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02:従者召喚

 時は三ヶ月ほど前にさかのぼる。


【王都郊外 ウォーデン伯爵邸 別館地下室】

9月21日 13:36


 磨かれた大理石の床に描かれた半径2mほどの奇怪な紋様が、眩しすぎて目を開けられないほどの強烈な光を放っていた。

 光は徐々に弱まっていき、紋様と共にやがて消えた。そして、紋様があった場所の中央には一人の男が立っていた。


「……へ? あれ? な、なんだ、ここ?」


 彼は辺りをキョロキョロと見回して、見知らぬ場所に立っていることに困惑していた。次いで、自身の体を見下ろして、驚愕した。


「て、なんじゃこの格好は!? ……まさかこれ、『ハ()フメ()ル・オブ( o )・ド()ームアイ()ンドフィ()ルド2 モ()ンヘイロ( H )ークラ()シス』の強化外骨格(エクソスーツ)か? いつの間に、なんでゲームのコスプレさせられてんだ? よくできてんな……てか、体軽い? これ、マジで機能してんのか!? おぉっ! すげぇ!」


 この世界では決して見かけるはずのない迷彩戦闘服の上に、シリンダー状の金属パーツや装甲を加えた異様な姿に、彼ははしゃいでいた。その場で垂直に2m近くジャンプしたり、両手のグローブをぐーぱーぐーぱーと握ったり開いたりしてギミックを動かすのに夢中のようだ。

 あんまりにもはしゃぎすぎてて、背後に()が立っていることにも気づいていない。ちょっと声を掛けづらいけれどそれでは話が進まないので、私は口を開いた。


「あの」

「どわぁっ!? ぅわわっ!? いぎっ!」


 彼は背後からの声にびっくりして、振り向きざまに猛烈な勢いで飛び退り、着地に失敗して盛大に尻餅をついた。


「ててて……」


 こちらの世界では少年に分類されてしまいそうな容貌の、黒目黒髪の青年は痛みを堪えながら涙目でこちらを見上げた。そして、この部屋にいる唯一の人間である私に尋ねた。


「ええっと……、その、あ、あなたは……?」


 ものすごく懐かしい声。間違いなくタカシだ。

 身に着けてる装備はさておき、どちらかと言えば中性的でかわいらしい顔立ちと、外では人見知りゆえのオドオドした挙動もまんまだ。


 如月高志、彼は私の前世の弟だ。

 顔を見るのは十四年ぶりになるのか。最期に目にした時の姿からさほど変わっていないように見える。一方の私は、まったく別物の姿になってしまったのにね。

 私は目頭が熱くなりそうなのを気合でこらえ、平静を装いながら、長いこと使っていなかった日本語で話した。


「私はカースティ・ウォーデン。勇者タカシ・キサラギ様、ようこそ『ファントム・ガーデン』の世界へ」


 言っちゃってから、『あ、しまった』とは思ったのだ。

 せっかくの異世界召喚なんだからと、ついノリと勢いで()()()()()語ってしまったが、これだと胡散臭すぎやしないか。ラノベにおける勇者召喚とか、大抵ロクでもないものだったし。タカシもその手のものは読んでるはずだ。

