと、卓也はくるりと振り向いて歩の――正確には扉の方へ歩いていく。


「わ、ちょ、大丈夫か卓也!? お前、こんな超常現象を寝不足の一言で済ませるくらい寝不足なのか!?」


歩は咄嗟に卓也の肩に手をかける。


「っ、まずい……体が異様に重い。こりゃ重症だな」


「えええ、卓也、違うよ俺だよ! 兄ちゃんだぞ! 気をしっかり持て卓也ぁぁぁぁ」


歩は卓也の両頬をぐいぐいと引っ張る。


流石にここまでされると卓也も寝不足が原因ではないことに気づいたのか、立ち止まって頬をさする。


「あ? 頬がいってぇな……。一体何が起きてるんだ」


歩はやっと事態を飲み込み始めた弟に、どうにかして自分がいることを伝えなければと焦る。


「えーとえーと、背中に文字を……ってどこのカップルだよ。紙……紙とペン。紙とペンは……机だ!」


歩は急いで自分の机を開けると、適当にノートとペンを取る。

そしてペンでノートに『歩だよ!』と殴り書き、それを頬をさすっている卓也の目の前に翳す。

「……歩、だよ……?」


「そうだぞ卓也、兄ちゃんだぞ!」


歩は自分が頷いているようにノートを上下に揺する。


「……バカ兄貴……どこに行ってたんだよ! オレ達が……オレがどれだけ……!」


「た、卓也……ごめんな、ごめん……」


歩は卓也の頭をよしよしと撫でる。


その感触を感じた卓也は、目を一度見開くと――泣きながら、笑った。


「おかえり、バカ兄貴」















それから。


歩と卓也は、姿は見えないながらも紙とペンを使い、お互いに情報交換をした。


通常、宙に写真立てや紙とペンが浮かぶなど、誰かが仕掛けたイタズラか自分が夢でも見ているようにしか思わないだろうが、卓也は割とあっさり信じた。


理由を聞くと、「バカ兄貴の手の感触だった」とのこと。

歩は、(俺の手の感触を覚えているなんて。なんて可愛いやつだ)と思った。


そして、歩は卓也によって、己がどうなったのかを知った。



曰く、歩が事故に遭ったあの日、信号を無視して突っ込んできたトラックは飲酒運転だったらしい。

歩の他にも2人ぶつかったが、どちらも軽傷で済んだとのこと。

ただ、歩だけはもろにトラックにぶつかり、即死だったらしい。

その後会社の名刺などから個人が特定され、家族に連絡が届いた。

卓也は学校の授業中に呼び出され、兄の死を聞かされた。


その後のことはよく覚えていないそうで、いつの間にか歩は骨となり、お墓に埋葬されたとのこと。


だからか、卓也はいまだに歩が死んだ実感がなかった。


ただ、歩がこうして現れたことで、少しだけ実感が沸いたらしい。


歩の肉体は、もう存在しないのだと。




そこまで聞いて、歩は何かが胸の中にすとん、と落ちた気がした。


(ああ……俺は死んだんだな……)


ようやく、歩は自分が幽霊なのだと。

透明人間なんかではなく、死者なのだと……思った。



歩と卓也は、紙とペンを使いながら会話を続ける。


『そうか……。いろいろありがとな、卓也。辛い思いさせて、ごめんな』


「いや……バカ兄貴は悪くない。悪いのは、飲酒運転なんかしたトラックの野郎だ。あいつだけは……許さねぇよ」


『あーまぁ……そうだな。許さなくていい。だけど、そのことに囚われちゃだめだぞ。卓也にはこれから、楽しい人生があるんだからな』


「……。ところで、バカ兄貴はなんで物に触れるんだ? 幽霊はみんな触れるもんなのか?」


『いや、他の幽霊に会ったことはないけど……多分違うと思う。俺だけ、なんか知らんけど触れるみたいだな。……てか卓也、さっきから気になってたんだがな……』


「なんだ?」


『俺のこと……バカ兄貴って呼ぶのやめない? 俺、バカじゃねーし』


「バカだろ。オレより早く死にやがって」


『いや、そりゃ俺にはどうしようもなかっただろうが』


「オレより早く死んだことがむかつく」


『なんだそりゃ。……兄ちゃんは、お前が生きててくれて嬉しいよ』


歩は目を細めて卓也を見る。

いつの間にか、ガタイもよくなり、身長も伸びた。

顔つきも精悍になりつつある。


(まだまだ、子供だと思ってたんだがなぁ……)


