80 空の鳥籠
「ただいま帰りました」
加恋が門の前に立つと自動で門が開いた。金かかってるなぁ……
学校のグラウンドよりも何倍も庭が広い。夕焼けに照らされ全体がオレンジ色になっている。
「ひ、広い……」
「……はい、ちょっと広いです」
否定も肯定もし辛く困った顔で加恋は庭を見回している。
圧倒される広さなのに隅々まで手入れは行き届いている。そこが加恋らしい。
草刈りをしていた庭師と思われる男性がこちらを見て頭を下げて下げる。
「いつもお疲れ様です!」
加恋が頭を下げたのにならって頭を下げる。
「兎乃君は下げなくても良いですのに」
「……挨拶だから」
数分庭を歩き、やっと屋敷までたどり着いた。
「……毎朝迎えに来てるけどさ、キツくないの?」
加恋の家と俺の家は通り道でも一緒の方向でも無い。
「いつもは莉乃の家まで送り迎えして貰ってるんです」
「なるほど」
莉乃の家は俺の家とはそんなに遠くない。
「おかえり、加恋」
玄関のドアが開き、中から渋い声が聞こえてくる。
「ただいま帰りました。お父様」
少し痩せこけた中年の男性が立っている。
「紹介します。私のお父様です。兎乃君」
「はじめまして、私は西園寺霧人。西園寺製薬の代表取締役をしています。君は真島兎乃君だね? 加恋から話はよく聞いています」
喋り方からして品の良さが出ている。
「お、お、お父様!? 何を仰っているんですか!?」
加恋の声が裏返り、顔が真っ赤になった。
「それは……どうも。真島兎乃です」
握手を求められて握手をする。
「加恋、先に応接室に彼を案内してくれ」
「はい。分かりました。兎乃君、こっちですよ」
加恋に先導され屋敷を案内される。
何処かで見たことある顔のスーツの男が俺を見ている。
「兎乃君? どうかしましたか?」
「今の人、見たことある」
「そうなんですか? ハチマンの副社長さんですよ」
ハチマンホールディングスの副社長!?
「副社長の外山さんです。有馬さんの方が表に出ますから知らない人も多いんですけどね」
モデルみたいな有馬と比べなくても冴えないサラリーマンという感じだ。
何処で見たんだろう。
「西園寺製薬もハチマンホールディングスの傘下なのでよく来るんです」
「そういえばそうだった」
「そうですよ」
「ここが応接室です。どうぞ」
加恋がドアを開ける。暖炉や絵画に大きなソファーと豪華な物が多いが、落ち着いた物が多く、意外と居心地が悪くない。
加恋に促されソファーに座る。加恋が隣に座った。それにしても加恋は姿勢が良い、見習っておこう。
「後で、私の部屋にも来てください」
「……え? 部屋?」
「はい、部屋です」
「すまない。待たせてしまったかな」
霧人が部屋に入ってくる。
「いえ、大丈夫です」
「帰りは送ろう」
霧人の後ろから加恋そっくりの美人のお姉さんが入ってくる。
「ごめんなさいね。この人、一度決めたら止められなくて」
言葉に違和感を感じる。この人?
「あ、お母様です」
加恋の母親!? 若すぎて姉にしか見えない。
「ごゆっくり、どうぞ」
加恋の母親はテキパキとお茶を用意して部屋から出て行った。
「君を呼んだのは他でもない。加恋との事だ」
霧人の顔が真剣な表情になる。
生唾を飲み込んで言葉の続きを待つ。
「是非とも、娘と結婚してやって欲しい」
付き合いなど、断固認めん! と言われると思い身構えていたが、正反対の言葉に固まる。
「お、お父様!? いきなり何を言い出すんですか!」
加恋の声が裏返っている。加恋も何を話すのか知らなかったようだ。
部屋の外から、まあ! という声が聞こえた。母親、盗み聞きしてない?
「加恋が兎乃君の事を話している時、とても楽しそうに顔を熱らせているものだから好きなのだと私は思っていたのだが」
霧人は困った顔で加恋を見ている。
「好きなのは好きですが! お父様が言わなくても良い事です!」
「この西園寺家の一人娘として生まれ、経営が傾いた時には家業を継ぐと言って聞かないから、自由に恋も出来ないのではないかと思って、私は心配しているんだ」
「そんな心配しなくて大丈夫ですから! それに兎乃君はまだ結婚出来ません!」
「そうか! 年齢的に結婚出来るのは来年か! それなら婚約という形でも」
「お父様! そういう事じゃありません!」
「かくいう私と妻も大恋愛で……」
「その、まだ付き合うとか結婚とか、考えてないんです」
2人が勝手に話を先に進める前に声を上げる。
「俺、今知り合いを養ってる状況なんです。学費と生活費などいろいろ出してる状況です」
知り合いというのはもちろん、姫花の事だ。
「そいつが、自分の幸せを手に入れるまでは、恋とか結婚とかはあまり考えられません、そいつは、他に助けを求められる状況でもありませんし、養ってて言うのは変ですけど、それを貸しにしたくないんです」
「それは、いつになるか、考えている、と言う事かな?」
「まあ、大学卒業するまでだと」
「ふむ、そうか、君はしっかりしているのだな」
「そうです! 兎乃君はしっかり者です!」
加恋が誇らしげに胸を張っている。
「結婚の話は、またその時にするとしよう。一つ言い忘れていたが、西園寺製薬という名前さえ残れば私と妻はオールオッケーだ」
オールオッケー、この人は渋い声で何を言っている。
これはもしかしなくても親バカだ……
「そうだ」
そうだ?
加恋の部屋に向かう為に立ち上がってタイミングで霧人が声をかけてくる。
「知っているか? 進化の事が書かれた文献が陸軍中野にある事を」
陸軍中野、大日本帝国時代にあった秘密裏の諜報機関だ。
唖然としていて動けない。
「有馬覇十郎という男が研究していたようだ。日本にはそのような人物の記録は残っていないようだが」
有馬という名前、頼との関係が無いとは思えない。
しかし、この人は何を知っている。何でこの事を俺に話したんだ。
「済まなかったな。年寄りのつまらない話だったと聞き流して欲しい」
応接室を出て加恋の部屋に向かった。
「ど、どうぞ!」
緊張した加恋がドアを開き、加恋が爪先をドアとぶつけた。
フワッとした加恋の甘い匂いとぬいぐるみが出迎えてくれる。
痛そうな顔をした加恋が入っていく。
「えっとですね、私のパソコン、ちょっとおかしいので見て欲しかったんです」
加恋がパソコンを立ち上げる。
加恋ならお店とかに頼んでも良い気がするのだが。
パソコンの事はカインドさんに教わっていてプロ並みに分かると思う。
「何が変?」
「そうですね、アイテムとか武器とかインターネットで調べようと思ったんです」
「ファイアウォール関係か、見てみる」
調べてみると謎のソフトが入っていた。ネットで調べても出てこない。
「うーん? 俺だけだとちょっと分からない、持って帰って調べてみる」
月さんなら知っているかもしれない。スマホとパソコンを繋いでスマホにコピーする。
「消し方は教えるけど、勝手に消して良いものか分からないから、分かったらまた連絡する」
「ありがとうございます。兎乃君は頼りになりますね」
加恋が俺の手を両手で包み込む。悪い気はしない。
「名残惜しいですけど、そろそろ帰らないと姫花さん達が待ってますからね」
加恋の父親の運転手さんに送られて家に帰った。