 私自身のことを説明するときにどうしたもんか、余計に面倒になった気が。

 いっそのこと、そのままのノリで押し通してしまおうか。まあ、どっかできちんと説明はしなきゃだけども。

 私は長年の淑女教育で培った技術により、儚げな微笑みを決して崩すことなく、内心ではそんなことを考えていた。


「あれ? 日本語?」


 私の見た目が外人なので、日本語が通じて驚いたようだ。今の私は銀髪に紫目で、清楚な雰囲気の西洋系美少女だし――見た目だけなら。外見詐欺ともいう。

 確かこいつはお澄まし系銀髪美少女とかも好物だったはず。

 後で真相を明かして、私の正体を知ったときに盛大に驚き、次いで盛大に落胆するであろう顔を想像したら、なんだかワクワクしてきた。

 より大きなインパクトを与えるためには、ここはあくまでも清楚に行かねばなるまい。ギャップが大きいほど、失望も大きかろうて。くくく。


「あと、なんで俺の名前を? それに『ファントム・ガーデン』って、ゲームの……?」

「おや、あのゲームをご存知でしたか」

「いや、タイトルしか知らないというか、たしか姉ちゃんがやってたゲームがそんなだったような……」


 『乙女ゲー』なんてこの子にはまったく興味ないジャンルだろうに、よく憶えていたわね。


「ええっと、そんじゃここはゲームの世界だとおっしゃるわけで?」

「はい。世界観や登場人物など、日本製乙女ゲーム『ファントム・ガーデン』と極めて似通った世界です。そして、私が異世界人であるあなたをここに召喚しました」

「召喚?」

「元の世界への帰還が自由なことを除けば、ラノベ界隈で言うところの異世界召喚モノと似たもの、と思って頂いて結構です」

「は、ははは……い、いくら夢だからって、さすがにこれはないわー。いったいどーいう夢なんだこれは。異世界召喚ネタはともかく、『乙女ゲー』はないだろ『乙女ゲー』は。そいや、St○amでもディスカバリキューに時折OTOMEタグのとか混じってたなあ。なんか台湾や中国のとか、なにげにロシア製もあったような。ははは。ワールドワイドで浸透してんのか。新作だかなんだか知らんが、そんなもん男にお勧めしてどーしろと。あー、夢の中で夢にツッコミ入れるのって始めてかもあはははははははははは……」


 キャパシティを超えてしまったのか、タカシは明後日のほうを見て現実逃避気味にぶつぶつ言いながら笑い始めた。いかん、軌道修正しないと。


「あなたの夢の中、というのもあながち間違ってはいません。

 私の異能スキルによって、あなたが眠っている間に魂だけをこちらに呼んで実体化しています。召喚を解除するか、HPが尽きるか、あるいは最長でも七十二時間経過すれば、魂は自動的に地球の元の体に戻ります。そして、こちらで体験したことはすべて、一晩の奇妙な夢で終わります」


 日本へ問題なく帰還できる(はず)ということは強調しておきたい。

 この世界、ステータスとかHPとかないんだけど、ゲーマーのタカシにはこういう言い方で通じるだろう。


「つまり、日本に帰れるってこと?」

「そうなります。やってみましょうか?」

「あ、あぁ。お願い、します」


 召喚を解除すると、タカシの足元に再び奇怪な紋様が浮かび上がり、フッとタカシの姿が消えた。

 これでタカシは地球に戻ったはずだ。一分ほどして、再度召喚する。

 先ほどと同じ格好で、タカシが現れた。


「うわっ!?」

「どうでしたか?」

「え? あ、あれ? あなたは()()の夢の……、ああ、そういうことか……、夢だけど、夢じゃなかったんだ……」


 召喚解除されて自室で目を覚ましたタカシは、こちらでのことは本当にただの奇妙な夢だと思ったらしい。まあ普通はそうなるわね。

 そして、そのまま普通に一日を過ごして就寝したところ、再びこちらに呼び出されて、ようやく状況を理解したと。


 こっちでは一分でも、向こうでは一日。逆に、こちらで三日過ごしても、あちらでは一晩だけのこと。

 こちらとあちらで時間の流れが一律ではないというのは、感覚的にわかりにくいな。これ、複数の人間が召喚された場合、タイミングによっては変則的なタイムパラドックスが起きたりしないんだろうか。謎だ。


 まあ、なにはともあれ、何かしらペナルティが発生することなく召喚できるのが確認できたのは、私としても喜ばしい。

 スキルの能力的には大丈夫なはずなんだけど、実際に〔従者召喚〕スキルで異世界から呼び出すのは初めてだったので、ちょっと心配ではあったのだ。よくあるラノベみたいに一生戻れないとかだったら、さすがに(ちょっとだけ)躊躇してた(かもしれない)。