「はっ、オレはそう簡単には死なねぇよ。それより兄貴、携帯触れるか?」


『携帯? あ、俺の携帯か? どこにある?』


「あそこの段ボールの中」


歩が部屋の隅にあった段ボールを開くと、そこには会社に置いていた私物や財布、携帯などが入っていた。

歩が携帯を持ち上げて画面を見ると、ひび割れてはいたがなんとか形状を保っていた。


「あーあ、買い替えたばっかだったのに……。まぁ仕方ないな。えーと、電源を入れて……。ん、だめだな。『入らない』」


「あ? うちに帰ってきたときはついたぞ」


『え? じゃあ電池切れかな』


歩は何回か電源ボタンを押したが、一向に画面は真っ暗なままだった。


「貸してみろ」


卓也が携帯を取り、電源ボタンを押すと、先ほどまでうんともすんとも言わなかった携帯の画面が明るくなった。


『あれ……ついたな。ありがとな、卓也』


「いや? ほれ」


歩が卓也から携帯を受け取り、画面を操作しようと指をスライドさせるが、画面は一向に変化しない。

変化のないその様子を見た卓也が操作すると、反応は悪いが画面が変化した。


『これって……俺は電子機器は操作できないのか?』


「かもな……。仕方ねぇ。じゃあ紙とペンで会話するしかねぇな」


『そうだな……。あ、そうだ卓也。父さんと母さんは元気か?』


「あー、まぁ二人とも元気に振舞ってはいるけど、内心はどうだろうな。兄貴が死んで、陰では泣いただろうな」


『そうか……。俺は元気だから、悲しまないで欲しいなぁ』


「無理だろうな。……兄貴は、成仏しないのか?」


『成仏? ああ、うーん。それが、よくわからないんだよなぁ』


歩は顎に手を当てて、今の自分の現状を考える。


なにか他の幽霊が見えるわけでもなく、天国あるいは地獄への階段が見えているわけでもない。

死後の世界なんて本当はなくて、みんな死んだらこうして、誰にも認知されないまま、飲み食いも買い物もできず、さまようだけなのだろうか。

ならば、魂とはなんだろう。

自分がこの世に存在する意味とは、なんなのだろう。


深く思考が沈みそうになったところで、卓也に声をかけられてハッとする。


「兄貴。オレは兄貴には成仏して欲しい。いつまでもオレ達を心配すんなよ。人間は弱いが、弱いからこそ支えあうんだ。兄貴は天国からたまにオレ達の様子でも見て、がんばれって応援してくりゃそれでいい」


『卓也……』


歩は、泣きそうになった。

そうだ、俺は一人じゃない。

卓也っていう最高で最強な弟がいる。

だから――


『俺、成仏するよ。卓也のこと、親父と母さんのこと。ずっとずっと、応援してるからな』


「おう!」


そう卓也が返事してから、しばしの沈黙。



『……成仏ってどうやるんだ?』


卓也は漫画のように、ずっこけた。








それから、歩は成仏しようと努力した。


「成仏したいです成仏したいです成仏したいです」と唱え続けてみたり、意識がなくなれば? と思って寝ようとしてみたり(一睡もできなかった)、街中をうろうろしてみたり、般若心経を唱えたり。


携帯同様パソコンも使えないので、卓也にネットで調べてもらったが、死んだ側の人間がネットに書き込むわけもなく。


どうしたものかと思っていると、とある本に〈成仏するためには、この世に未練を残さないこと〉と書いてあるのを見つけた。


卓也に何か未練があるのかと聞かれて、そりゃあ色々あるよなぁと思う。


まだ完結していない漫画の続きも気になるし、美味しいもん沢山食べたかったし、いろんな所に観光にも行ってみたかった。

でもそんなことはもうどうしようもないことで、観光なんかは今からでも行けなくはないだろうし、いつまでも未練があっても詮無いことだ。


さて、自分がどうしても未練があることとはなにか。


(そりゃやっぱり、弟のことをもう守れないこと、かなぁ……)


