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03:状況

「さて、もう落ち着いたかしら?」

「うん……姉ちゃん。というか、中身を知っちゃったら、その口調、ものっすごく違和感があるんだけど」

「だまらっしゃい」

「いでっ!」


 素手で殴ると痛いので、〔痛覚過敏付与〕の魔法効果がついた紙製の扇子状大型打撃武器、通称『ハリセン』でタカシの頭をはたく。この世界、なにかとこの手のネタ装備が充実している。


「場所を変えるわ。ついてきて」


 今いるとこはウォーデン伯爵邸の別館の地下室だ。話をするには少々ナンなので、上の階にある応接間へ移動することにした。

 部屋を出たところで、控えていた侍女のキャシーに指示を出す。


「応接間に行くわ。キャシー、お茶を用意して」

「かしこまりました。その……そちらの方は?」

「ああ、こいつのことは応接間で説明するわ」


 私一人で地下室に入ったのに、若い男を伴って出てきたので、キャシーは不審に思ったようだ。どの道彼女はタカシの同僚となるので、説明は必要だろう。

 タカシはちょっとぽーっとしてた。


「リアル・メイドとか初めて見た……」

「あんた、メイド趣味あったっけ?」

「いっ、いいいええ、め、めっそうもございませぬ」


 まあ、キャシーは美人で大人のお姉さんて感じだしね。たぶん二十代前半。おまけに胸部装甲も分厚い。こいつが見とれるのも無理はない。

 応接間に入り、タカシにはソファに座ってもらった。お茶を用意したキャシーにも座ってもらう。


「タカシ、このお姉さんはキャシー」

「キャシーでございます。お嬢様の侍女をしております。よろしくお願いいたします」

「え、えと、タカシです。あ、あの、その、よろしくお願いします。しかし、お嬢様って……」


 通訳しようとしたんだけど、その前にタカシは普通に挨拶していた。それも、こっちの言葉で。


「あれ? あんた、こっちの言葉喋れてる?」

「え? あー、んー? なんかわかってるっぽい? 日本語じゃないよね、これ」

「そうね。召喚でそういう異能スキルでもついたのかしら」


 こっちの言葉に切り替えて会話してみたけど、まったく違和感がない。

 便利っちゃ便利だけども、いったいどういう原理なのか。音の代わりに思考が伝わってるというタイプでもなく、普通に発音してるようだし。そうすると、文法や語彙はどこから来るのだろう。

 それに、本当に語彙をすべて正しく認識できているんだろうか。一度、国語のテストでもしてみて、検証してみたほうがいいかもしれない。


「それで、タカシ様はお嬢様とどのような……?」

「キャシー、こいつは私の〔従者召喚〕で異世界から呼び出した、『前世』の弟なのよ」

「は……? それで呼べたってことは、お嬢様が以前から言ってらした『前世』って、マジだったんスか? たしかに顔立ちとか髪の色とか、見かけない人種っぽいっスが」


 突拍子もない話なせいか、キャシーの言葉遣いが素に戻っていた。前々から前世のことについては相談はしてたんだけど、これまでは半信半疑というより二割程度しか信じてなかったんじゃないかと思う。


 この世界、人によっては『ギフト』と呼ばれる超常的な異能スキルを得ることがある。二十人に一人くらいの率なので、さほど珍しいというほどでもないんだけど。

 私の場合は〔従者召喚〕というものを持っていた。このスキル、通常は「従者を転移召喚できる」というものだ。どこにいても侍女(キャシー)を呼び出せるので、便利といえば便利だけども、一般的には『ハズレスキル』に分類されている。まあ当たりスキル持ちは極めてレアなんで、それで引けを感じる必要はないんだけども。

 ところが、何度もキャシーを呼び出してスキルレベルを上げていったら、ある時、呼び出し候補に『タカシ』の名前が挙がるようになったのだ。


 なお、魂の形で召喚するのは異世界からの場合のみで、キャシーなどこちらの世界の人を召喚するときは体ごと転移させることになる。()()()()()()()()()。便利である。


