70 彼の背中、彼女の見ていた物
ヒメキチとの勝負はギルドハウスの庭でやる事になった。
「はぁ」
威勢よく勝負を受けたものの流石にため息が出る。ヒメキチはウタヒメをぶんぶんして準備運動をしている。
「ザインでも堪える系? 反抗期だもんねー、でも、アレもヒメちゃんの愛情表現なんだから受け止めてやんなよー?」
クリスティーナが寄ってきて、肩をポンポン叩いている。
「ちょっとティーナン!」
ヒメキチがクリスティーナを引っ張っていく。
「もう、そんなに怒んないの」
「あ、あう、あう」
ヒメキチはクリスティーナに頭をクシャクシャに撫で回され、ふらふらしている。
「兄助、準備は良い?」
ふらふらしながらヒメキチは剣を構えている。
「うん、まあ、うん」
ふらふらしているヒメキチの方が準備出来てないように見えるんだけど。
「それなら始めるよ?」
「ああ、来い!」
ヒメキチは左手の銃を撃ちながら距離を詰めてくる。銃で牽制しながら動く、基本の動きはしっかり出来ている。
「兄助!」
ヒメキチが剣の届く範囲に入った。そして、剣を振る。
「え!?」
剣を持った手を掴んで剣を止める。ヒメキチは驚き素っ頓狂な声を上げる。
「言ってるだろ、俺は弱くはないって」
ヒメキチは俺の手を振り払う。
「それ、嫌味?」
ウタヒメが頭に振り下ろされる。
「嫌味に決まってる。結構本気で怒ってるからな!」
水晶突剣を取り出し、攻撃を防ぐ。そして、ウタヒメを振り払い、頭突きする。
頭突きを不意に喰らったヒメキチは少し後ろに下がった。そこを冥月の大鎌を取り出し、地面スレスレを水平に投げる。
ヒメキチはジャンプして避ける。
ジャンプしたと同時にヒメキチに走る。ここで仕留める。水晶突剣で突きをする。
ヒメキチはウタヒメを盾にしながら着地をしようとしている。
「ウタヒメ!」
ヒメキチの叫びと剣と剣が衝突する激しい音が聞こえた。
ヒメキチは体勢を崩しながらも無事に着地した。
空中で渾身の突きを受けたはずなのに体勢を崩すだけで済んだのは驚く。
ウタヒメが煌々とオーラを放っている。装飾が前見た時と少し変わっているような気がする。俺が使っていた時とは全くの別物になっている。
「今ので私を倒せなかった事、後悔させてあげるから」
ヒメキチは慌てた顔から覚悟の決まった顔になった。
「何で悪役みたいな事言ってるんだ……」
ヒメキチが走る。先程よりも動きが速くなっている。
剣を振るのも一段と速い。剣を振った後の隙を消すように銃で追撃をしてくる。
表情を読もうと顔を見る、いつもの愛らしい笑顔だ。
「どしたの、兄助? 顔、曇ってるよ?」
表情が読めない事と動きがどんどん精錬されていく事への驚きが表情に出ていたようだ。
「誰よりも兄助よりも私が一番、兄助の戦い方を見てるんだから、兄助の戦い方は手に取るように分かるんだよ」
バルキリーの事を思い出した。アレもアレでこちらの動きを理解して動いていた。
ヒメキチのやりたい動きをウタヒメがスキルを追加する事で補助している。
ヒメキチがウタヒメを持つ事は必然だったような気がする。
「なるほど」
バルキリーの時と同様に真面目な動きをしても読まれて対処されるだけか。それなら……
ラブリュスを取り出す。
「投げるつもりでしょ?」
ヒメキチは身構えた。
「正解」
投げる時と攻撃する時では持ち方が少しだけ違う。ラブリュスを投げる。
「バレてて投げるの!?」
ヒメキチは難なくラブリュスを避ける。しかし、避けた場所にナイフが飛んできている。
「危な!?」
ヒメキチらナイフをウタヒメでガードした。
「ラブリュスは囮で本命はナイフだったって事ね」
「残念、外れ」
「……え?」
