さん
前回のあらすじ
僕の彼女は生きていくのに工夫のいる人だった。
「おりがみ買いたい」
彼女は三歳児のような無邪気さで僕にそう言った。
紙ヒコーキを作りたいのだという。
「紙ヒコーキには乗れないよ?」
聞くと彼女は
「この世に不可能なんてないもん!」
といつも通りに頬を膨らませて見せた。
この世に不可能がないなら大切なものを失くしたりしないし、死人も蘇生できるだろう。
しかし、彼女が不可能なんてないというなら、とりあえず見守ってみようと思った。
そういえば自宅に食料がないことも思い出したので、近くのスーパーに行った。
寒空の中、公園から目的地まで30分ほど歩いているがなかなかに体は冷えた。
店に入る前に入口に設置してあるアルコールスプレーを自分の掌に吹き付ける。僕の後ろにいた彼女にも促して、彼女の手のひらにもアルコールを優しく吹き付ける。
彼女は「きれいきれい」と呟きながら懸命に手のひらを擦り合わせていた。
僕は店の買い物カゴを持ち、暖かい店内を進んだ。
寒いので今日は鍋にしようかなんて考えながら、手際よく鍋の材料を買っていく。
彼女はなにしているかな、と彼女の方を向いたら僕の目線の先にちょうどいた。
そこは乳製品売り場の様で、彼女は必死にチーズと睨めっこしていた。
「それ、ほしいの?」
僕が彼女の背後に近寄ってそう問うと、彼女はうんと頷いた。
「チーズは体に良いんだって」
小さく呟くと、彼女は当然のようにチーズを僕の持つカゴの中に入れた。
彼女は少し笑った。
「チーズ嫌いなんだけど、食べなきゃね」
「体にいいから?」
聞けば彼女は首を傾げた。
「体だけじゃなから、栄養って脳にも大事なものなんだって」
彼女がチーズを買った理由は栄養にあるようだった。
僕は栄養に無頓着なのでよくわからなかった。
僕が少し目を離した隙に彼女はどこかに行ってしまった。
スーパーのどこかにいるのだろうとなんとなく思ったので、僕は一通り必要な食材を買って、それから合流すればいいかと考えた。
めんつゆが切れてた、とか醤油がもうすぐ無くなるとか。
鍋のシメに春雨かうどんかラーメンをいれたいなとか。
そんなことを思案しては、どんどんと買い物を進めていく。
「へい!」
カゴの中が少し重くなった感じがした。
見れば鍋の材料の上に折り紙が入っていた。
「スーパーに折り紙なんてあったの?」
「売ってた!300枚入り」
「めちゃくちゃ折り紙入ってんじゃん」
彼女は嬉しそうに僕に折り紙の良さについて語って聞かせてくれた。
僕はその話を右から左に聞き流しながら、うんうんと親身そうに相槌を打った。
そのあとは適当にお会計して、エコバックに食材を詰めて帰路についた。
「寒くないの?」
彼女は何かビリビリと何かの袋を破いていた。
「寒いよ。それなに破いてるの?」
「カイロの外袋!」
元気よく返事した彼女は、僕の頬にカイロを押し当ててきた。
「そのうち温かくなるから持ってて」
「こんなのいつの間に買ったの?」
「折り紙探してるときに買った!」
「折り紙もカイロと一緒に買えばよくない?」
言うと彼女は一瞬逡巡してから
「カイロ買った後に折り紙見つけたんだもん。それに折り紙は買ってもらわないと意味ないし」
「意味わからんけど、そうなのね。別にいいけど」
僕はそのとき素直な感想を伝えた。
彼女は不思議そうな顔をして僕を見つめていた。
不思議そうな顔で彼女を見つめたいのは僕の方だった。
家に着くやいなや、彼女は紙ヒコーキを作った。
その間僕は買ってきたものを冷蔵庫にいれたり、冷凍庫に入れたり、適宜保存していった。
チョキチョキとハサミを使う音がする。
紙ヒコーキにハサミを入れる所なんてあったろうかなんて思いながら、エコバックをちいさく折りたたんだ。
彼女が作ったのは紙ヒコーキだけではなかった。
お世辞にも上手とは良い難い2つの人型の何かも作っていた。
「それは…」
「私とけーちゃん!」
彼女は紙ヒコーキに自身と僕をのせてゆっくりと空に投げた。
手首のスナップがよくきいていたのか、それほど広くないワンルームの玄関から部屋の端まで空間を滑るようにして優雅に飛んだ。
「私は飛行機に乗れたし、飛行機は飛べるの!」
「紙のならね」
なんとも嬉しそうにしている彼女を見ていると、なんとなくこの先もうまくいくような気がした。