小さい頃、歩は妹が欲しかった。

友達の妹が「おにいちゃん、おにいちゃん」ってついてくるのが可愛くて、母さんに「おれもいもうとがほしい!」って強請ったくらいだ。


母さんはそれを聞くたびに意味深な笑みを浮かべていたけれども(今思えばとんでもないことを言ったもんだ、俺は)、歩が7歳の時に両親から聞かされたのは、「あなたに弟ができるのよ」。


妹が欲しかった俺は、なんで弟なんだ、男なんて嫌だと駄々を捏ねたらしい。


出産するまでは、弟なんて……とぶすくれていて、だけどいざ産まれた弟を見たときに、そんな感情は吹っ飛んだ。


初めて見た弟は、小さくて顔がくしゃくしゃで、まるで猿みたいだと思った。

だけど、頬っぺたをつついてみようとした俺の指を掴んで、にぎにぎしたんだ。


柔らかくて、小さな手。


こんな小さくてか弱い生き物を、俺は守らなくちゃいけないと思った。


それから俺は弟なんて嫌だ、と言っていた時と打って変わって、弟大好きっ子になった。


家に帰ればまず弟。


寝る時もできるだけ近くで。


寝顔を眺めては、可愛い可愛いと褒めていた。


そんなブラコン沼にはまった俺は、卓也が物心ついたころから口癖があった。


「おれがお前を守ってやるからな!」




……とまぁ、こんな感じで見事に成人してからもブラコンな俺は、卓也のことを守れないことが未練だと思った。


だがそんなことを卓也に言っても、自分のせいで……と気にさせるだけだろうし、歩は卓也に『お前と沢山思い出をつくりたい』と言って、しばらく一緒にいさせてくれるように頼んだ。


歩は「ブラコンだな」と呆れた顔をしたが、卓也も結構なブラコンであるため、少しにやつきながらも承諾した。




それから毎日、卓也が学校に行くときについて行ってみたり(絶対にポルターガイストは起こすなと言われた)、家で雑談したり、ゲームをしたり(電子機器は操作できないので、ボードゲームや積み木崩しなど)。


