26話 エミリの過去
そして晩飯を食べ終えた俺たちはお茶を飲みながら一息ついていた。
「さてと……」
俺はそう言って、本題に入った。
「エミリ、学校で言っていた話というのは何だ?」
俺がそう問うと、エミリはキリっとした表情へと変わり、茶柱を見つめがら口を開いた。
「ああ。私の……家の話なのだが……」
エミリは語るように話し出した。
「私の家、レンガーデン家は代々続く名家なんだ。ロミオは知っていると思うが貴族の世界は未だに古い考えが定着していてな。男でなければ家と財産を引き継ぐことができないんだ」
……そうなのか。
貴族についての知識がほとんどないので、聞く話すべて初めてのことだった。
エミリは続ける。
「だが見ての通り私は女だ。姉妹も私の他に、2つ下の妹しかいない。もともと体が弱かった母は、妹を生んだ後にすぐに亡くなってしまった……そして母をとても愛していた父は、それからも再婚はせず、子どもも……私たちの他にはいない」
「それって……」
ロミオは何かを察したように口を開く。
「ああ、……レンガーデン家も……財産も……継げる者は誰一人としていないのだ。私と妹ではレンガーデン家を守ることが出来ない……」
エミリは悔しそうな表情で、そう告げた。
「そんな……」
ロミオも表情を曇らせていた。
「だが、それは父も承知していて……父は自分の代で……レンガーデン家の歴史に幕を下ろそうと考えている」
なるほど、男しか引き継げないのであれば
娘しかいない、エミリの父親はそうせざるを得ないのだろう。
だが―
「女だからといって、家も財産も引き継ぐことが出来ないというのは何ともひどい話だな。そんなの、本人の力ではどうすることも出来ないじゃないか」
俺は憤りを覚えた。
だって、そうじゃないか。
誰であっても、自身の性別を選ぶことは出来ない。
どうあがこうが、こればかりは本人の力ではどうすることも出来ないんだ。
「私が11歳の時に、このことを知り、私はなぜ女に生まれてきてしまったのかと……苦悩し、自らの運命を呪った。そして湖で泣き崩れていたある日……私は湖である女性に声をかけられた。その女性はリファレンといって黒髪で少しばかり男勝りな女性だった」
エミリは少しだけ表情を緩め、続ける。
「気が付けば私は、初対面のリファレンに自身の苦悩を打ち明けていた。私は全てを吐き出すように話した。リファレンはそんな子どもだった私の話を……最後まで真剣に聞いてくれた。そして、リファレンから、私の人生を変える、ある話を聞くことになった」
「人生を……変える?」
俺は思わず、問いかけていた。
「ああ。それは王国に仕える騎士の話だった。その騎士の最高位の階級である特級騎士にさえなれば、たとえ女性であっても、家と財産を引き継ぐことができる……そういった夢のような話だった……」
そうなのか。
「私は話を聞いた時、にわかには信じられなかった。父からもそんな話を聞いたことはなかった。だが、リファレンから話を聞いたその夜、私は家にある書物をあさり、騎士について日が昇るまで調べた。そして、リファレンの言っていた話は事実だということを知った」
レイラ教官から特級クラスについての話は聞いていたが、
まさか貴族の世界にまで影響を及ぼすほどの存在だとは……
「特級クラスってのは、騎士・魔法師の一番上の階級ってだけじゃないのか? どうして、そんな特権のようなものまであるんだ?」
俺がそう問いかけると、エミリは俺に視線を合わせて答えた。
「特級クラスというのは魔物の脅威から国を守る強く強靭な盾であり、他国との戦争を防ぐ抑止力でもあるのだ。国を背負っているといっても過言ではない、それくらい大きな存在なのだ」
エミリはお茶を一口飲み続ける。
「だがそんな特級クラスも、この大国バラドールであっても、わずか6名しかいない。国はもっと多くの特級クラスを確保したいのだ。そして剣術や魔法の才能に性別は関係ない。女であろうが特級クラスの力を備えているのなら国は欲しいんだ。そういった理由があって、特級クラスには様々な特権がついている。その特権の一つが ‘‘女性でも家と財産を継ぐことが出来る‘‘ というものだ」
