56 熾天使の墜堕
セラフは地面に落ちてなお健在だった。
巨大な翼の生えた立方体がクルクル回転している。
「ヒメキチ、大丈夫か?」
ヒメキチは後ろで俺にしがみついて衝撃波に耐えていた。
「うん、兄助も大丈夫? 」
震える声でヒメキチが聞き返す。
「ああ」
「ザインはん、力使っとるけど反動みたいなのは無いん?」
影月が隣に走ってくる。
「無い」
「無いん!?」
影月は驚きと衝撃波で転けそうになった。
「全く無い。自分の力を使うだけなのに、いちいち暴走とか倒れたりしてたらダサいだろ」
「謝るんや! 全国の幼気な少年達にすぐ謝るんや!」
影月が何故か慌てているが、知ったことでは無い。
「とにかく、あれを倒すのが先だろ」
セラフを指差す。
「準備は?」
クリスティーナがゼロ兄を連れて退避し、残ったメンバーはうなずいた。
「行くぞ」
「で、あのバリアはどうするんだ?」
回転し続けるセラフの周りにはバリアが展開されている。
「今まで上空に居たのに分かる訳無い」
「撃ってみれば分かるか」
ハイドが銃を構え、撃った。
「短気」
ヒメキチが冷めた目でハイドを見ている。
しかし、バリアは予想を裏切りボロボロに崩れ落ちていく。
「は? 何やらかした?」
ハイドに詰め寄る。
「……いや、いやいや、バリアが割れたんだぞ、良い事だろ?」
ハイドの肩から回転していたセラフがピタッと止まったのが見えた。
「え?」
「良い事だろ!?」
こっちを向いているハイドからはセラフの異様な動きが見えていない。
セラフは合体し、一つの箱になった。
ハイドも俺の表情で察して、セラフの方を向く。
箱が開く。
「何か出てきます!」
ウィルのナビに、虎助さんが隣に出てくる。
「分かんない、分かんない、何これ、分かんない!」
ウィルが発狂してしまった。
箱の中から白いハイヒールと真っ白な足が出てくる。滑らかで綺麗なエロい足だ。スリットから見える太ももがヤバい。
「兄助、そういうのが好きなの?」
ヒメキチはミニスカートを摘む。
「足フェチだったの? 私は良いよ」
セラフの体が箱から出てくる。胸デカっ!? この世の美を集めた様なエロい体だ。背中には4本の翼が生えている。
「私だって結構大きい方なんだけどー!」
ヒメキチの主張を聞き流す。
細い腕に、絢爛な天秤と物騒な槍を持っている。頭には長い髪と翼、翼はセラフの顔を隠している。
全てが真っ白な虐殺の天使。
「ふつくしい」
ハイドはセラフに見惚れている。
「馬鹿な事言ってる場合か!?」
ハリセンを取り出しハイドをぶん殴る。スパーンという素晴らしい音が響き渡る。
セラフが天秤を掲げる。
「魔法!」
天秤から青い炎が出てくる。
「ふっ、あれは悪を滅する清浄なる蒼き焔!」
めちゃくちゃテンションの高い声が何処からか聞こえる。そして、何かを殴った鈍い音も聞こえてきた。
「ゼロ兄……」
クリスティーナに殴られたのだろう。仕方がない人だ。戦えないのに大声を出してタゲをとる様な事をするから……
「来てます! ザイン君!」
青い炎が目の前まで来ていた。
ラブリュスを構える。
「ぶった斬る」
薪割りの様に青い炎を叩き斬る。斬られて千切れた炎は爆発して消えた。
続けてセラフは槍を振る。
「ここは任せてもらおうか」
虎助さんが槍の前に歩み出る。
虎助さんよりも何十倍も大きな槍が迫る。虎助さんは動じる事なく薙刀で槍を受け流した。
空間が歪んだみたいに槍が地面に刺さる。
「流石やぁ……門外不出の薙刀捌きは格が違うわぁ」
影月が感嘆している。
「今だ! 行くが良い!」
