60 刻苦の弾丸
セラフが撃破され、安寧が訪れた王都の路地裏をシューベルトは歩いていた。
「呑気に一人で散歩か?」
その声は建物の屋根の上から聞こえた。
「ハイド、何年振りでしょうね」
シューベルトは姿を見ずに言い当てる。
「生憎、俺もそんなこと覚えて無い。興味無いからな」
ハイドが屋根から降りてくる。
「随分と余裕があるんだな」
「そうですね。極一部を除いて負ける事がありませんからね」
ハイドは舌打ちをする。
「ハイドの事は評価しています。みんなが辞めていく中、最後まであのギルドに残った根性は称賛に値すると」
あの最悪のギルドを思い出す。
常勝、負け知らず、名実共に世界一のギルドと言えた。実際に解散するまで何百戦とギルド戦をしているが、負けは片手で数えられるほどしか無い。
しかし、ギルドマスターのシューベルトによる独裁で常勝は成り立っていた。
弱い奴は簡単に切られる、勝つ事が当然というプレッシャー、まともなギルドでは無かった。精神的に多くの仲間が病んで辞めていった。
シューベルトという天才に誰もがついていけない、その事実があのギルドの全てだった。
その中でハイドだけは最後までギルドに所属していた。
「ああ、俺は最後まで居たさ。あんたの強さを知りたかったから、俺は最後まであんたの近くで戦ったさ」
「どうでしたか?」
「分からないってことくらいは分かった。そいつの力はそいつのもの、だから、他人にはその本質は分からない」
「良い答えです」
シューベルトは拍手をする。
「それで、何の用ですか?」
シューベルトが腕を組む。
「もうあいつらには手を出すな」
ハイドがシューベルトを睨む。
「ああ、そんなくだらない事を言いに来たんですね」
無表情で無感情な声が余計に苛立たせる。
「いちいちあんたの感性がどうとか言う気はねえよ」
ハイドが指を鳴らす。すると、ハイドとシューベルトを囲むバリアが展開される。
「俺を倒せばこのバリアは消える。それとも、俺と戦いながらバリアを解除してみせるか? 」
シューベルトはバリアを一通り見てハイドと向き合う。
「絶対にここで終わらせる」
ハイドの目には昏い怒りが灯っている。
「教えて差し上げます。進化出来ないあなたの方が彼には相応しく無い存在という事を」
ハイドとシューベルトが同時に銃を抜く。
「くたばれ」
「消えてください」
ハイドはシューベルトの銃を狙って引鉄を引きながら、シューベルトに走る。シューベルトはハイドの頭に狙いをつけて引鉄を引いた。
シューベルトのマグナム弾はハイドのハンドガンの弾より威力がある。弾が正面から衝突しハンドガンの弾は潰れた。
「銃の威力も、弾道の計算能力も、あなたには足りていない」
「だが、俺にしか出来ない事もある」
ハイドはハンドガンを連射し、マグナム弾を止めた。そして、素早くリロードをする。
「手数なら、俺の方がある」
マグナム弾1発止めるのに、ハンドガンの弾倉を一つ使っているが、ハイドのリロードの速さで隙はカバー出来ている。
シューベルトが全弾撃ち切り、リロードするタイミングでハイドは接近する。
「あんたの力さえ使わせなければ、勝機はある」
ハイドはシューベルトの頭を狙って回し蹴りをする。
「少し勝機があるだけで余裕を見せるのは愚かとしか言いようが無い」
蹴りを屈んで回避しながら、リロードを終える。
同時に互いの頭に銃を突きつけ、止まった。
「少しは腕を上げたと評価しましょう」
「それはどうも」
ハイドは嫌そうな顔をして返事をする。
「今の目標はあんたじゃなくザインだ。あんたなんかで止まってられない」
「あまりに高い所を見上げ過ぎて自分を見失いましたか。身の程知らずです」
同時に引鉄を引いた。
ハイドは屈み、シューベルトは横にステップして弾を避ける。
「一つ」
シューベルトが撃った弾がバリアで跳弾する。
「ちっ」
舌打ちをしながら弾を目で追う。
「一つでも、あなたには十分致命傷です」
跳弾を撃ち落としたいが、シューベルトは続けて引鉄を引く。
ハイドはシューベルトの撃った弾を撃ち落とすことで手一杯だ。
「分かりましたか? これが私や彼とあなたとの差です」
「お前とザインを一緒にするな! あいつはお前と違って真っ直ぐ戦いながら生きてんだ! 誰かを傷つけるお前とは違う!」
怒りのままに叫んだ。
ハイドは右手のハンドガンを上に投げ、ショットガンを取り出す。
シューベルトの弾丸を避けながら、ショットガンの威力が一番高い距離まで詰める。
そして、引鉄を引いた。
シューベルトも危機を感じたのかバックステップで距離を開ける。
後ろにはバリアもあり距離を確保しきれなかった。弾が数発だけ体を穿つ。腕と腹部に1発ずつ、大したダメージにはなっていない。
しかし、ハイドも腕を押さえていた。後ろから飛んできた跳弾が右肩から腕を貫通し大ダメージを負っていた。
「当てた事、覚えておきます」
シューベルトが銃口をハイドに眉間に当てる。
しかし、ハンドガンが腕に落ちてきて、シューベルトは銃を落とした。落ちたリボルバーは暴発し弾が空になった。
「ザイン君の真似か」
「仲間として、隣で見てきた分、やり方は目に焼き付いてる」
ハイドはシューベルトが左手の銃を持ち上げるのを見逃さず、銃を撃ち抜く。銃は弾き飛ばされ遠くに落ちた。
シューベルトにもう武器は無い、追い詰めた。
追い詰めたのだが、シューベルトは相変わらず無表情だ。
「ハチマンの奴らもお前らには手を焼いてるってさ、お前を倒せば、そのまま垢BANにしてくれるってよ」
シューベルトに左手で銃を突き付ける。
「なるほど……ですが、それは叶う事はありませんね」
銃弾が手を撃ち貫き、持っていた銃をバラバラに壊した。
「まさか、まさか、銃が落ちて暴発したのは事故だと思ったのですか?」
地面に落ちて暴発した銃弾がバリアで跳弾し、手を貫いた。そんな事があり得るのか!?
言葉が出ない。
シューベルトに顔面を蹴られ、倒される。
「まあ、良くやりましたよ」
シューベルトが銃を拾う。リボルバーの銃身についた砂を払って弾を込める。
「ただの人間の中では最上位の実力がありますが、進化して出直して来てください」
シューベルトはハイドの両腕を踏み逃げられないようにして、銃口をハイドの額に突き付ける。
シューベルトの口角が上がった。
「ざけんな!」
ハイドが精一杯シューベルトを睨みつけた。
シューベルトは引鉄を引かなかった。石化か麻痺したように動きが止まっている。
「……魔眼!? なるほど、そういう意図が……」
シューベルトはぶつぶつと呟いている。
シューベルトの体が少しずつ消えていく。
「これは!?」
「時間さえ稼げば、あんたはどちらにしろBANされる予定だった。BANされないように何かしてるってのはハチマンの奴らも知ってた。だから、それを突破出来る時間さえ稼げれば良かった」
「なるほど」
シューベルトは困った顔で少し笑った。
「今回は負けという事にしておきましょう」
シューベルトは完全に消えた。
「なんか腹立つな……」
ボロボロのハイドは倒れたまま、空を見て、そう呟いた。