71 1人の世界
青空にビル、夏の暑い日差しが照りつける。
何故か交差点の中心に立っていた。
いつもの街なのに誰も居ない。何処を見ても俺以外に人は居ない。
車も無く、交差点は静かに信号機が変わるだけだ。
何処か違う世界に迷い込んだのかと考えるが、結論は出ない。
吐き気がする。
何故、俺はここに居るのだろうか。
訳もわからず立ち尽くす。
すると、人型の影が近づいてきて、俺の前で止まった。
影は何か音を発している、言葉のように聞こえるが、分からない。
頭が割れるように痛む。痛みが激しくなり頭を押さえる。
「うああああああ!!」
絶叫しながら膝をつく。視界が歪む。頭痛の痛みが激しくなり意識が保てなくなる。
「あ、起きた」
悪夢から目が覚める。体が動かない。車の天井が見える。
「縛ってんの」
女が言うように体に縄が巻かれている。
「本当に申し訳ございません」
運転席に座る男は本当に申し訳なさそうに謝っている。
女は不破紫織だ。見覚えがある。
「久しぶり、時間ないから誘拐させてもらった」
「本当に申し訳ございません」
「いやいやいや、お前ら常識無いのかよ!」
暴れようとするが紫織に乗られて動けない。
「学校帰りにバーってね」
姫花達と帰っていたら急に後ろから襲われたような気がする。こいつらか。
「捕まるぞ?」
「そこはさ、何とか言ってよ。兎乃」
この女……
「さっき夢見たよな?」
上に乗った紫織が顔を近づけてくる。
「……まあ」
顔が近いし、何か食べ物の匂いがする。
「あれは私の予知だ」
「人に見せられるものなのか?」
紫織は予知の能力を持っている。
「出来る。こうやって額を合わせるとな」
「やらんで良い!」
頭突きをする。
「あば!?」
頭突きを喰らった紫織が倒れ込んでくる。
「姉さん……またやらかしを……」
運転席に座ってた男がこちらをのぞいて顔を押さえている。筋肉質で紫織とは真逆に背が高い。
「……姉さん!?」
「女性に頭突きするとかお前に常識あるの?」
紫織が目を覚ました。何か戯けた事を言っている。
「誘拐犯に言われたく無い」
「本当に申し訳ございません」
「仁! 謝らなくて良い!」
紫織が男の頭をハリセンで叩いた。不破仁、それがこの男、紫織の弟の名前か。
「俺をどうする気なんだ?」
2人が黙った。何なんだ? どうするつもりなんだ?
「え? これから家に帰すけど」
「……え?」
家に帰す?
「もう予知は見せたし、私に出来ることは全てやり切った」
紫織は達成感で満ち足り顔で縄を解いていく。
「え? え? 何なのこの人達……っていうかここ何処?」
「山梨です。今東京に帰っている途中です」
山梨? 山梨!?
「ふざけんなー!」
紫織はすぅすぅと寝息を立てて俺にもたれかかり寝ている。
「真島さん」
仁が運転しながら俺に声をかけてきた。
「何です?」
「姉さんの事よろしくお願いします。こんなのでも予知は当たります」
ゴツい人だが柔和な表情をしている。
「東京から人が居なくなるなんて、普通あり得るか?」
「意図的に未来を変えない限り予知は当たります。変えようと動いていても、私どもの力では変える事が出来ず今に至っています」
とても丁寧に説明してくれる。
「もしかしてさ」
「はい」
「カルトじゃないのか?」
仁は少し黙ってミラーで紫織を見る。紫織は鼻ちょうちんを作っている。
「カルトと称しておけば、一般の方は近づいて来ませんから。父から頼まれているんです。姉さんをしっかり守ってやってくれと」
仁の声からは苦労を感じる。
「いくつかの組織から狙われていました」
「した? 今は?」
「壊滅しています。フィクサーという人物によって」
「なるほど……」
フィクサーが色々な裏社会の組織を壊滅させていたのは桜川刑事から聞いている。
ガバッと寝ぼけ眼の紫織が起きる。
「仁! うるさい! お腹減った〜……すやぁ」
また寝た。
「本当に申し訳ございません」
「世界大会が始まる」
いつものジャズカフェでアーサーは外を見て話す。
立てられたスマホにはダンテと女性が見える。
「ダンテとイリヤしか出られなかったのは残念だな」
アーサーが苦笑いをする。
「別に、僕は何も思いませんけど」
「わたくしも特にありませんわ」
2人は興味なさそうに答えた。
「そうか。まあ、それも良い」
椅子が倒れる音がイリヤが映っているスマホから聞こえる。
「祈祷の時間なので、僕はこれで」
ダンテが席を立つ。
「今度こそ、今度こそ、僕の手で、仇を討ちます。カインド様」
物騒な呟きが聞こえ通信が切れた。
「はっ! わたくしも失礼しますわね、フィクサー様」
椅子ごと倒れたイリヤが起き上がり、通信を切ろうとするが倒した椅子につまずいて転けた。
「あの2人で大丈夫なんですか?」
安吾が演奏を終えてアーサーのもとにやってくる。
「実力は俺がよく知っている」
「そうおっしゃるのなら、私は構いませんが」
アーサーはワインに手をつける。
「安吾、準備は出来ているか?」
「はい、滞りなく」
安吾の言葉を聞きアーサーはニヤリと笑った。
「世界が変わる時が来ている」
「ただいま〜」
仁は家まで届けてくれた。それどころかお土産を持たせてくれた。
「あ! 兄助!? どうやって帰ってきたの!?」
誘拐を目撃している姫花は玄関で腰を抜かし、俺に倒れてきた。
姫花を抱きとめると、リビングから凛さんと桜川刑事達が出てくる。
「兎乃君!? 無事ですか? 怪我はありませんか?」
「お前、誘拐されたんじゃねえのか?」
俺を囲むように集まってきた。
「いきなり車に引き摺り込まれたから誘拐みたいになったけど、知り合いだった」
「はぁ? 何だそれ? お前ろくな知り合い居ねえのかよ」
桜川刑事は呆れて肩を落とす。
「あんたも含めて居ない」
「何だと、このガキ!」
「はい、お土産」
怒った桜川刑事を無視して凛さんにお土産を渡す。
「え? 桃? 何処行ってたんですか?」
「山梨」
「ええー!?」