01:似て非なるもの
似て非なるもの、あるいは『冒頭婚約破棄宣言』というお題に対するひとつの答え
【グレンデル王国王都 王立学園大ホール】
12月15日 18:36
「カースティ・エリザベス・ウォーデン! 貴様の犯した罪は極めて重いっ! よって、我、ジョージ・ハーバート・エル・グレンデルの名において、貴様との婚約を破棄し、貴様をこの場にて処刑する!」
王立学園の主催する夜会にて、参加していた多くの学生やその親である貴族らが息をひそめて見守る中、私、カースティの婚約者であり、この国の第二王子であるジョージはそうのたまった。
彼の隣には『ヒロイン』であるマリリン嬢が不敵な笑みを浮かべて立っている。
文言に若干の違いはあるものの、概ね典型的婚約破棄&断罪シーンと言えよう。少なくとも、この絵面だけを見る限りにおいては。
これがまだ、恋愛にトチ狂ったあげくの暴走だったら、私としても嗤っていられたんだけどねえ。少なくとも、本来の『ゲーム』ではそういうお話だった。「真実の愛を見つけた」とか言うて、プレイヤーから見ればただの「寝室の愛」だった、というのが嗤いどころのひとつだ。
ここは『日本製』のとある『乙女ゲーム』に酷似した世界――のはずだった。
しかし、今はゲームとはかけ離れた展開を見せている。もはや別ゲームと言っていいくらいだ。なんでそうなったかと言えば、私がなにかしたわけじゃない。犯人はヒロインだ。
現在進行中のこの状況も、表面上はゲームのイベントと似ていても、中身はまるきり別物だ。あの脳みそお花畑なシナリオのどこをどういじれば、こんな物騒な策謀に発展するのやら。
すでにシナリオは崩壊しきっているというのに、婚約破棄のセリフだけは残っているというのがなんとも笑えない。
「おぉ、この華やかな宴の場において、そのようなことをおっしゃるとは! あゝ、なんと恐ろしいぃ!」
私は舞台女優のように大げさな身振り手振りを交えて、芝居がかった口調で言った。所詮、時間稼ぎでしかないので、内容はこの際どうでもよろしい。大事なのはタイミングだ。
「して、殿下。いったいどのような罪が私にあると?」
「罪状の中身なぞは用意していなかったが、そうだな……マリリン嬢の殺害未遂、といったところにでもしておこうか」
「あまりにも捻りがなさすぎですわね、殿下。そんなありきたりな設定では、巷の批評家連からは星一つさえもらえませんわよ。
で? 証拠も、裁判もナシで事をなすおつもりですか?」
「うむ。貴様の首と、重罪により処刑されたという記録が残りさえすれば良い。真実などどうでもよいが、後々外聞に響くのも面倒だ」
私とウォーデン家がこいつの企みの障害となりうるため、私だけでも今ここで排除しておきたいのだろうけども、雑にもほどがある。
普通なら、そんな無茶なやり方が通用するわけがない。普通なら。
「王国の法も無視なさる、と?」
「構わん。今より四十八時間以内に、オレがこの国を掌握する。オレこそが『法』となるのだ。貴様の処刑を蜂起の号砲としてやろう」
それはつまり、これからクーデターを起こして王位を簒奪する、という宣言に他ならない。
婚約破棄も断罪も名目に過ぎず、最初から奴の狙いはこっちだ。
貴族も大勢いるパーティ会場で、とうとう公言しやがりましたよ、この男。これでもう、こいつらは後戻りできない。行動に踏み切った時点で、首謀者らの極刑は確定している。殺るか、殺られるかしかない。
観衆の中で、意味を理解した者達が顔を青くしてうろたえはじめた。
タァアァーン……タァーン、タパアァーン……タァァーン……
会場の外からは悲鳴と怒号に紛れて、この世界では聞き慣れない破裂音も断続的に響いてくる。奴の配下が行動を開始して、学園の敷地内へと侵入して来たのだろう。残響からしてまだだいぶ距離はありそうだが、この会場になだれ込んで来るのも時間の問題だ。
私にとっても、ここからが正念場だ。私は王子の婚約者であるとともに、彼に対する監視役でもある。王子が暴走した場合には、あらゆる手段を用いてそれを阻止・鎮圧するのが私の役目だ。
ジョージは懐から黒い金属の塊を右手で取り出すと、私に向けて構えた。
観衆はそれが何なのか知らず、皆きょとんとしている。本来この世界には存在しないはずの武器だから、知らないのも無理はない。その点もクーデター勢力にとって大きなアドバンテージになっている。連中の切り札だ。
私は彼を睨みつけつつ、根性でどうにか平静を保ったが、さすがに銃口を向けられては緊張もする。
「これが何なのか、貴様は既に知っているのだろう?」
「ええ。特性や威力はもちろん、おおよその種類と保有数、弾薬量、そして対処法までいろいろと。殿下がお持ちのその『拳銃』以外にも、『異世界』からずいぶんとたくさんの『銃』を持ち込んだようですわね?」
まあ、多分にハッタリも含んでるけど。
銃の種類なんて、ミリオタの『弟』ならともかく、私自身はまったく詳しくないし。一応、連中が保有してると思われる物に関しては、『弟』が用意してくれた詳細なイラスト付きの資料にも目を通してはいるけどねえ。
王子が持ってるのは、たしか『もーぜる』っていうのだったか。拳銃としては独特な形だったんでどうにか覚えてたけど、型番とかまではわからない。
私の知識なんて所詮そのレベルだ。前世でだって、漫画や映画で出てくるのを見かけた程度しかなくて、さして関心はなかったし。
しかし、こちらがどこまで掴んでるか、馬鹿正直に明かしてやる必要もない。
「まあ、いい。知っていたところで、どうせこの『銃』の前では貴様らは何もできまい。貴様の骸は城門の上に飾ってやる。そこで事態の推移を眺めているといい」
王子は一瞬だけ眉がピクっとしたけども、それでも切り札によっぽどの自信があるのか、あくまで余裕の表情を崩さない。
でもね。切り札を持ってるのは、あんたらだけじゃないんだよ。
『“アマテラス”、こちら“スサノオ”。出前は完了。厨房にて、注文を待つ』
こっそり耳に付けていたイヤホンから、私の切り札が『日本語』で喋る声が聞こえた。
そして、視界の端、会場の壁際で、かすかな空気の歪みがゆらりと動くのが見えた。
――大事なのはタイミングだ。
クライマックス寸前な感じですが、次話では三ヶ月ほど時間を遡ります。
冒頭婚約破棄宣言はお約束かなと思うもんで、時系列としては後のほうの話を先頭に入れました。
ご了承ください。