 これなら何の気兼ねもなくホイホイ呼び出せるわね。何の気兼ねもなく――タカシの都合含めて。


「それで……勇者とか言ってたのはいったい……?」

「ああ、すみませんでした。それは、一度お約束(テ ン プ レ)というものをやってみたかっただけで、深い意味はありませんわ」

「……は?」


 タカシの目が、ものすごく胡散臭いモノを見るものになった。ちょっとゾクゾクする。


「勇者云々はともかく、タカシ様のお力を貸していただきたいのです」

「魔王を倒しに行け、とかじゃなく?」

「いえ、魔王だとか魔族だとかはいませんね」


 元が乙女ゲーム世界だからか、あだ名が『魔王』という典型的(あ り が ち)な美形腹黒鬼畜メガネ宰相補ならいるけど、今はそれは関係ない。


「世界の危機とかいった大げさな話ではなく、もっと小規模な国内問題なのですが、あなたのお知恵を拝借したいのです」

「知恵?」

「はい。タカシ様は地球のミリタリー事情にお詳しいでしょう?」

「え? いやその、俺はただのミリオタ……っていうか、素人が趣味で齧ってるだけで、ちゃんとした本物の専門家じゃないんですけど」

「ええ、存じております」


 そりゃもうね。あんた、インドア派だったからサバゲーとかはそんなにやってなかったようだけど、それでもエアガンとか部屋に飾ってたし、FPSとかやりまくってたでしょ。私には何が面白いのかさっぱりだったけど。

 とはいえ、私にはあちらの伝手がタカシしかないし、タカシの知識だけでも現在の情勢では十分に役立つはず。それに、向こうに戻れるのだから、詳しいところはネットで調べてもらうことも可能なはずだ。


「それと、異世界から召喚すると、対象には強力(ちいと)なスキルが付与されるようです。恐らく、その出で立ちもスキルによるものではないでしょうか。実際に召喚してみるまではどんなスキルになるのかはわかりませんでしたが、可能であればそのお力もお借りしたいのです」

「チートって……。そりゃあ、これがゲームの通りにちゃんと動くとしたら、強力なんだろうけども……」


 単語のセレクトのせいか、胡散臭さが倍増したかもしれない。タカシの目に浮かぶ不審感が一層強くなった。

 あんまり引っ張りすぎてもしょうがないので、ここらでネタを明かすことにしよう。


「それに、他の人ならともかく、あなたのことならば私は良ぉお~~く存じておりますので」

「え? な、なんで?」


 何を思ったのか、タカシの頬や耳たぶが赤くなった。けど、ここでひっくり返す。


「何故ならば、()()()はあんたの姉、如月ミコトの生まれ変わりだからよっ!」


 私はかぶっていた猫を放り投げてドヤ顔を浮かべ、腰に手をあて仁王立ちして、素の口調で言い放った。

 予想通り、タカシは目を見開いて、あんぐりと口を開いたまま固まった。うんうん、この顔が見たかった。

 どぉれ、ビックリしたろう。お姉ちゃんだぞぉ。

 死んだ姉が、別の世界で生まれ変わっていたのだ。驚くのは当たり前だろう。

 ……と思っていたのだけれど。


「……ん? タカシ?」


 タカシの唇や、手がブルブルと震えていた。

 次の反応は完全に予想外だった。


「ふ、ふざっ……、けんっ、なっっっ!! ね、姉ちゃんは、し……死んだんだっ! 姉ちゃんの……っ、姉ちゃんの、代わりなんかいねえっ!!」


 タカシは顔を真っ赤にして怒鳴った。

 あるぇぇ? なんか思ってた反応とチガウ。一緒に暮らしてた頃は見たことなかったくらいに、本気でガチ切れしてる。なんか勘違いもあるような。


 そこでようやく、思い至った。私にとって転生は実体験なので当たり前に考えてたけども、タカシはそうじゃない。転移については身をもって実感できてるだろうけど、身内の転生なんていきなり言われたって信じられるわけなかったのだ。こっちは人種も年齢もぜんぜん違うし。