虎助さんの号令で、影月とハイドが正面からセラフに迫る。それを見たベルはセラフを後ろに回り込む。
ハイドはハンドガンを投げ、グレネードランチャーを取り出す。
「みんな! バフかけるから!」
ヒメキチとウィルが全員にバフをかける。全てのステータスが極限まで上がりきった。
「その足貰った!」
ハイドが足にグレネードランチャーを全弾撃ち切る。セラフの足は爆炎に包まれ、セラフは少しふらついた。
「ハイドはんは本当に派手なの好きやなぁ。ベルはん!」
「いつでも合わせられます!」
「なら、任せるで!」
2人は同時にセラフに仕掛ける。
「攻撃も出来るようになった僕の力、味わって貰おか!」
影月はセラフの右足を一文字に斬り付ける。
「破!」
ベルは影月に合わせて、セラフの左足を渾身の力で拳を叩きつける。
「雷霆咆哮オーガバースト!」
ゼロ兄の声と共に魔法のビームがセラフに迫る。声のする方を見るとクリスティーナに支えられてゼロ兄が立っている。
セラフも頭の翼の前にエネルギーを集め、ゼロ兄にビームを放つ。
ゼロ兄の魔法はセラフのビームを撃ち破り、セラフの頭に直撃する。
セラフは魔法のダメージにびくともせず、天秤を掲げる。青い炎の次は白い雷撃が天秤から放たれ、ゼロ兄達を襲う。
「ゼロ! ちょっと手を離すよ!」
「クリスティーナ、頼む……」
クリスティーナがゼロ兄から手を離すとゼロ兄は倒れた。
「みんなはわたしが守る! 絶対守ってみせる!」
クリスティーナが叫ぶと、派手なピンク色の大盾が装備される。
2人を襲う白い雷は大盾に吸い込まれる様に集まっていく。
「兄助! ティーナンがヤバいかも!」
ヒメキチの状況報告を聞く。
青い炎を叩き斬った後から、力を発動させる為に動きを止めている。
「うーん」
「どしたの?」
バフをみんなにかけ続けて、その場から動けないヒメキチが声だけで聞いてくる。
「セラフが特殊過ぎて力が上手く使えてるか怪しい」
セラフには筋肉の動きが無い。人の形をしたスライムの様だ。AIもバルキリーには及ばないが、かなり高性能だ。観察しても動きが読めない。
「大丈夫。私を信じて! 大丈夫って言う私を!」
ヒメキチの応援で目が覚めたようにスッキリした気分になった。
セラフが地面から槍を抜く。
「来るよ! 来てるよ!」
ウィルが叫ぶ。
セラフの槍は真っ直ぐ一切ブレる事なく俺に向かってくる。
能力は発動している。槍の動きもスローモーションに見える。
ラブリュスを振り上げる。
「兄助……!」
槍が当たるギリギリ手前で槍にラブリュスを叩き下ろす。
槍は狙いが外れ、地面に埋まった。
槍の上を走り、セラフに近づく。セラフは直ぐに槍を地面から抜いたが、もう遅い。
ラブリュスを右手に持ち、左手にウタヒメを取り出す。
槍のおかげでセラフの頭に近づけた。
セラフの頭に生えている翼はゼロ兄の魔法をくらい、ひびが入っている。
ラブリュスを翼に投げつける。翼は陶器のようにバラバラに砕け散った。
ラブリュスを両手で持ち直す。
「俺達の邪魔をするな」
全ての力を込めてセラフを斬る。
セラフは翼と同じように顔からバラバラに砕けていく。
「やった! やったー! 兄助!?」
ヒメキチの喜びも束の間、十数メートルの高さから自由落下している。
まあ、ゲームだから死んでギルドハウスに戻されるだけだ。
そう思って目を閉じた。
しかし、落下ダメージは入らなかった。
「大丈夫ですか? ザイン君」
ベルが俺を受け止めていた。
「勝ったんですから、みんな一緒です!」
穏やかな顔でベルは俺を見ている。俺ははにかんで少し笑った。