何気ない日常を、歩は卓也と過ごした。


もちろん父親と母親にも遭遇しているが、ポルターガイストを起こして心臓発作なんて起こされたらひとたまりもないので、静かに見守っている。




ある日、卓也が学校に行った後、卓也のお弁当が机に残されているのを発見した。

母親は気づかず町内会の集まりに出かけてしまい、父親はとっくに出勤している。



歩は悩んだ。


このお弁当を届けてあげたいのは山々だが、お弁当が空中を移動してるなんて見られたら一発アウトだ。


しかも、運よく誰にも見られずに学校に入れたとしても、学校なんて人がうじゃうじゃいる。そんなところで卓也の教室の中に運び込める訳がない。


「卓也、勘弁な……」


そう呟いて、さぁ部屋の掃除でもするかと思ったところで。


ふとコルクボードに貼られている紙が目に入った。


そこには、卓也の学校名が書かれており、内容は〈花野農園にて体験実習を行います。各自お弁当を持参してください〉と書いてある。


花野農園とは、卓也の学校から車で20分くらいのところにある農園だ。

周りにはコンビニもなく、車でなければ買い物には不自由なとこである。


そしてその体験実習の日付は、今日。



「……。俺が行かなきゃ誰が行く」





こうして、《お弁当大作戦》が幕を開けた。



まず、歩は花野農園へのルートを思い返す。

そちらの方へはあまり行く機会はないが、自分も学校の体験実習で行ったことがある。



「まずあそこの道をまっすぐ……次を左折して……。いやいや、お弁当が見えちまう。どうする……車は運転できねーし。無人で運転してたら怖いわ」


頭をフル回転させて考える。

誰にも見られずに物が移動する……そんなことは無理ゲーに近い。

ならば、見られても違和感のない状態にすること。

そのためには……。


歩はハッと気づく。


自分が運べないのなら、他のものに運ばせればいい。


まず行動に移したのは、お弁当のカモフラージュだ。

お弁当を新聞紙でくるんで、保存袋に入れる。

それから自分の部屋にあった分厚い国語辞書の表紙を開いて、中央をカッターでお弁当サイズにくり抜く。

そこにお弁当をはめ込み、見かけは何の変哲もない国語辞典の完成だ。


それをバッグの中にいれると、カモフラージュはできた。


そしてそのバッグを持って、歩は庭に出る。


「よぉ、三郎」


歩が話しかける先には、中型犬がいた。

歩達一家の愛犬、三郎である。


「わん! わん!」


三郎は飛び跳ねて歩の方へ駆け寄ってくる。


――こんな話を聞いたことがある。

犬や猫など、動物には死した者の姿が見えるのだと。


それを思い出した歩は、三郎の元へと姿を現した。

予想は的中した。

三郎には、歩の姿が見えているらしい。


「なぁ、三郎。お散歩行こうぜ」


「わん!」


歩は三郎の頭をなでなですると、先ほどのお弁当が入ったバッグを三郎の背中に括り付けた。


「少しだけ重いけど、三郎は体格もいいし、大丈夫だと思うが……。三郎、きつくないか?」


「わん!」


バッグを括り付けられた三郎は、元気に飛び跳ねている。


「うん、大丈夫そうだな。じゃあ三郎、お散歩だ」






そう。

歩は自分がお弁当を持てない代わりに、犬である三郎に持たせることにした。

そうすればお弁当が宙に浮くこともないし、今時バッグを持っているわんこだっているだろう。……多分。


そして歩は最後に、三郎の首輪にとある紙をぶら下げた。


『テレビ撮影中 近寄らないでください』


「よし。あとは俺が三郎のことをばれないようにしっかり掴んで、と……。ふふふ、完璧だ。三郎、今日はちと遠出だぞー」


「わん!」



そこから、三郎と歩は家を出て、バスを乗り継ぎ(じろじろ見られたが、誰も寄ってこなかった)、無事に花野農園近くのバス停へと到着した。

そこで首に下げた〈テレビ撮影中〉の紙を丸めてバッグに突っ込む。


「ふー、着いた着いた。ギリギリお昼前だな。三郎、卓也のところに行くぞー」


「わん!」


歩と三郎は堂々と花野農園に入っていく。

歩の姿が見えていたら不法侵入もいいとこだが、生憎周りには犬である三郎しか見えていない。


「なんだ、どこから来た犬だ?」


「あらあら、迷い犬かしら……」


そんな人々の言葉を無視して進む。


すると、高校生らしき集団が畑のそばにいるのを見つけた。


「お、あのジャージは卓也の高校のだな。よしよし、行くぞ! 三郎」


「わん!」


歩と三郎は走り出す。

――どんどんと近づく目標(卓也)に向かって。






その後、高校生達はなんでこんなところに犬がいるんだとか、可愛いとか、卓也もまさか三郎がここにいるなんて、と驚愕した後、歩の仕業だと気づき不穏なオーラを背中に纏った。