「コホン、失礼いたしました。しかし、〔従者召喚〕で呼び出せたということは、タカシ様もやはり……」

「あんたの同僚ということになるわね」

「それはなんと言うか……タカシ様、ご愁傷さまです」

「え゛?」

「ちょ!? どういう意味よ!」


 キャシーが神妙な顔つきで妙なことを言い出すので、タカシがギョッとしていた。


「お嬢様の〔従者召喚〕というのは、いつでも好きなところに()()を転送して呼び寄せるものでして。つまり呼び出される者とは、お嬢様に顎でコキ使われる立場なのです」

「あー、もしかしてキャシーさんも?」

「そのとおりにございます。お嬢様は大変に人使いの荒いお方ですから」

「すっげーわかる」


 なにか思うところがあるのか、二人して肯きあっていた。


「何二人で納得してるのよ!?」

「あー、俺からはノーコメントで」

「ご自身の平らな胸にお聞きください」

「きーーっ!」


 この二人は私を何だと思ってるのか。こぉ~んなに優しい姉&雇用主だというのに。


「さて、タカシを召喚したのは〔従者召喚〕のテストというのもあるんだけど、それとは別に、あんたの力も借りたいってのもあるの。ちょっと今面倒な状況にあってね」

「面倒って、どんな?」

「私の立場は、元の乙女ゲームで言えば悪役令嬢にあたるんだけども」

「ほー、ヒロインに婚約者を寝取られて、婚約破棄されちゃうというテンプレ的なアレ?」

「そう。まさにそれ。ゲームのストーリー上はそうなってるわね」

「悪役令嬢に転生って、ネット小説か」

「そうなっちゃってるんだから仕方ないわ。ま、現実にはストーリーとは違う展開になってるんで、ゲームで参考になるのはせいぜい登場人物と世界設定くらいかしらね」

「違う展開って、どんな?」

「んー、一番大きいのは、ヒロインがイベントを全部スルーしちゃってることね」


 ヒロインに相当するマリリン嬢はゲームの通りに王立学園に入学してきたけれど、それ以降まったく何も起こってない。攻略対象たちとの出会いイベントもスキップしちゃってて、完全に赤の他人状態のままだ。そんなだから、それ以降のイベントも発生しようがなく、どれも不発に終わってる。

 どうやら『シナリオの強制力』みたいな不可思議現象は存在しないらしい。


 私は悪役令嬢として断罪されるのは真っ平なので、付け入られる隙を作らないよう対策してきた。けれど、いざゲーム本編の幕が上がったらまったく何も起こらず、肩透かしを食った感じだ。

 平穏無事なのは楽っちゃ楽だけども。


 しかし、問題はヒロイン絡みとはまったく別なところから浮上した。


「ヒロインのことはとりあえず置いとくわ。攻略対象の一人、第二王子のジョージってのがいるんだけど、こいつがどうやらクーデターを画策してるらしいの」

「くー、で、たー……?」

「第二王子ってなってるけど、これが妾腹でね。いろいろあって母親は側妃としても認められてなくて、ジョージには実質的に王位継承権がないのよ。それで、いずれは王族から抜けて、我が家に婿入りすることになってるんだけどね。私の婚約者として」


 王家に生まれながら王族にあらず、として立場やら将来やらアイデンティティやらでジョージが悩んでるところにヒロインが近づく、というのがゲームでの流れだった。で、婚約者の私が悪役令嬢となるわけだ。めんどくさい話である。

 しかし、タカシは妙なところに食いついてきた。


「ん? 婚約者? 姉ちゃんの?」

「そういうことになるわね」

「よし、そいつ殺そう」

「わーっ!? 待った! 今はまだ内偵中で、容疑が固まるまでは殺しちゃダメなんだってば!」


 なんか、戦場並みの本物の殺気を感じたような気がする。私の言葉に一応止まったけれど、ちょっと冗談とは思えないほどタカシの目がマジだった。

 以前の弟はそこまで過激な短絡思考ではなかったはずなのだけど。私の死後になんかあったのだろうか。そもそも相手の人相も居場所も知らんでしょうに、どうするつもりだったのかこの子は。


