90 彼岸の少年
幼い頃から死を考えていた。
死にたかった。死んで消えたかった。苦しみも憎しみも辛さも悲しさも無い場所に行きたかった。
そこが死だけだと思っていた。
顔が女みたいってだけでいじめられ居場所が無かった。誰も助けてくれないから誰の顔も関係無かった、そうしたら、人の顔を覚えられなくなった。
親は僕を無かった事にした。離婚して、新しい家族を作り、1人置いていかれた。
何処を見ても仄暗い闇にしか見えない。何を聞いてもノイズにしか聞こえない。温度も分からない、味も分からない、匂いも分からない、感触も分からない。
何度も自殺を試みたが、一度も上手くいかず死ねなかった。
その度に病院に運ばれて、アロマや動物など様々な治療法を試された。
だが、何一つ上手くいかなかった。何も覚えられない、何も感じない、ただ死にたい、それだけだった。
ある日、ゲーム療法という名目で無理矢理ゲームに繋がれた。
ゲームに入れられ、気が付いたら広場に居た。
何故かもう囲まれている。サイバーなマスク、顔が認識出来なくても、それくらいは分かる。
「おーい、影月、あれ」
「ん? なるほどなぁ、任せとき」
動く気力も無い。サイバーなマスクの男がビームの剣を構える。
筒状の何かが投げ込まれた。筒から煙が出て視界を隠す。
そして、後ろから口に布を当てられる。
「静かにな、君は幸いやで」
そして、そのまま煙の中を引きずられる。
「ふぁあ〜」
煙が晴れて、状況が分かるようになった。
ラフな格好の男がサイバーなマスクの男達の真ん中、さっきまで自分が居た場所に立ってニヒルな笑みを浮かべている。
そして、欠伸をした。
頭を掻いた後、眠たそうな目を擦っている。
「いや、何か言えよ」
第一声から他力本願。しかし、不安な感じは無い。変な状況のはずなのに妙に落ち着いている。
「自分としては……まあ、興味無いんだけど、仕事は仕事だから」
男は剣を出し、ゆっくり目を閉じた。
「消えて貰おうと思う」
剣が伸びた。刃は水のようにしなやかに滑らかにサイバーなマスクの首を斬った。
「ん、まあ、こんなものだよね」
男の周りをバリアのように刃が浮いている。
サイバーなマスク達は逃げようと男から背を向ける。
「この期に及んで逃げるの? 腰抜けって感じだよね。雑魚だなぁ」
男が剣を振ると、逃げ出した奴らの首を刺し貫いた。
そして、サイバーなマスクの最後の1人の首を掴んだ。
「誰に雇われてるのか、教えてくれない?」
地面に仰向けに叩きつけ、首を締める。サイバーなマスクの両手を踏み、抵抗させない。
少しずつ締め上げる力を強くしていく。
しかし、口を割らずに消えた。
「あーあ、カインドはん、重要な情報源だったんやろ?」
「そんな事言ったってさ、影月、あれ、喋る機能取り上げられてるでしょ」
カインドと呼ばれた男は肩の力を抜き、腕をだらーんとさせてこっちに歩いてきた。
「大丈夫? 今君さ、悪い奴らの研究所に誘拐されて人体実験されてるんだよ」
「せやで、やけど、もう助けが来るから安心してな」
今までの治療と称した行為は全て人体実験だった?
そんな事よりも驚いたのは、今、カインドと影月という男の顔が認識出来ている。
「……せや、お兄さんが漫才みせてやろか?」
「へー、漫才出来たんだ。見せてよ」
「いやいやいや、カインドはん!? ボケとツッコミ、2人居らんと漫才は出来ひんやん!? 何でサラッとボクから離れてん!?」
「え? だって巻き込まれたく無いから」
「仲間やん、僕達仲間やん?」
「今日付で解雇で」
「何でそんな真顔なん、冗談やろ? 冗談やろ!?」
「……あ」
声を振り絞る。会話に割って入ってでも言いたい事がある。何ヶ月も喋ってないから声が上手く出ない。
カインドは寝ぼけ眼で、影月は優しい顔でこちらを見ている。
「ありがとう」
「ピザ食べたい」
カインドは欠伸をした。
「カインドはん!? せっかく良い感じやったのに、空気くらい少しは読んでや」
「何でそんな面倒な事を……」
「うわぁ、最悪やろ」
「お疲れー、カインド君に影月君」
「おっ、マオはん」
綺麗な女性が歩いてきた。
「何かな、僕?」
首を横に振る。
「ふふっ、可愛い。もう大丈夫だからね」
「仕事はこれで終わり?」
「うん、終わり、本当はパピーにやって貰おうと思ったんだけど、内容が内容だからね」
「せやなぁ」
「それなら自分は帰るよ」
カインドが消えた。
「あらら、影月君も帰って良いよ。君は自分でログアウト出来ないからもう少し待っててね」
「ほな、そういう事なら、僕も帰られせて貰おかな」
影月も消えた。
視界が黒に染まる。ゲームからログアウトさせられたのだ。
そして、VRの道具が外される。
「大丈夫か? 俺は君の味方だ。アメリカの警察の、名前はアーサー・アルコーンだ。君を助けに来た」
金髪のスーツを着た年上の少年がVRの道具を持っている。
そして、意識を失った。
それからは普通の入院生活が待っていた。無理に治療をされず、静かに、自然の中にある病院で過ごし、療養する事になった。
誰もが優しかった。今までの人生が嘘みたいだった。
数ヶ月が経ったある日、テレビのニュースで見てしまった。
カインドと影月とその仲間らしき人物がゲームの世界大会で優勝していた。
決勝の様子が少し映っている。手首の動きや視線、足の向ける角度など、細部の動きまで手にとるように理解できる。
頭の痛みとともに覚醒していく。一度見るだけで動きが理解出来る。
頭を抱えて病院の中庭に出る。
リフティングをしていた男の子のボールが転がってきた。
動きを見てしまった。
ボールなんて触った事も無かったのに、何故かリフティングが出来た。
頭の中の何かが書き変わっていく。
「凄っ、お兄ちゃん、サッカー出来るの!?」
男の子が憧れの目で見てくる。
「ぼ、僕は、僕は……」
声が震える。視界が歪む。気持ち悪い。
そして、気を失った。