そして先生にたまたまこっちに散歩に来てはぐれたらしいとかなんとか理由をつけると、物陰に三郎を連れて行って柱にリードを括り付けた。


そして三郎の背中のバッグを開いて中身を取り出し、国語辞典を開いて、はぁー……と深いため息を吐く。


「まったく……。無茶しやがって。バカ兄貴……」


歩はそれを眺めながら、にしし、と笑った。




三郎は卓也が連れて帰ることになったので、どうせなら卓也の授業風景を眺めて、三郎と一緒に帰ろうと思った歩は、帰り道に思いもよらない事態に遭遇する。


卓也の学校の先生は寛容な人で、学校の手配したバス会社に確認をとって学校まで三郎を乗せてくれた。


三郎はバスの中で女子高生にキャーキャー言われて、とても満足気であった。


そして学校で解散したあと、卓也は三郎を連れて帰途についた。


「三郎、お前なんで来ちまったんだよ。危ないだろうが(訳:バカ兄貴、なんで来たんだ。危ないだろうが)」


「そんなこと言われてもなー、兄ちゃんほっとけなかったんだよなーって聞こえてないだろうけどなー」


「まったく……。というか母さん三郎がいなくて探し回ってんじゃねぇのか?」


「大丈夫大丈夫、『三郎が脱走してたので散歩して帰る 卓也』って書置き残したからなー」


「わん!」


「はぁ……」


そんなやりとりをしていると、通り道にたばこを吸っているヤンキーが3人道を塞いでいた。

何をしているのかと思えば、道の真ん中に落ちてるグラビア雑誌を広げてあーでもないこーでもないと下衆な会話をしながら笑っていた。


「チッ、邪魔だな」


そんな卓也の呟きを拾った地獄耳の一人が、こちらにガンを飛ばしてきた。


それに対してガンを飛ばし返す卓也。


その光景を見て、歩はハラハラした。


「おい、卓也。あんなのに絡まれたら厄介だぞ。兄ちゃんお前がケガするの見たくない。とりあえずガン飛ばすのやめなさい」


そんな声が聞こえるはずもなく、とうとうヤンキーの一人がこちらに向かって歩いてきた。


「なに見てんだよてめぇ」


「あ? そっちが見てるから見てるだけだ」


「んだとてめぇ」


今にも殴りかかりそうな雰囲気のヤンキーに、卓也は一歩も怯む様子はない。


「やめなって……三郎、お前なんとかできるか?」


歩が三郎に話しかけるも、三郎はきょとんとしているだけだ。


「あーまぁ無理か……。お前今日頑張ってくれたし、これ以上は酷だよな。ごめんごめん」


はははーと笑って三郎の頭をなでなでしていると、いつの間にか目の前にヤンキーが転がっていた。


……目の前にヤンキーが転がっていた。


大事なことなので2回言ったが、つまり歩が三郎とほのぼのしている間に、卓也がヤンキーを吹っ飛ばしたのだ。


「お、覚えとけごらぁ!」


「忘れる」


そんな逃げるヤンキーと卓也の会話を見て、歩は呆然とした。


「え……ええー……」




その夜、歩と卓也が夕飯から部屋に戻ると、卓也から歩への尋問が始まる――といったところで、歩はノートに書いておいた文章をバッと見せる。


「おいバカ――あ? 『なんであんなに喧嘩強いんだ?』そんなの知るか。喧嘩ふっかけてくる奴らをのしてたら勝手に強くなったんだろ」


『ええー、兄ちゃん知らなかったよ。卓也も男の子だもんなぁ、喧嘩くらいするよな』


「その子供扱いヤメロ」


『まぁ、兄ちゃんは安心したよ。お前も、もう守られるだけの存在じゃないんだって分かって』


「ふん。オレがこれから、母さんと父さんを守ってやる。……だから兄貴は、もうオレ達を守る必要はないんだよ」


最後の方はぼそりと呟いた卓也だったが、歩にはばっちり聞こえていた。


『……そっか。じゃあ、兄ちゃん安心だな』






++++++++++++++++++++++++++




それから、歩は最後にしっかりと家族や身の回りの光景を目に焼き付けようと思い、家や思い出のつまった場所を見て回った。


というのも、もう思い残すことはないと思ったからだ。


卓也の『もうオレ達を守る必要はないんだよ』という発言を聞いて、ああ、みんなは前に進もうと思ってるんだなぁ……と感じた。


みんなが前に進むのに、自分が進まないのでは意味がない。


だから、成仏しよう。

そう思った。





「うーん、これくらいかな。思い出せる場所といったら。さて……どう成仏するかもまだわからないけど、とりあえず卓也のところに――」


そう歩が言いかけたところで、曲がり角の向こうがなにやら騒がしいことに気が付いた。


「ん? なんだ?」


野次馬根性でその先へ向かうと、広がっていたのは男数人の言い争いだった。


男数人というより、1対3人。


そして、一人の方は――卓也であった。


「え、ちょ、卓也ぁまた喧嘩してんのか? まったく、兄ちゃんがこれから成仏しようって時に――」


やれやれと肩をすくめたその次の瞬間、歩は走り出していた。


