48話 魔人戦⑨ ヴリトラ
*エミリ*
破壊龍・ヴリトラ。
はるか昔、神が存在していた時代から現代まで生きながらえていると言われている古代の龍で、生態系など詳しいことは明らかにされていない。
私も実際に見たことはなく、本に記されているものでしか知らない。
ヴリトラのその大きな体は全身に黒く強靭な鱗をまとっており、どんなに強力な斬撃さえも、その身に傷一つさえつけることは出来ないと言われている。
そして、ヴリトラの大きな手足はどんな強固な鉱石も簡単に握りつぶし、口からはあらゆるものを焼き尽くす黒炎の息を吐くと言われている。
奴が破壊龍と言われている所以・・・
それは、本能のままありとあらゆるものを破壊し尽くすからだ。
奴が訪れたところは全て・・・塵と化すと言われている。
ヴリトラは、古くからそのように語り継がれているのだ。
リファレンは少し俯きながら口を開く。
「私たちはヴリトラの重圧に当てられ、体が震えあがった。 奴と目が合ってから、誰も言葉を発しなかったが・・・みなが悟っていた。 この場から・・・生きて帰ることは・・・出来ないと・・・」
リファレンは一呼吸おいて続ける。
「だが私は、今まで一緒に戦ってきた仲間を・・・どうにかして、この場から逃がしたかった。 私には特級騎士になるという目的があったが、今まで苦楽を共にしてきた仲間を見捨て、一人だけ逃げようとは考えなかった。 私は、奴の気を引くため、大声をあげながら習得しているありったけの魔法を唱えた。 仲間たちは、私に続き応戦しようとしてきたが、私がそれを拒否した。 仲間たちは私の意図していることに気づき、私の意思を尊重してくれた。 そしてなんとか仲間たちをその場から逃がすことができた。 だが仲間を逃がした直後・・・私は奴の大きな手に掴まれ・・・私は・・・命を絶たれた」
そんな・・・
リファレンは・・・仲間を助けるため・・・自分が犠牲になったというのか・・・
リファレンにも・・・大切な家族・・・そして、果たすべき目的があったにもかかわらず・・・
リファレンは続ける。
「一瞬だった。 奴に掴まれた瞬間、全身を引き裂かれたような激しい痛みが私を襲い、目の前が真っ暗になった。 私は死ぬ間際・・・妹のことを考え・・・心の中で謝っていた」
『お前を一人置いていってごめん。 頼りない姉さんでごめん。 姉さんは特級騎士になって、お前と・・・家族みんなの想い出が詰まったあの家で・・・一緒に笑いながら歳を取ろうって約束したのに・・・。 約束・・・守れなくてごめん。 悔しい・・・私には何も守ることが出来なかった・・・何も成し遂げられなかった・・・悔しい・・・出来ることなら・・・もっと・・・お前と・・・一緒に生きて・・・いたかった・・・生きて・・・お前と・・・生きて・・・』
「そうして間もなく・・・私の命の灯が消えた」
リファレンは目を閉じてそう言った。
つらい・・・つらすぎる。
リファレンを・・・リファレンの無念を想うと
胸がとても締めつけられる。
心が痛む。
私は涙を抑えられなかった。
「・・・だがしばらくして、私を呼ぶ誰かの声が聞こえた。 私はその声で目を開けた。 目を開けたそこは、辺り一面暗闇でどこであるのか見当がつかなかった。 だが不思議なことに・・・私はもう死んでしまっているということは自覚していた。 そして、もう一度・・・私を呼ぶ何者かの声が聞こえ・・・私は声のする方へ振り返った。 するとそこには・・・眩い光を放っている丸い光の玉のようなものが浮いていた。 ・・・その光の正体は分からないが・・・その光から声が聞こえ・・・私に問いかけた」
「元の君に戻れなくても・・・この世界に留まりたいかい?」
「光の玉はそう言った。 私はその時、その者が言っている意味を深く理解していなかった。 だが私は・・・もう一度妹に会えるのなら・・・どんな姿形であろうとかまわない・・・もう一度妹に会いたいと思った。 私は・・・この世界に留まりたいと・・・その者に訴えた。 そして―」
「わかった・・・ならもう一度・・・君の生に・・・光を灯そう」
「光の玉がそう言った次の瞬間・・・辺り一面眩い光に照らされた。 そして私の体も、眩い光に包まれた。 そして次に気がついたとき・・・私はあの湖にいた。 私は湖に写る自身を・・・姿を確認した。 特に歳を取ったという様子もなく、外見なども変わっていなかった。 あの光が言っていた、元の私に戻れなくても・・・ということに疑問はあったが・・・私はとにかく、生きていることがとても嬉しかった。 妹に会いたい・・・家に帰りたい・・・そう強く想い、私は全力で走り出した。 ここがどこであるのか見当もつかなかったが、じっとしていられなかった。 だが走り出して間もなく・・・私は見えない壁にぶち当たった。 その壁は湖全体を囲むように出来ており・・・私はその壁を抜けることが出来なかった。 正確には・・・その壁を抜けようと思えば、抜けられないことはなかったが・・・私の体がそれを全力で拒否していた」
リファレンは自身の手を握りしめ続けた。
「私はこの湖から・・・離れることが出来ないと悟った。 無理やりこの壁を抜ければ・・・私はこの世界から消えてしまう・・・そう体で理解した。 あの光が言っていた本当の意味を・・・その時はじめて理解することが出来た。 私はこの湖から魔力・・・生命力を授かり・・・この世界に存在している。 私はこの湖の・・・精霊として・・・この世界に生かされたんだ」
リファレンは続ける。
「それを理解してから・・・私はひどく落ち込んだ。 妹に会いたいと願っても・・・ここから離れることが出来ない。 だが私は、わずかな可能性だが・・・妹がこの湖に訪れることがあるかもしれないと・・・そんな淡い期待を心の片隅に抱いていた。 だが、そんな私の期待をへし折るように、ある事実を知った」
「ある・・・事実?」
「ああ・・・それは、他の人の目に・・・私の姿は映っていないということ」
リファレンが先ほど言っていたことか。
私にしかリファレンの姿が見えなかったということ。
だがなぜ、私にだけリファレンの姿が見えたのか・・・わからない。
リファレンは続ける。
「私はさらに落ち込んだ。 妹がもし、この湖に訪れたとしても・・・私のことが見えないかもしれない。 私に気づかないかもしれない。 妹に・・・触れることも・・・出来ないかもしれない・・・そう思った。 そして無情にも・・・何年経とうが、妹が湖に訪れることはなかった。 私はただ、あの湖で一人永遠とも言える時を過ごした。 精霊となり80年ほど時が流れ、もう妹と会えないことを悟った後・・・自ら命を絶ってもよかったのだが・・・不思議とそんな気持ちはわかなかった。 私は特に生きる目的もないまま・・・精霊となって200年という時が流れた。 そして私は・・・私を心から救ってくれたある少女と出会った。 わずか11で、家を守るために自分はどうしたらいいのかと苦悩し・・・湖で泣いていた少女だ」
「それは・・・」
「エミリ・・・お前だ」
リファレンは笑顔を向けてそう言った。