 あ゛ーー、そりゃあそうだ。これは私が阿呆すぎた。


「ま、待って! あたしはほんとにミコト、あんたの姉なんだってば!」

「姉ちゃんの名前使うとか、ぜっっってぇ許っさんっ!」

「待てって、このっ! いいから! 聞けえぇっ! 昔あんたがあたしのぱんつ頭に被ってはしゃいでたの周囲にバラすぞっ!」

「え……」


 震えながら拳を握り締めるタカシに対し、私が言ったセリフはてき面だった。タカシをいじる――もとい、かわいがる時にさんざん使ってきたネタなのである。


「まさか……、ほんとうに……?」

「なんなら、もっとネタを出す? 中学あがるときに、学校の校門で……」

「ま、待って!」

「もうひとぉつ、Cドライブ直下の"working"フォルダー!」

「ひっ!?」

「あんた、ああいうのが趣味なのね」


 ニタリ、と私が前世でやっていたのと同様の黒い笑みを浮かべて言うと、タカシはあからさまにギクっと身を震わせた。顔が青くなって、脂汗が浮かんでる。

 あれから時間たってるはずだけど、今でも使()()()いるんだろう。中身について詳細に言及するのはやめてあげよう。やさしい姉でしょう?


「ちょ、まっ、なななな、なんでそれを……」

「PCのローカルアカウントのパスワードに(あたし)の名前を使うなんて、安直過ぎない? てか、あんたそんなにシスコンだったっけ?」

「わーっ! わーーーっ! ごごごごめんなさい俺が悪かったです土下座でもなんでもするので許してくださいお姉サマ! ……ってか、マジで姉ちゃんなの?」

「そう言ってるでしょ」

「よぉお~~くわかりました」

「うむ、よろしい」

「うぅ、このやり口、間違いなく姉ちゃんだ……」


 内容でなく手法で理解したところが解せないが、納得してもらえたようでなによりだ。正直なとこ、こちらの世界には魔法ってのがあるせいで、過去の出来事を知ってるってだけでは証明として不十分なのよね。

 まあ、最悪、タカシが納得しなくても酷使するつもりではいたけれど。


「そ、そうか……姉ちゃん、生まれ変わってたんだ……うぅぅ……」


 見れば、タカシは目に涙を浮かべていた。


「ちょ、ちょっと!? 泣くことないでしょ!?」

「おれ……、おれ……(ぐすっ)、姉ちゃん、が……、死んじゃって(ずずぅっ)、どうして、いいか、わかんなくて(ぐすっ)、もう泣くしか、なくて、それから、おれ、生きてる意味、わかんなくなって……うっ、うううぅぅ……」


 とうとう、タカシは泣き崩れてしまった。

 まさか、これほどまでに極端な反応をするとは予想外だった。生前と同じく、もっとドツキ漫才的なノリで、明るくバカ笑いしながら再会を喜ぶものと思ってたのだ。タカシがここまで私の死でダメージ受けていたとは――こいつのそれは家族愛・姉弟愛というにはいささか重過ぎるような気がしないでもないのだけど。

 でも、まあこれは確かに私が悪かったかもしれない。

 小さい頃にタカシが泣いていたときにやっていたように、私は彼の頭をそっと抱き寄せた。


「ごめん、あんたがそこまで悲しんでてくれたとは思わなかったよ。ありがとう」

「うん……」

「あんた、また背が伸びた? 今、何歳?」

「こないだ十九になった。身長は178だったかな」

「なるほど。あっちでは二年経ってなかったのね。時間の流れのズレが大きいな。あたしはこっちでは今年でもう十四歳だよ。身長も150ないしね」

「……てことは通算で三十五さ」

「計算すんなっ!」

「……はっ!? ということは、合法ロリっ!?」

「馬鹿たれっ! 体は完璧に未成年で、こっちでだって非合法だっ!」


 阿呆なことを言い出すので、私はゲシッと頭を思いっきりひっぱたいた。


「でもさ、姉ちゃん、顔立ちは超絶きれいになったけど、胸部装甲は前世よりめちゃくちゃ薄くなってない?」


 私は無言で拳をタカシの腹にぶち込んだ。

 ……が、強化外骨格だかの装甲は腹部も保護していて、硬いなんてものじゃなかった。


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