目の前には、卓也の背後から鉄の棒を振りかざす男の姿。


「卓也っ!」


ガンッ


頭に走る衝撃。

目の前に火花が散った気がしたが、痛みはない。



歩は、間一髪のところで鉄の棒と卓也の間に入れたことに、安堵した。


そして頭に当たってギリギリと音を立てる棒を掴むと、後ろに振り返った。


歩の頭を殴った男は、なにが起きたか分からないという驚愕の表情を浮かべたまま鉄の棒を握りしめている。


歩の頭の音と気配に気づいたのか、卓也が振り返った。


「ああ? なにしてんだてめぇ」


「ひっ、あ、お、お前、なんで……」


男の狼狽した様子を見て、卓也はなにかおかしいと感じたのか、男の持つ棒に目をやる。


不自然な位置で止まっている棒を見て、卓也は察した。


「な、兄貴!? 大丈夫か!?」


「お、おう、卓也。兄ちゃん喧嘩慣れはしてないけど、大丈夫だぞ」


歩は聞こえてないことは承知の上で、今は手を離せないため口で答えた。


「な、なにが起きてんだ?」


「し、知らねぇよ……ただ、こいつが殴ろうとしたときに、何かにぶつかって……」


卓也の喧嘩相手は三人。内二人は卓也と口喧嘩していたが、もう一人が隙をみて卓也を殴るつもりだったらしい。


「お、俺、な、なんかに掴まれてんだ。鉄の棒……」


「は、はぁ? 何言ってんだよ。んなことある訳……」


そこで歩は力一杯、鉄の棒を上に振り上げた。

男の手からすっぽりと抜けた棒は、男の頭上でピタリと止まる。


はたから見たら、男の頭上の空中で鉄の棒が浮いているように見えるだろう。


「ひっ……ひぃぃぃぃ」


「あ、おい、待てよっ!」


「うわぁぁぁ」


卓也と喧嘩していた三人は、日常ではあり得ない光景を目にし、叫びながら逃げて行った。




「……。おい、バカ兄貴」


「お、おう? なんだい、可愛い弟よ」


「お前、危ねぇだろうが。今霊体だからいいものの、肉体があったら下手したら死んでたぞ」


「ははは、俺はもう死んでるっつーの」


「ふんっ。……あ?」


「あれ?」


そこで歩と卓也は、違和感に気づいた。


「なんでオレ達……」


「会話できてるんだ……?」


その時、歩は卓也と目が合った(・・・・・)


「な……」


「え? 卓也……もしかして俺のこと、見えてる?」


「っ、み、見えてねーよ」


「いやいや、え、てか声聞こえてるじゃん」


「聞こえてねー」


「いやいや」


歩は気づいていた。

卓也が、気づいていてあえて否定していることを。


――歩が、成仏するのを気づいていることを。



「あはは。最後に、顔見れてよかったよ」


「っ、最後じゃねーだろ」


「うん。最後じゃない。また、会おうな」


「っ、く、ああ」


「俺、やり遂げられたみたいだ。お前が産まれた時、『兄ちゃんが弟を守る!』って決めたんだ。だけど俺が先に死んじまって、お前を守れないことが未練だった。だけどこうして守れたから。だから……」


歩の身体は、光に包まれていく。


その光景を、卓也は目に焼き付けた。


「なぁ、卓也。俺はいつまでも、お前の兄ちゃんだから。大好きだぞ」


そう言って、歩は、笑って逝った。






++++++++++++++++++++++++++




十数年後。



「おとうさーん! 陽菜ね、おえかきしたよ!」


「そうかそうか、うまく描けたな」


「お父さん、おれも工作した!」


「おー、すごいな、いい出来だ」


結婚して父となった卓也は、二人の子宝に恵まれ、大きくなっていく我が子をみて目を細める。


兄妹の兄の方は、妹の陽菜を溺愛している。

可愛くて仕方がないといった様子は、卓也自身の兄を彷彿とさせた。


「陽菜、あっちであそんでくる!」


妹の陽菜は、たたたっとかけていく。

すると足を躓かせ、こけてしまった。


「あっ! ……うっ。うぇぇぇん」


「ああ、ほら、大丈夫か陽菜――」


卓也が慌てて陽菜のところへ駆け寄ろうとすると、それより先に兄の光喜が陽菜の前へとしゃがみ込み、こけて痛めた膝の部分をよしよしする。



「陽菜、走ったら危ないからな。いたいいたいだ。今度からはぼくと手をつないでいこ?」


「うっ、うぇ、ひっく、うん……」


「うん、えらいえらい。ぼくが陽菜をずっと守ってやるからな!」


その言葉を聞いた瞬間、卓也は泣きそうになった。


『おれがお前を守ってやるからな!』


兄である歩のセリフを思い出して、卓也は呟いた。


「今度は父さんが、お前たちを守るよ」



卓也の周りには、暖かな光が降り注いでいた。





(頑張れよ、お父さん)




どこかでそんな声が、聞こえた気がした。
















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