ヒメキチがスライディングした。その上をラブリュスがブーメランのように飛んで戻ってくる。
そして、ラブリュスは左手に収まった。
「流石ヒメキチ、次行くよ」
ラブリュス、水晶突剣、ナイフ、ついでにスレッジハンマーを次々と投げる。
「わ、わ、わぁ!?」
次々と武器が嵐のようにヒメキチへ飛んでいく。ヒメキチは慌てながら器用に避けていく。
だが、ヒメキチの回避は誘導出来た。適当に投げたように見せて、逃げられる場所は誘導している。
ライザーシューターを構え、そこに射つ。しっかりと矢に麻痺も仕込んだ、これで勝ちだ。
パキッと木の折れる音がして、耳の横を風が通って行った。
ヒメキチが矢を銃で撃ち抜いた、見なくても分かる。
「やっぱり兄助は凄いね、みんなが戦いたくなる訳が分かったよ」
「何だそれ?」
「だって、冷や汗一つかかないじゃん、最初にちょっと顔が曇っただけでしょ? 私だってこんな強い人に勝ちたいって思うもん」
「さあ? 勝ちたいのは誰でも一緒だろ? 本気で戦う以上、目指すのは誰だって勝ちだけだ」
「うん、負けたくなんかない、勝ちたい」
「それで良い。全力で来い」
不敵に笑うと、ヒメキチも笑った。
「ウタヒメ! 私に力を貸して!」
ウタヒメのオーラが一層強くなる。
水晶突剣が手元に戻ってきた。
今までも斬撃に魔法、弾丸や矢を切り落としてきているが、今回はヤバそうだ。
ウタヒメが作り出す膨大なエネルギーを肌でヒリヒリと感じる。
「ラブクェイサーストライク!」
ヒメキチがウタヒメを全力で振る。巨大な魔法の斬撃が出来る。
ラスボスさえも一撃で全てを消し飛ばすレベルの威力の斬撃が迫る。
避けられる場所も無い、水晶突剣で防ごうにも消滅させられるのがオチだ。
黒魔の杖を取り出す。
「エンチャント・ダークネス」
気休めだが、エンチャントをして水晶突剣を強化する。魔法の水晶で出来た剣はエンチャントと相性が良いが、目の前の斬撃の前では焼け石に水。
水晶突剣と斬撃が正面から合わさる。
地面を滑り、斬撃に押される。
「やっぱり無理か」
斬撃と剣が合わさる部分から火花のように魔法の斬撃が飛んできてダメージを受ける。
「いっけぇぇええ!!」
ヒメキチが魔法で斬撃を強化する。
「一つ言っておくぜ、ヒメキチ」
剣が震える。もうすぐ折れる。
「兄助……」
「甘いんだよ!」
「ええ!?」
俺が負けを認めると思ったのか全身で驚いている。
上空から投げっぱなしだった冥月の大鎌が回転しながらヒメキチめがけて落ちてくる。
攻撃に集中し過ぎて回避が遅れ、冥月の大鎌がヒメキチに刺さった。
「攻撃に集中し過ぎで隙だらけだ」
「むぎゅ〜」
ヒメキチのHPが0になり倒れた。そして、斬撃も消え、水晶突剣が折れた。
「お、大人気なぁ〜」
みんなが冷ややかな目で俺を見ている。
「言っただろ、みんな勝ちたいんだって」
「せ、せやけどな、空気ってもんがあるやん?」
「さあな? まだまだ俺に勝つには足りないところがあるんだから仕方がない」
「うわぁ……」
みんなドン引きだ。
「あ、でも、影月よりはヒメキチの方が強かったぞ」
親指を立てる。
みんなの目の色が変わった。今までずっとバフに徹してきたヒメキチの方が強いと言われれば、こんな事を言ってる場合では無いだろう。
やる気で目が燃えている。
「兄助!」
ヒメキチが起き上がった。
「これで合格だろ?」
「そうだけど、そうだけどー!」
悔しさか溢れ、手をバタバタさせている。
「これからが楽しみだ」
「うがー! 特訓して兄助より強くなって、兄助を守ってあげるんだからねー!」
バタバタするヒメキチに手を振りギルドハウスに入る。
「楽しみにしておくよ」