6話 一瞬
レイラ教官の先導のもと、1-Eと書かれた札がさしてある教室の前まで来た。
ドア越しからクラスメイトたちの話声やガヤガヤとした物音が聞こえてくる。
レイラ教官は後ろへ振り返り、俺に話す。
「ここが貴様のクラスだ、みなの前で挨拶するときは、一応敬語を使えよ、いいな?」
「は、はい」
「じゃあ、入るぞ」
レイラ教官はそういって、教室のドアを開けた。
そして、レイラ教官の先導のもと俺も一緒に教室へ入る。
すると、先ほどまで話声や物音で騒がしかった教室が、ピタっと一瞬で静かになった。
みんなの視線が俺に集まっているのはわかるが
……おそらく黙りこんだのは、レイラ教官が入ってきたからだろう。
この人は一体どれだけ生徒に恐れられているのだろうか。
…………。
……バカ力の鬼教官。
「あ?」
レイラ教官は後ろへ振り返り俺を睨みつけてきた。
「いえ、何も……」
こ、恐すぎる。
絶対に心読まれてるよな。
無心だ、無心でいよう。
レイラ教官は教壇の前で止まり、手にもっていた資料を勢いよく教壇にダンッと叩きつけた。
「はい、注目……貴様らに新しいクラスメイトを紹介する、挨拶しろ」
いや、みんなすでに注目してるだろ……!
と突っ込みたい気持ちを抑え、レイラ教官の指示のもと俺はクラスメイトへ挨拶をした。
「えっと、今日この学校に入学した、ユーリ・アレクシスです。村育ちの平民出身です。なので貴族のこととか、礼儀作法なんかもあまり詳しくありません。迷惑をかけるかもしれませんがよろしくお願いします。あ、それと、さっき決めたことですが、俺は次の試験で特級騎士になります!なので1年間だけですが、よろしくお願いします!」
よし、言えたぜ!
敬語も完璧だったし
我ながら、いい挨拶ができた。
……はずだが
「…………」
あれ?
みんなの反応がない。
俺のイメージではこういった挨拶のあとは
拍手なんかを返してくれるものだと思っていたが。
……いや、貴族の中ではこれが普通の対応なのかもしれない。
俺の認識を改めねえとな。
などと考えていると
沈黙を破るようにレイラ教官が口を開いた。
「まあ、そういうことだ。みんな仲良くしてやれ。それと、貴様の席はそこの窓際の空いている席だ」
と、レイラ教官が席の方へ指をさし続ける。
「おいラングヴェイ、こいつにいろいろと教えてやれ」
レイラ教官の視線の先には顔なじみの姿があった。
「は、はい」
ロミオはそう言って、椅子から立ち上がった。
俺はロミオと目があい、笑顔を見せた。
ロミオも少しはにかんだような笑顔で返してくれた。
よかった、俺はロミオの隣の席のようだ。
知ったやつが傍にいるだけで心強い。
「おい貴様ら、私は一限目の魔法科学の講師を呼んでくる、少しの間おとなしく待っていろ、いいな?」
レイラ教官はクラスメイトにそう告げ、教室を出ていった。
この人は、誰に対してもこんな威圧的な態度なのだろうか。
……恐すぎるぜ。
俺は、自分の席へ向かい、隣の席のロミオへ話かけた。
「隣の席だな、よろしくな、ロミオ」
「うん、よろしくね、ユーリ」
ロミオもそういって笑顔で返してくれた。
俺が席に座ろうとイスを引いた時、クラス中から聞えよがしに
俺に対して様々な言葉が飛び交い始めた。
「おい、あの新入生、堂々と平民出身って言ってたぞ」
「あ~、やだやだ、恥ずかしくないのかしら?」
「しかも特級騎士になるとか粋がりやがって、寝言も寝て言えって感じだよな」
「バカ、田舎もんだから、現実が見えてねえんだよ、あまい理想を描いて、ここまで来たんだろ、最初くらい夢を見させてやれよ」
「お前ひどすぎるだろ、ハハハ」
……平民出身の何が恥ずかしいのか、平民の俺にはわからないのだが
きっと貴族の間では身分や上下関係といったことは重要なことなのだろう。