なるほどな。
国としては何としてでも特級クラスを確保したいし、
その為に特級クラスを目指す者も増やしていきたいと……そういうことだろう。
エミリのような境遇の人は、俺が知らないだけできっと大勢いるんだろうな。
「リファレンからその話を聞いてから、私にはレンガーデン家を守るため、特級騎士になるという目的が出来た。それをリファレンに話すと、剣術の指導をリファレン自ら買って出てくれた。それからリファレンに剣術を指導してもらい、血反吐を吐くような日々が始まった。リファレンはその湖に決まって夜にいたので、屋敷をこっそり抜け出しては、毎晩のように湖に行き、リファレンに剣術の指導を受けた。そして私は3年かけて、リファレンから教わった剣術の流派 ‘‘水無月流‘‘ を自らのものにすることが出来た」
そうだったのか。
エミリが繰り出した技は凄まじいものだった。
一瞬でも遅れをとれば、俺は負けていただろう。
「私は14歳の時に、父に初めて、私が特級騎士になってレンガーデン家を守るという思いを話した。 父はとても優しい人で、私の思うようにすればいいと言ってくれた。そして私なら、絶対に特級騎士になれると、父は本気で信じてくれた」
「いいお父さんなんだね」
ロミオがにこやかにそう言った。
「ああ……胸を張って誇れる自慢の父だ」
エミリも笑みをこぼした。
「だが私が15になり、この学校へ通いだして半年頃……ダルウィン家から結婚話が舞い込んできた。 ダルウィン家というのは、貴族の者であれば知らないものはいないほどの、超上流階級の貴族だ。もし安易に断りでもすれば、レンガーデン家の信用と評判は落ち、それこそ家を継ぐどころの話ではなくなってしまう。父はとても悩み苦しんでいた……私はそんな父を見ていられず、父とある約束をした」
「約束?」
「ああ、私が在学中の3年間で特級騎士になることが出来なかった、その時はダルウィン家の求婚を受ける……父とそう約束した。父は私の意向を汲み、ダルウィン家に私の意向を伝えてくれた。そして、ダルウィン家もそれを了承してくれていた……それなのに……」
エミリは下を向き、悔しそうに唇を噛み締めていた。
「それで、さっきのことがあったと……そういうことか」
「ああ」
ダルウィン家としては、もともと延ばされていた結婚を早めたいっていうのはわかる。
だが、今回それを了承したエミリの父親の心情が分からない。
話を聞いている限り、エミリの父親はとてもいい人だ。
エミリのことを第一に考えてくれているような人なのに
どうして……
「私は今日の一件で、父のことが分からなくなってしまった……私が断れば妹をあの下衆のところへ嫁がせるなんて……とても正気の沙汰とは思えない。お父様……どうして……」
エミリは俯きながら、落ち込んだようにそう話した。
相当ショックだったのだろう。
信頼していた父親に、言ってみれば裏切られたようなものだ。
俺は空気を変えるように口を開いた。
「まあ、明日の勝負を終えたら父親に堂々と報告しに行こうぜ。結婚は白紙に戻りましたってな!その後にじっくりと話せばいいだろう?」
エミリは少し苦笑いをして
「ずいぶんと簡単に言ってくれるな」
そう言った。
「ああ! だってエミリの父親は生きてるんだろ? 生きてるんだったら話あえるじゃないか。正面からぶつかって腹をわって話あえばきっと分かり合えるさ。この世でたった一人の父親……家族だからな」
俺は笑顔でそう言った。
正面からぶつかってみないと、その人の本心なんて誰も分からない。
たとえ心が読めたとしても、その人のことを本当の意味で理解することは出来ないだろう。
だがそれでも、家族ならきっと分かり合えるはずだ。
俺はそう信じている。
「ユーリ……ああ、そうだな」
エミリもそういって少しだけ笑顔を見せた。




