84 灼熱の砂浜のラプソディ
「ふわぁ〜、テスト終わったー!」
ログインしてギルドハウスのソファーに倒れ込む。
視線を感じる。この鋭い視線は……
「ドウジか」
「何で分かったんだ?」
「何で……勘?」
「勘?」
「そう勘」
ドウジが黙った。会話が続かない。
「足音や呼吸、人には意識しなければ変えられないものは多くある。それを反射的に読み取ってるだけ」
「出来るのか?」
「慣れ」
ドウジがまた黙った。ソファーのクッションに顔を埋めているから表情が分からない。
「影月に追いつきたいなら、それだけ戦うべきかな」
「あ、ザイン君、こんにちは」
声からしてウィルだ。手をあげて返事をする。
すると手をウィルに捕まれ頬擦りされる。
「ザイン君、今暇ですか?」
テストから解放され、次の試合までまだ2日ある。暇だ。
「暇」
「やった。今貝殻集めのイベントをやってるんです。行きませんか?」
「分かった」
ソファーから立ち上がる。
ドウジの方を見る。
「いや、俺はいい」
「ドウジさん、もしギルドハウスにまだ居るのなら、私達がイベントに出かけた事伝えてください」
ウィルが頭を下げる。
「分かった。伝えれば良いんだな」
暑い。夏の日差しまでしっかり再現されている。砂浜は太陽の熱を含み、上と下から熱でサンドイッチだ。
「ザイン君、水着は着ないんですか?」
ウィルはいつもの黒のゴスロリみたいな、黒くフリルの付いたスリングショットの水着に着替えていた。ポロリが無いゲームならではの水着だろう。日傘も携え準備は万端だ。
「水着は持ってない」
ビーチで1人だけ真っ黒な革ジャケットやブーツという頭のおかしい格好をしている。
「海の家で買えますよ」
熱を吸い込む服で灼熱の砂浜を歩き回るのはどう考えても地獄だ。買うしかないか。
適当に水着を見繕う。
黒の海パンとサンダルに白いシャツを羽織る。これで砂浜なら何処にでもいる目立たない格好になったはずだ。
「わぁ〜、カッコいい……」
ウィルの目が蕩けている。
「はいはい」
「ザイン君。暑いですよね? 入ってください」
ウィルが日傘を傾ける。
「ウィルの方が肌弱いだろ」
「ゲームの中なので、ありがとうございます」
しまった。そうだった。
ぺこりと頭を下げるウィルに気恥ずかしさを感じる。
日傘の中に入る。
病的なまでに白い肌をしている。
「貝殻集めたら何が貰えるんだ?」
「貝殻で可愛いアクセサリーが作れるんです」
可愛いアクセサリー……
「みんなでお揃いにすればみんな喜ぶと思って」
特に女性陣は喜ぶだろう。ハイドは余計な一言を言ってクリスティーナに怒られそうだが。
「分かった。頑張ろうか」
「はい!」
2人で向かい合って広い砂浜の中から貝殻を探す作業が始まった。
周りには親子だったりカップルだったり、学生グループだったりと、とにかく騒がしい。
始めて数分しか経ってないが、もう少し嫌になってきた。
「見つかりました!」
ウィルが貝殻を手のひらに乗せて見せてくれる。
「その調子で頑張って」
「はい!」
「それにしても、世界大会のそれもベスト8に入ってるギルドが今やる事じゃないよな」
「……そうですよね。やっぱり」
ウィルがちょっと落ち込んだ。
「いや、別にギルドハウスでぐだぐだするだけだったから、誘って貰って良かったんだけど」
「本当ですか?」
疑いの目になっている。
「本当だって」
「ねーねーおかーさん! あの人たち何やってものー?」
「こらっ! 見ちゃいけません!」
小さな少女が母親に目隠しされ連れて行かれた。少女の視線の先には真夏の、それも灼熱のビーチにはあり得ない格好の連中が居る。
ガスマスクにファーコートの連中とその中心に金髪の女性が居る。そいつらは地面と睨めっこして何かを探している。
「ザイン君、あれって」
ウィルの視界を手で隠す。
「見ちゃいけません」
こんなに暑いのに真冬みたいな服装の暑苦しい連中と関わりあいになりたく無い。
「おーっほっほっほっ! また会いましたわね!」
ウィルの視界を隠しながら貝殻を探す。ようやく1つ見つける事が出来た。
「ここで会ったが百年目ですわね!」
「ウィル! 俺も見つけた!」
目隠しをしながら貝殻を見せる。あれ? 目隠ししてたら見えてなくない?
「ザイン君、その、見えません」
ウィルはちょっと申し訳なさそうだ。
「何で会う度に女性が変わってるんですか! 不埒ですわ! 破廉恥ですわ!」
ガスマスク集団からブーイングが聞こえる。
ウィルの目隠しを外して、貝殻を見せる。
「わぁ! ザイン君も見つけたんですね! 流石ザイン君です!」
「早くみんな分見つけて帰ろう。暑いし」
「そうですね……この後ザイン君の家に行って良いですか?」
「別に良いけど」
「ザイン君の好きなアイス買って行きますね!」
「ちょっと!? ちょっと! 何で毎回わたくしを無視するんですか!」
見たくなかった暑苦しい連中に目を向ける。
「暇そうですね」
「大人の女性に向かって暇そうはあり得ませんわ!?」
「あと、暑苦しいので近寄らないでください」
ガスマスクの連中はボトボトと汗を砂浜に落としている。
「高貴な淑女に向かってその態度は……」
「水着でも買ってきたらどうですか? あそこで買えますよ?」
海の家を指差すとガスマスクの連中は走って行った。
「ああ! 何でわたくしの指示無しで勝手に行動するんですの!」
全員分の貝殻が集まった。
「今日はありがとうございます!」
「お礼を言うのは俺の方だ」
ウィルは目を丸くしている。
「さて、帰るか」
「はぁはぁ、ちょっとお待ちくださいませ……」
海の家から全力で走ってきたヘンテコ水着ガスマスク集団に囲まれていた。
イリヤは肩で息をしている。スタミナが無いのか。
イリヤも水着に着替えている。白のスリングショットか、これにもウィルが目を丸くしている。
「言いたい事があります」
「30文字以内でお願いします」
「30文字!?」
イリヤは指で数え始めた。
「わたくし達の軍門に降りなさい!」
数えるまでもなく30文字以内だ。
「結構です」
「後悔しますわよ? 本気のダンテにフィクサー様、それにわたくし、全員に勝てるなんて甘いですわ!」
本気のダンテ、以前の戦いで手を抜いていたようには見えなかったが、まだ奥の手でもあるのだろうか。
「戦う前から勝負を決めるなんて面白くないだろ」
「絶対に後悔しますわ、わたくしに勝とうなんて夢のまた夢ということを思い知らせて差し上げますわ」
イリヤは上を向いて高笑いする。そして目を押さえた。
「痛っ、目に光が……」
ガスマスクの1人がイリヤにサングラスをかける。どう見ても海外セレブ。
「首を洗って待っていると良いですわー!」
走り去って行った。それをガスマスク集団が追いかけている。
「ザイン君、アイス楽しみにしててね」
「あ、うん、ありがとう、ウィル」