96 至高の策
「ごめん、勝てる状況だったのにやってしまった」
ヒメキチとベルに謝る。戦意喪失したダンテをボコボコにするだけで終わっていたが、それが嫌だった。
「兄助」
凄く真面目な顔だ。
「ヒメキチ?」
「ハグで許してあげるよ」
真面目な顔で言うことなのだろうか。裁判官が判決を言い渡すような雰囲気を出している。
「あー、はいはい」
「むぅ……そんなに適当だと許してあげないよ?」
「いや、試合終わったらな」
「あ、あの、私も良いですか?」
恥ずかしそうにモジモジしながら控えめにベルも手をあげる。
「分かったから」
ダンテは残り7機。勝ちまで遠い。ダンテは満ち足りた良い笑顔をしている。ロクでもない策を思いついた時のカインドさんの笑顔そっくりだ。
「後悔してくださいね。カインド様に教えてもらった戦い方は、甘い毒のようにふわふわ蝕みますから。今までとは全く違いますよ」
ダンテが瓶を取り出した。瓶を高く投げ飛ばし、サブマシンガンで打ち砕いた。紫色の煙が割れた瓶から出てきて、地面に薄く広がる。
薬物を撒き散らすのはカインドさんがよくやる手だが、今は不味い!
毒ならHPを否応なしに蝕む。吸ったら死ぬ。
バックステップで距離を開ける。
「そんなに離れて、勝ち目あるんですか?」
ダンテが蛇腹剣を振る。うねりながら毒を纏い、こっちに迫って来る。
ヒメキチとベルがこっちを向いた。
「ダメだ! 来るな!」
2人がすぐにダンテに振り返る。ダンテはヒメキチにサブマシンガンの照準を合わせていた。
蛇腹剣を操りながら、銃も扱う、器用な真似をしている。
腕で口と鼻を塞ぎながら、蛇腹剣を水晶突剣でガードする。
「なるほど、単純ですね。単細胞生物でももう少し考えますよ」
カインドさんがやりそうな煽りだ。聞くだけで腹が立って来る。
ガードした水晶突剣が蛇腹剣に絡みつかれた。単純にガードしてしまった自分に腹が立つ。
ダンテに引っ張られ、バランスを崩し、水晶突剣が手から離れる。そのまま器用に蛇腹剣を操り、遠くに投げ飛ばされた。
サブマシンガンと毒の煙が厄介だ。蛇腹剣の攻撃範囲の広さも合わさり、フィールドがダンテに支配されている。
ダンテの優位を崩して、一気に決める。
冥月の大鎌を取り出し、ダンテに投げつける。
落ち着いた目のダンテに不敵に笑いかける。
「僕は最後まで手を抜きません。全ての策と力で、お前を捻じ伏せる!」
ダンテがまた瓶を取り出し、地面に叩きつけた。粉々になったガラス片が飛び散る。
地面を漂う毒の煙の中にトゲのついた蔓が見えた。トラップだ。
「残りHPは1、呪いに毒の煙、突破なんて出来はしない。これがカインド様の知恵と僕の策が生み出した、アイン攻略の答えです」
ダンテは言わなかったが、荊棘のトラップまで仕掛けている。全く抜け目無い。
ダンテは冥月の大鎌を蛇腹剣で絡め取り、遠くに投げ飛ばした。
「これで万全です」
毒の煙の前まで来た。
「お前に手なんか無い。当然です。カインド様と僕の策ですから」
自信満々にしたり顔を見せている。
「ああ、俺に打つ手はない」
不敵に笑う。
「何を笑って」
「俺になくても、仲間にはある」
少し横にずれる。今までは重なっていて見えなかったが、ヒメキチがウタヒメにMPを込めている姿が見えるようになる。
「一番の戦力が、囮をするなんて馬鹿げている……」
慌てて蛇腹剣をヒメキチに伸ばす。しかし、鎌を投げ飛ばした方向はヒメキチとは真逆、ヒメキチに蛇腹剣が届くのには時間がかかる。
「行くよ!」
「ああ、頼む」
「うん! ラブクェイサースラッシュ!」
ヒメキチの放った斬撃が地面を破りながらダンテに迫る。
毒の煙もトラップも跡形もなく打ち払い、斬撃はダンテを飲み込む。ダンテも蛇腹剣を手元に手繰り寄せ、ガードを試みる。
回り込んでいたベルに蹴られ、ダンテはバランスを崩し、斬撃に斬り刻まれた。残り6機。ここで畳み掛ける。
「まだ……僕の優位は変わらない!」
「こっちもジリ貧なんだ。どんな策だろうと、打ち破ってみせる!」
ヒメキチとベルと共に攻撃を仕掛ける。
ダンテが蛇腹剣を振り回すが、全て避ける。避けなければ勝てない。そのままベルの拳が当たる。残り5機。続けてラブリュスで殴る。残り4機。ヒメキチがウタヒメでダンテを斬る。残り3機。
遂に俺達と残機の数が同じになった。
「ぐっ……僕が負けて……たまるか!」
苦悶の表情で肩で息をしながら、こっちを睨んでいる。
今なら……いや、これもトラップか!
