よん
前回のあらすじ
紙ヒコーキを作る彼女
秋冬のお鍋ってもう王様だと思う。
そう広くないワンルームにくゆる湯気は、お鍋が美味しくできた証拠。
「けーちゃん、できたよ~」
にまにまと相好を崩して台所から顔を出す彼女。
僕はそれを合図に台所に行った。彼女をテレビ前の座卓がある場所に避難させて、僕は鍋つかみを両手に装備。ゆっくりと慎重に鍋を持ち上げて座卓の上に置いた。
緩慢な動作で土鍋の蓋を開ける。
もわっと広がる蒸気とともに、昆布だしの芳醇な香りが鼻腔を満たした。
幸せの香り。
ぐぐぐ、と音が鳴った。
「なん何の音?」
「おなか」
彼女は恥ずかしそうに言った。
まだ18時。普段20時くらいに晩御飯を食べる僕らにとっていつもより早い時間だったにも関わらず、彼女は相当おなかが減っているようだ。
「早く食べようか」
「うん!」
彼女のお椀にご飯と鍋をよそう。
彼女は待ちきれないという顔を隠し切れずに、鍋の中ばかり見ていた。
今日はただ昆布だしの中に一般的な鍋の食材をいれたものぐさ鍋だ。
「はい、しらたきとお肉多め」
器を渡すと彼女は具の熱さも気にせず、豪快に肉にかぶりつく。さながら餌に飢えたライオンのようだった。
あちあちと小さな悲鳴を上げながら次々に具を平らげていく。
なんとも幸福に満ち足りた表情でものを食べる彼女は世界で一番の幸せ者なのじゃないかと思った。
そしてその光景を目の前で見られている僕は世界で二番目の幸せ者だった。
さて。彼女が満足げにしているところで僕も鍋を食すことにした。
肉にしらたきにえのきにしいたけ。
僕はキノコ類が好きなので遠慮なく器に移していく。
えのきを箸でつまんでしげしげと見つめる。
ゆらりゆらりと湯気が出ている。
なんとも熱そうだ。
僕は猫舌なので何度もふーふーしながら、やっと口にした。
彼女は隣で2杯目の鍋に舌鼓をうっていた。
僕は見た目よくガタイがいいといわれるけど、どうしようもなく小食で食に興味がないタイプなので、食べるときはとことん食べる彼女がなんだか羨ましかった。