「内偵?」

「我が家の裏の、というか真の役目は王家に対する監視役だもんでね」


 私の家、ウォーデン家は伯爵位で、序列で言えば公爵や侯爵に比べるとだいぶ劣る。普通であれば、曲がりなりにも王家の者が婿入りするには些か家格が低い。にもかかわらず家がジョージの婿入り先となったのは、彼の地位が低いからというだけでなく、ウォーデン家が代々王家に対する監視役を務めてきたからだ。

 王家が道を誤ったときには諫言する――場合によっては肉体言語で――のが役目である。

 立場が不安定なジョージについても、身内に入れて監視下に置くことになっていたのだ。

 一応、高位貴族の間では公然の秘密となっているし、ジョージ自身の価値も微妙なため、この婚約について突っかかってくる馬鹿はあまりいない。皆無ではないのだけれど。


「なるほど、それで『ウォーデン』家なのか」

「たぶんね」


 私、カースティの真の役割についてはゲーム中ではまったく語られることはなく、ただの悪役令嬢という扱いだった。けど、たぶん製作スタッフの間で裏設定があったんじゃないかと思ってる。家名の『ウォーデン』とはこちらの言葉では特に意味はないんだけど、英語の Warden は『監視者』の意味だ。


「でも、そんなんで決まった婚約って、姉ちゃん納得してんの?」

「愛情とか欠片もないけどね。でも、ここは日本じゃないし、私も今はこの国の貴族の端くれだから。納得はしてるわよ」

「姉ちゃんがいいなら、いいけど……」

「まあ、お世辞にも好感を持てるような相手じゃないしね。向こうが法を犯すなら、遠慮なく粛清(ブッコロリ)するわ」

「そ、そう……」


 明示されてはなかったけど、恐らくゲームの『カースティ』も今の私と同じだったんじゃないかと思う。あくまで貴族の義務として、そして政治的判断で決められた婚約者としてジョージやマリリンに接していただけで、ジョージへの愛情だの執着心だの嫉妬だのというのはゲーム中のセリフや態度からはまったく感じられなかった。むしろ、ジョージを罵倒してることのほうが多かったような。

 まあ、その辺もジョージがヒロインに傾倒していく一因だったわけだけどね。しかしそんなのは奴の事情であり、カースティとして慮るべき事柄ではない。


「で、問題なのは王子とその配下の連中が、どうやらこの世界に存在しないはずの、異世界の武器を揃えているようなの」

「武器?」

「地球の銃よ。どうやって入手したのかは未だ不明なんだけど」


 私はいくつかの小指の先ほどのひしゃげた鉛の塊と、真鍮っぽい金属の筒をテーブルの上に出した。


「あんた、こういうの詳しかったでしょう? それであんたの知識を借りたいの」

「銃弾と、薬莢? んー、.45ACPに、こっちは30-06?。こっちのは……7.63 MAUSER? いったいどういう取り合わせなんだこりゃ」


 ミリオタでもあるタカシは目を輝かせて、筒の形や刻印を見ながらなにやらぶつぶつ言っていた。

 弾丸と薬莢。タカシみたいに種類とかは知らないけど、私も一応前世の映画とかで見かけてたので、どういう用途のものなのかは知ってる。

 薬莢の刻印の文字はどう見てもアルファベットとアラビア数字だ。この世界の文字じゃない。

 『ファントム・ガーデン』には銃なんて登場していなかった。この世界、なまじ魔法が使えるために、火薬の爆発で弾丸を飛ばすという発想そのものが生まれていない。銃弾なんて、この世界では間違いなくオーパーツと言える。私の転生以上に、何か相当のイレギュラーが発生していることは確実だ。


「いずれも第二王子配下の、国軍第二旅団が訓練していた山中から回収したものよ」

「なるほど。これがあったから、そいつらが銃を手に入れたって判断したわけか」

「そういうこと」

「薬莢の回収とかしなかったのかな」

「恐らく、放っておいてもバレないと思ったんでしょうね。実際、私がいなかったら、何に使うものかさっぱりだったわけだし」


 発覚したきっかけは、山奥から奇怪な破裂音が断続的に響いてきた、と地元の猟師らが通報してきたことだった。冒険者ギルドが調査に行ったところ、現場には危険な生物などは見当たらなかったが、用途不明の小さな金属製の筒が大量に落ちているのが見つかった。