ヒメキチにラブリュスを投げる。
「あ、兄助!?」
ヒメキチは咄嗟にウタヒメでガードし、ウタヒメが弾き飛ばされた。
ウタヒメとラブリュスは空中で大爆発した。
「連鎖型爆破トラップ。攻撃した時につけられたんだ」
このトラップは時限式の爆弾で、爆発すると爆弾が転移し、体の何処かに取り付けられる。つまり、今も体の何処かに時限式の爆弾が付いている状態だ。ソウルキャリーのバフは乗らないが、死ぬまで体の何処かに転移し、爆破され続ける。
「カインドさんがよく使ってた奴だよね?」
「ああ」
「じゃあ、時間が無いよ!?」
もうすぐ爆破される。ベルだけは動きが速すぎて取り付けられ無かったようだが、ベル1人だけだと、毒の煙と荊棘のトラップを対処しきれない。
「もう、このカインド様のトラップには対処出来ないだろ?」
ダンテの言う通り、対処するには時間もHPも足りず、対処出来ない。でも、ダンテはまだ3機もある。爆破の時間内に倒しきれない。
だからこそ、俺がやるべき事は1つ。
ダンテに向かって走る。ラブリュスももう無い。まともにダメージを与えられる武器が無い。
「ベル、ヒメキチ。ここが勝負所だ」
「僕の勝ちは決まった。なのに、まだ……」
「諦めねえよ。勝つ為に出来ることはある」
「なら、ここで僕の手で終わらせてやる!」
ダンテが蛇腹剣を振り上げ、俺に向けて振り下ろした。
蛇腹剣を掴む。
刃が手に喰い込む。
たった1しか無かったHPが0になった。
「これで、僕の……」
最後の力を振り絞り、蛇腹剣を引っ張る。
HPが0になってもほんの数秒だけ消えるまでの猶予がある。
蛇腹剣は勝利を確信したダンテの手を抜けた。そして、投げ飛ばし、ベルの後ろの地面に刺さった。
HPが0になり、退場の為に体が消えていく。そういえばこれが初めてだ。
「ヒメちゃん!」
「うん! ベルさん、行けるよ!」
蛇腹剣を失ったダンテはサブマシンガンを構えようとするが、ヒメキチに撃ち抜かれ、サブマシンガンを落とす。
落とした隙をつき、ベルは蹴りをダンテの顔に入れる。残り2機。
ダンテは反撃しようにも武器が無い。そのまま、ベルに顔を殴られる。残り1機。
「そういうことか……カインド様、僕は、次こそ、勝ってみせますから」
ヒメキチが爆破され、銃を落としたが、もう関係無い。ダンテは目の前に迫りくる拳を眺めているしか無かった。
「これで、最後です!」
ベルの一撃がダンテに入った。そして、ダンテのHPは完全に尽きた。