79 世界が纏う熱狂の病
ティーチ達との初戦から一夜が開けた。
これはゲーム話、現実は変わらないはずだった。
「ねえねえ! 昨日の観た? ザイン凄くない?」
「うん、なんか〜ドラマ見てるみたいで、かっこよかった」
こんな会話が何処からも聞こえてくる。急速にプレイヤーが増えていると聞いたが、会話がゲーム一色だ。
元々、映像や音、ラグが無い事などで最高のゲームと称されてはいたが、ここまで来ると気持ち悪い。
この熱狂の中心はザインだ。誰も彼もがその名前を出している。
頭が痛い。いつでも名前を呼ばれている気がして気分が休まらない。
「兎乃君、大丈夫ですか?」
隣の席の加恋に心配された。
「頭が痛い。死にたい」
加恋が口を手で押さえ、目をパチパチしている。
「まあ!? それは重症です! すぐに病院に……」
授業中にもかかわらず加恋は大声を出しながら立ち上がった。
「……おい、待て、何やってんの?」
加恋が無理矢理教室から連れ出そうとして、椅子を倒したのが平に見つかった。
「はい、先生、兎乃君が体調不良で死にたいらしいので保健室に連れて行こうと思います」
死にたいまで言わなくて良いんだが?
「放っておいても死なないだろ」
正論だが、腹立つ。
「そんな事ないです!」
「あ、俺、肩貸すよ」
広田の肩を借りる。
「お前」
広田は何も言わなかった。
教室の外に出る。
「いつか、借りは返す……俺はそのつもりだ。あいつの操り人形だったままより、俺は今の方が良いから」
借り……伊藤の事を言っているのだろうか。お門違いな気もする。
「知るかよ」
保健室の先生が居なかったので、そのままベッドに寝させられた。
「俺は戻るけど」
「保健室の先生が居ないので様子見ますって先生に伝えてください」
「分かった」
広田は保健室から出て行った。
正直言って広田が居て助かった。加恋の力だけでは引き摺られて保健室まで行く事になりそうだったからだ。
「ありがとう」
「え? あ! と、当然の事です」
お礼を言っただけなのに照れてしまった。
しかし、こっちを一心不乱に眺め続けている。
「……寝たいんだけど、その……見られると寝辛い」
「あ! はい、あまり見ないようにします」
見るんだ……
仕方なく、見られながら目を閉じる。気分の悪さも合わさって意識が薄らいでいく。
「兎乃君は覚えて無いかも知れませんけど、私、去年兎乃君に助けて貰ってるんですよ?」
朧げな意識の中、加恋の声が聞こえてくる。
「入学式を終えて数日経った頃、下校で私が校舎から出る時、上から机が降って来て、これはもうダメかもって思ったんです」
加恋が俺の頭を撫でる。
「でも、兎乃君が走って来て引っ張ってくれたから、当たらずに、怪我せずに済んだんですよ? それなのに何も言わずに去って行くんですから、私嫌われてるのかと思って声をかけられなかったんです」
「騒ぎに巻き込まれたくなかっただけ」
加恋がびっくりして目を丸くする。
「……もう! 感謝される事をしておいてそれは無いです! おかげで1年以上話す事が出来なかったんですからね!」
「1年も2年もクラス一緒だっただろ」
「そうですけど! そうですけど!」
「駄々っ子みたい」
怒って何も言わなくなった。
「……覚えてたんですね」
沈黙に耐え切れず加恋が口を開く。
「顔を見てないから誰かは分からなかったけど、覚えてた」
「そうだっんですね。1年ずっとモヤモヤしながら兎乃君を見てたんですから」
「はいはい」
「あー! 何ですかそれ! リスタートワールドオンラインが無かったら、仲良くなれなかったままかも知れないんですよ?」
「分かったから」
「頭痛はどうですか?」
「寝たから良くなった」
頭の痛みは治まったが、頭が重く、まだ眠い。
加恋が自分の額と俺の額に手を当てる。
「熱じゃないんだから」
手では分からなかったのか、頭を近づけて来た。
「……おーい、熱じゃないから、って聞いてる?」
加恋は目を瞑り、額で熱を測るために顔を近づける。
「真島せんぱーい! 大丈夫ですかー?」
保健室のドアが開き姫花の声が聞こえてくる。
「あっ!? うわぁっ!?」
びっくりした加恋が椅子から落ちそうになる。加恋の手を引っ張る。椅子が倒れ、加恋がベッドに倒れ込む。
「大丈夫か?」
「ありがとうございます」
「兄助?」
姫花が仕切りのカーテンを開けた。
「……加恋先輩? 何してるんですか?」
姫花の声のトーンが低い。
「兄助の股に顔を埋めるなんて、流石にダメですよ。加恋先輩」
加恋は姫花のプレッシャーで顔を上げられないようだ。
「姫花」
「どうしたの? 兄助」
「事故だから、あまり怒るな」
姫花が俺の顔を隅々まで見つめる。
「事故だったんだ。ごめんね、加恋先輩」
「ええ!?」
素直に謝る姫花に驚き、加恋が顔を上げた。
「もしも、あんな事をやってたんだったら兄助の顔がこんなに冷静なはず無いもん。事故なんだよね?」
「さっきから、そう言ってる」
「あとね」
「はい?」
「今日保健室の先生は出張だから居ないよ?」
加恋が固まった。
授業が終わった教室に戻ると、平がキレている。
「はい、平先生、申し訳ありませ……」
謝ろうとする加恋の口を無理矢理閉じさせる。
「俺が居てくれって頼んだ」
平に睨まれた。
「先生が来るまで居てくれって頼んだんです。何か文句ありますか?」
「無いと思うか?」
「そうっすね」
平が疲れた顔をする。
「もういい、お前と話すのは面倒くさい」
平は教材を持って教室を出て行った。
「兎乃君!」
「また頭が痛くなるから静かにな」
加恋が頬を膨らませて表情で抗議する。無視して席に戻った。
「それで、何で家に?」
学校が終わり、加恋の家に向かう道を歩く。
莉乃と姫花は2人で遊びに行くらしい。
「お父様が会ってみたいと仰るので……会って頂ければ良いなって」
加恋の父親が? 理由が分からない。
町中を歩いていく。
街頭ビジョンでニュースがやっている。ニュースでもゲームの結果を取り上げている。世界が流行病に侵されたようにゲームの事を口に出している。
「気になります? ハチマンは世界中にゲームを売り出すだけで宣伝費よりも凄い額の利益を上げているのです」
「何でそんな事が出来るんだ?」
「ゲーム内で宣伝したり、通販したり、簡単な診察も出来るので、新たな市場になってるんです」
影月から聞いた事がある。
なるほど、土地代だけでも凄い利益になりそうだ。
「でも、これでは、ハチマンに支配されてるような気もしますけど」
町を外れ、高級住宅街まで来た。
「私の家はもう少し奥にあります」
「そうか……」
「あの家です!」
加恋が指差した先には一際大きな屋敷があった。
「……あの家?」
「はい、そうです」
加恋の家の周りには家が建っていない。庭もびっくりする程広い。
「ようこそ、我が家へ」
加恋は笑顔だ。もう後には引けなかった。