 その報告がウォーデン家にも回ってきた。私はそれが何なのか知っていたけど、他には誰も知らない事柄なので少々説明に難儀した。

 家の密偵に現地を詳しく調べさせたところ、木や土にめり込んでいた弾丸多数を発見。それと平行して、ジョージ配下の部隊が付近で訓練を行っていたことを突き止めた。


 王族の中で扱いに困る第二王子の勢力が、密かに強力な武器を大量に入手し、密かに訓練を進めている。どう考えても不穏な話だ。

 ただ、銃を持ってるからといって、それだけでは摘発はできない。取り締まる法律なんてないし、真っ向から問い質したところで、試験中の新型兵器だと言われてしまえばそれまでだった。多少の牽制にはなるかもだけど。

 彼らが武装蜂起を計画している、という証拠を掴まなければならない。

 それで、本格的に内偵を進めることになり、彼らの動向を探っているところだった。


「未然に防げれば一番いいんだけどね。難しいわ。それに、国の上層部は銃の脅威を理解してなくて、簡単に鎮圧できると思ってる。説明はしたんだけどね。そんな小さな弾を飛ばしたところで何ができるかって感じで、どうにも威力を想像できないみたい」


 脳筋の騎士団長あたりは、いっそのことわざとクーデターを起こさせて、不穏分子を一掃してしまいたいとか思ってる節がある。

 そんな状況なので、上は事前に防ぐことについてはかなり消極的だった。下手をすると、決定的な証拠を掴んでいても握り潰されるかもしれない。


「そこで、あんたにお願いしたいことが二つあるわ。まずは連中の持ってる銃の種類とか性能について、詳しいことを教えてもらいたいの」

「なるほど。マイナーなのでも、向こうに戻ってネットで調べることもできるし」

「そういうこと。そして、もう一つ。相手がチートを持ち出すなら、対抗するにはこっちにもチートが必要でしょ。それで、あんたの能力が使えるかどうか試したいわけ」


 そう言って、タカシの装備を見る。強化外骨格とか言ってたけど、それがちゃんと動くなら、地球でもチートな部類になるんじゃないだろうか。


「あー、たしかにパワードスーツとかはまだ研究段階で、実用レベルじゃないしね。ゲームの装備品がマジで現実で使えるなら、チートっていやチートか」

「後で能力の検証をしないとね」

「うん、いいけど。でも、クーデターって思いっきり国内問題なんじゃない? 俺が関わっていい話なん? 俺、外国人どころか異世界人なんだけど」


 要は、内政干渉や主権の話だろう。正直なところ、タカシがそういう視点を持ってたのが意外だった。

 今時の日本人、特に若者であれば、自身の生活や収入だとか、将来への不安が先に立ってしまって、国のあり方だとかいった大仰な政治の話には関心薄くて、ピンとこないかと思ってたんだけど。

 私だって、今でこそ国政に関わる貴族の家に生まれたもんで、ガチガチの超タカ派になってるけど、前世では所得税と消費税と年金がどうこうという身近な話くらいにしか政治に関心なかったし。


 この世界、明確な国際法というのはないけれど、それでも国家の主権という考え方くらいはある。

 理屈で言えば、国の行く末を左右するような重大な国内問題の処理に、国外勢力の力を借りるというのは好ましいことじゃない。相手が力を貸すと称して介入してくるのは、何らかの思惑があるからこそで、それが自国のためになるとは限らないから。

 また、解決した後にも、正当性にケチをつけられる恐れだってある。


 自国のことは自国で決める。他国との関係に配慮しつつも、決して言いなりにはならない。独立国家というのは本来そういうものだろう。――理想通りにやれるかどうかは別として。


 なんにせよ、今回のタカシの場合、主権に関わるような話にはならないだろう。


「あんたはただの一個人で、どっかの外部勢力の意向を受けてるわけじゃないし、あくまで私の命令で動くだけだからだいじょぶでしょ。それに相手だって、銃という異世界の力を得てるわけだしね」

「ん、わかった」


 そんな感じで、私はタカシに状況を説明していった。


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