77 託された物の重さ
「そんな……!」
ヒメキチもアンとメアリーにやられてしまった。
こんなの……本当に勝てるの?
カレンは助けを呼ぼうとしてザインが降りていった穴を見る。
ザインとティーチの想像を絶する死闘が繰り広げられていた。
飛び交う武器と木箱の破片、穴だらけの壁と床、傷だらけでも戦い続ける2人、本当に命のやり取りをしているみたいだ。
世界大会がこんなにも過酷だと思わなかった。まだ一回戦目なのに完全に心が打ち砕かれてしまった。
影月並みの相手しか居ないというザインの言葉を今更実感する。場違いなのだ。
立ち上がれない。立ち上がり方が分からない。
にこやかなアンとメアリーが立っている。
「大丈夫ですか?」
アンが武器を降ろし、こちらに手を伸ばしている。驚きと戸惑い固まってしまう。
「よしよし、泣かなくても大丈夫だよー」
メアリーもハンカチで顔を拭いてくれる。その時、自分が泣いている事が分かった。
「私達も世界大会の初戦で、怖くて泣いてしまったんです」
「イギリスはまだ普及率も高く無かったから、簡単に世界大会に出られたんだよねー」
「初戦の相手は、あのザイン様」
「手加減とか無しでバッタバッタ倒していくし、世界大会の雰囲気に飲まれて、圧倒されちゃったんだよー」
「泣いている私達を前にして、ザイン様は今私達がやっているような事をなさりました」
「大丈夫、これはゲームだから、真剣に楽しくやろうって言ったんだよねー」
「はい、真面目な顔でそう仰るので笑ってしまいました」
「たぶんだけど、ザインにそう言ってもらえなかったら、私達辞めてた思う。だから、私達もザインのファンらしく、同じようにしようって思ったの」
「おや、もう大丈夫そうですね」
アンの笑顔につられて笑顔になる。
「姉様!」
いつの間にか、隣でアンとメアリーの話を聞いていたリノがびっくりするくらい大きな声を出した。
「リノ?」
「はい! 姉様!」
話が続かず沈黙が流れる。
「えっと、何?」
「戦いましょう!」
穴だらけの鎧でボロボロなのにやる気は満々だ。
でも、それは……
「もちろんです!」
私も一緒だった。
私達の残りHPは少なく、アンとメアリーはほぼダメージを受けていない。
状況は最悪なまま変わっていないのに、勝つ事で頭はいっぱいだった。
日本大会でザインとの戦いの後、またやろう、とザインが言っていたのを思い出した。シューベルトの事やヒメキチの誘拐とかで、いつの間にか忘れていた。
凄く楽しかったはずなのに、その気持ちすら忘れてしまっていた。
「リノ、作戦があります」
「はい! 姉様!」
リノに作戦を耳打ちする。
「え? はい!? ええ!?」
「やりましょう!」
「いや、姉様? 姉様!? 無茶振りが過ぎませんか!?」
「大丈夫です」
聖女のような微笑みでカレンはリノを諭す。
「え、えぇ……」
「アンさん、メアリーさん、先程はありがとうございます」
カレンはしっかり頭を下げる。
「気にしないでくださいませ」
「そーそー、私達先輩だしー」
メアリーはサーベルをクルクルさせて余裕を見せる。
「胸を借りるつもりで、本気で行かせていただきます!」
「姉様と同じく!」
カレンとリノは武器を構え直した。
「アン」
「メアリー、行きますよ! 私達の最高の連携を」
「もっちだよ!」
メアリーはピースしてサーベルを構える。
そして、走った。
速さなら今大会ベルと並んで1位だ。2人はスピードスケート(約時速50キロメートル)の速さで戦場を駆け抜ける。
それを止めるのは至難の業だ。
身を低くしながらメアリーがカレンの懐に入った。ほぼ密着している状態でサーベル握り直す。
猫のようにメアリーの瞳が光る。
「もーらい!」
メアリーがサーベルを振り上げる。
カランカランと音が聞こえた。カレンの持っていた槍が転がっている。
「……あれ?」
斬り上げたはずなのに、サーベルはカレンのお腹に突き刺さっている。
「ふふっ、どうですか? これが……私なりの策です」
カレンはメアリーの腕を掴んでメアリーの動きを止めている。
「の、脳筋じゃない?」
「脳筋じゃありませんけど!」
カレンはダメージに耐えながらプンプンと怒っている。
「アン! 大丈夫、このままやって!」
「かしこまりました」
アンの追撃が来るというのに、カレンは凄く落ち着いている。
「リノ!」
リノがアンの前に立ち塞がる。最初からリノはアンしか見ていなかった。メアリーの動きに惑わされる事なく、アンの前に立ち塞がる事が出来た。
「このモーニングスターにはアーマーブレイクのスキルが付与されております。その装甲に意味はありませんが、それでも立ち塞がるおつもりですか?」
「私は姉様を守る盾だからな」
「それなら、まずはリノ様からやらせて頂きます!」
アンはモーニングスターをスイングしリノの兜を叩き割る。
兜を割られ、リノの素顔が見える。髪の毛隠れている目が見える。その目は勝ちを確信している目だ。
残っているリノの鎧が砕けていく。
「鎧が……無くなりました!?」
アンは口を押さえて驚いている。
「鎧だけ殴らせるなんて無茶振り、姉様だから思いつく。姉様が抑えてくれている間に……勝つ」
リノは力を振り絞りハルバードを振る。
「アン!」
メアリーはアンを助けに行こうとするが、カレンに腕を掴まれ動けない。
「折角のチャンス、逃すわけにはいきませんから」
アンはハルバードでの攻撃をモーニングスターでガードするが、ぽっきりと折られてしまう。
「私は守る専門だ。ウェポンブレイクのスキルくらいつけてる」
「そんな!?」
そのままハルバードを一回転させ、アンに攻撃をする。
「きゃああ!」
ダメージを受け、尻餅をつく。
「アンー!」
メアリーの叫びを無視して、リノはトドメを誘うとハルバードをアンに向ける。
「させない!」
メアリーはカレンの手を振り解き、サーベルをカレンのお腹から抜いて、サーベルをリノに投げた。
アンにハルバードが刺さるのとリノにサーベルが刺さるのはほぼ同時だった。
2人は同時にHPが0になった。
「凄いね。あそこからここまでやれるなんて」
メアリーはサーベルを拾う。
カレンのHPはどんな攻撃でも一撃も受けられない。
「でも、負けないから」
「それは、私も同じです」
カレンは槍を拾う。不思議と落ち着いている。
2人は歩いて近づく。
「ライバルに認定してあげるよ」
「ふふっ、良いですね。こんな風に戦ってライバルが出来るなんて思いませんでした」
「最後まで、楽しく真剣に、負けたらリベンジだからね!」
「はい、もちろんです!」
メアリーが走った。カレンは動かない。
サーベルの刃がカレンの体から数センチメートルまで迫っている。
「これで!」
カレンはサーベルを蹴り上げた。サーベルはメアリーの手から離れ、空を舞う。
「わぁ……ザインみたい」
メアリーが呟く。
やっと攻撃を当てられるタイミングが出来た。
「はぁ!」
カレンは全力で槍を振る。メアリーのHPが0になる。
「……相打ちですね」
「うん」
カレンのお腹にナイフが刺さっている。カレンが槍を振ったタイミングでメアリーはナイフを取り出し投げていた。
カレンのHPも同時に0になっていた。
「次は勝つからね」
「私だって負けませんから」
2人は笑い合って、そして、消えた。