俺に実害があるわけでもないので、聞き流しておくことにした。
……言いたいやつには、言わせておけばいい。
俺は椅子に腰を下ろすと、ロミオが何やら心配そうな顔でこちらを覗きこんでいた。
「ユーリ……大丈夫?」
「ん? 何がだ?」
「いや……その……」
周りの声がロミオの耳にも入ってきたのだろう。
俺を心配してくれたのか。
やっぱりいい奴だなロミオは。
「全然大丈夫だ。俺は気にしない、心配してくれてありがとな」
俺はニコッと笑顔を向けたが、ロミオはそれでも心配そうな曇った表情のままだった。
「そう……ユーリがいいなら」
するとー
「ロミオく~ん、平民のいい~お友達ができて、よかったじゃねえか~、なあ?」
と、教室後方の席から
何やら挑発的な言葉が飛び込んできた。
そして振り返ると、制服を着崩している
いかにもガラの悪そうな男が3人こちらを見てニヤニヤと笑みを浮かべていた。
すると、言葉を発した男が椅子から立ち上がり、こちらに近づいてきた。
そいつの外見は、俺より少し背丈が高そうな所から180cmは超えているだろう。
短髪黒髪でサイドは刈り上げており、人に言えたことではないが、かなり釣り目で目つきが鋭い。
制服の上からわかるぐらいに、胸部や肩が盛り上がっており、かなり肉体は鍛え上げているようだ。
そんな屈強そうな男は俺とロミオの席の間に立った。
そして、ロミオの肩に手を置き
ロミオの耳元に顔を近づけ、ゆっくりと口を開いた。
「なあ~、この平民は、お前の家のことを知っているのか?」
「……」
ロミオは口を開こうとせず、うつむいている。
少し青ざめた表情をしているように見えた。
そして男は大げさに両手を広げ、大声で続ける。
「おいおい、冗談だろ? この平民はお前の家のことを何も知らないのか? お前が、お前の一族が、みんなにどう思われているのか知らないで、一緒にいるなんてなぁ~。……代わりに俺がこいつに教えてやろうか?」
沈黙を貫いていたロミオが慌てて口を開く。
「マクルド君……それは……やめて……ください」
ロミオは一瞬、顔を上げると
すぐさま下を向き、呟くように小さな声で話した。
だが、そんなロミオの言葉を無視して
男はニヤニヤと下卑た笑みを浮かべ俺に向かって続けた。
「おい聞け平民。こいつの家の当主はなぁ~、妻がいる身でありながら、自分の屋敷で働いているメイドと不貞を働き、そしてできたのが、こいつだ」
ロミオの体は小さく震えており、今にも泣きだしてしまいそうな
そんな表情をしていた。
「つまり正式なラングヴェイ家の後継ぎでも、生まれながらの貴族でもない。そして平民との間にできた穢れたこいつを後継ぎにした当主、い~や、ラングヴェイ家は、周りの貴族からは‘‘穢れた一族‘‘と蔑まれている。まぁ、当主の実の息子であった後継ぎが死ぬようなことがなければ、こんなことには―」
「兄さんのことは!……わるく……言わないで……ください」
ロミオは、声を震わせながらそう言った。
そして俺は
ロミオの瞳からきらりと
涙がこぼれ落ちるのを
見逃さなかった。
「おいおい、ずいぶん生意気な口を利くようになったもんだな~ああ゛? 汚らしいラングヴェイ家の後継ぎには、このマクルド様から直々の躾が必要みたいだなぁ~ッ!!!」
そういって男はロミオの胸ぐらを掴みあげ、殴りかかるように手を構えた。
*ロミオ視点*
それはあまりにも一瞬すぎて
僕はその瞬間
何が起こったのか全くわからなかった。
マクルド君に胸ぐらを掴まれ、殴られるのを覚悟したその瞬間。
なぜか僕はユーリに抱きかかえられていて
目の前のマクルド君は、意識を失うように
ドサッ!
とゆっくりと床に倒れた。
マクルド君が床に倒れた瞬間
教室の空気が一瞬で凍りついたのを肌で感じた。