51 テンプレの密室
「おはようございます。兎乃君」
加恋は毎朝迎えに来てくれる。
「おはよう」
4人で登校するのが習慣になっていた。
「今週末ですね」
加恋が楽しいそうだ。今週末に何があるのか思い出せない。
「忘れたんですか? 運動会ですよ」
運動会? 体育が全て見学だったから運動会の事をすっかり忘れていた。
「でも、俺はどうせ見学だろ? 行かなくても同じだろ」
手を頭の後ろで組む。未だに背中が痛む。
「そう言うと思ったので生徒会の手伝いをしてもらう事にしました。先生に許可はもう取りましたから」
達成感が顔から溢れ出ている。
「……え?」
本人の許可無しでこの人は何をやっているんだ。
「また姉様の悪い癖が出てる」
莉乃も諦め、ため息を吐いた。
「姫花、加恋を止めてくれ、頼む」
姫花はボーッとしていて返事をしない。額を触り熱を測る。熱は無い。
「え、あ、ごめん」
「大丈夫か? 」
「体調は大丈夫」
完全に俺も姫花もスランプに陥っている。俺も姫花も普段ならポセイドンやリヴァイアサンにあそこまで苦戦はしなかった。それをずっと引きずっている。
「そうか」
俺自身もどうすれば良いか分からない。
「どうしたのでしょうか?」
「さあ?」
加恋と莉乃が顔を見合わせて思案している。
「という訳で今日から生徒会の手伝いをよろしくお願いしますね。兎乃君」
何が、という訳なのだろうか。勝手に俺を巻き込んでおいて。
放課後、加恋に連れられ生徒会室にやってきた。生徒会のメンバーは俺を怪訝な顔で見ている。ガンを飛ばすと、視線を逸らした。
「大丈夫なの? 西園寺さん」
ガンを飛ばされ、不安が顔から滲む生徒会長は加恋に質問する。
「はい! 私が責任持って監督しますし、兎乃君は真面目ですから」
真面目という言葉に生徒会のメンバーは不思議そうな顔をして俺を見る。サボり魔で知られてる男がどう見れば真面目になるのか加恋以外には分からない。
「何ですか?」
「いや、別に……」
気まずそうに俺から視線を逸らす。言いたいことくらいはっきり言えば良いのに。
「では、西園寺さんは、えっと」
生徒会長は言い淀む。
「真島です」
「真島君と2人で体育館の倉庫の運動会で使う備品のチェックをお願いします」
何事も無かったかのように言い切り、チェックシートが加恋に渡される。
「はい、了解です」
真面目に答えた加恋の横で欠伸をする。
「……本当に大丈夫なの?」
心配そうな生徒会長の事など露も気にせず、加恋はやる気満々な顔で俺の手を取る。
「頑張りましょうね!」
「ところで、姫花さんはどうしたんですか?」
備品のチェックをしながら加恋が話しかけてくる。黙々とやってきたが眠たくなってきていたところだ。
「莉乃と帰ったぞ」
「珍しいですね。いつもなら兎乃君を待つ、と言いそうですのに」
「やりたい事があるんだってさ」
やりたい事が何かまでは知らない。隠し事をされるのは初めての事で何とも言えない気分だ。
たぶん、ゲームで特訓しているのだと考えられる。セラフはギルドハウス内までは攻撃しない事をシューベルトに教えて貰った。ギルドハウスの訓練場で特訓しているのかもしれない。
「それなら、今日は一緒に帰りませんか?」
「ああ、家の近くまで送るよ」
「紳士的で良いと思います」
「何だそれ、普通の事だろ」
加恋が首を横に振る。
「そんなこと無いです。形ばかりの人は多いですから」
形ばかりの人がどう言う人なのかは分からないが、加恋の落ち込んだ声を聞いてそうなりたく無いと思う。
話す事が無くなりまた黙々と作業をする。
チェックシートが全て終わる頃には下校時間はとっくに過ぎていた。
「やっと終わった……」
「お疲れ様です。チェックシートは明日生徒会長に渡すことにして、今日は帰りましょうか」
加恋に賛成し体育館倉庫のドアに手をかける。
「ふぐっ!?」
間抜けな声が出てしまった。力を入れたのにドアが開かない。
「開かない」
「え?」
加恋も開けようとするがドアが開かない。
「開きませんね……」
困った顔で俺に笑いかけてくる。
「生徒会長に電話してみたら?」
加恋が電話をする。電話を終えるがあまり期待できそうな表情をしてない。
「それが、生徒会長、家が結構遠いらしくて来れないって言ってます」
加恋が肩を落とす。
「いや、何で作業してる奴放置して帰ってんだよ」
確認してから帰るのが普通だと思うのだが。
「……あ、確かに。もう!」
ドラマや映画、アニメ、果てはエロゲでもこういうイベントは定番だが、実際に起きると何を話して良いか分からない。
「どうしたんですか?」
加恋と並んで積まれたマットに座る。
「いや、2人きりで閉じ込められるイベントってドラマとかでは見るけど、実際に起きるとどうすればいいかわからないなって考えてた」
加恋が澄んだ瞳で俺の目を見つめる。
「学園系ドラマって最近ありました?」
言われてみればブームが過ぎ去ったかのように近年は放送していない。
「無かったな」
「最近は会社が舞台のドラマが多いですよね」
「……確かに」
そういうのは全くと言って良いほど見ないから忘れていた。
「私はあんな風にはたぶんなりませんから、新鮮です」
加恋は社長令嬢、それも親の会社を継ぐつもりだ。ドラマのような新入社員にはならないだろう。
「俺もあんな風にはなりたく無いけどな」
「ええー!? 兎乃君は可愛い先輩社員と恋したく無いんですか?」
夢見る少女のような顔をしている。
「必ず先輩社員が可愛いとは限らないだろ。それにそっちじゃなく働きたく無い」
「まあ、先輩社員がおっさんかもしれませんしね」
「極端過ぎない? 出てくるのが可愛い女性かおっさんの二択って」
加恋はむすっとする。
「そんなことより、働きたく無いなら、専業主夫になるのはどうですか? 私なら全然問題ありませんよ?」
「専業主夫かそれも悪く無いかもな」
「まあ!」
加恋の瞳が輝く。
だが、俺にはまだやる事がある。今のままだと俺はいつか負ける。
「まだまだ先の話だけどな」
倉庫のドアが開く。担任の平が立っている。
「全くお前らは世話がかかるな」
「教師の癖に何言ってるんだ。教師辞めてしまえ」
「教師ハラスメントで訴えるぞ」
教師ハラスメントって何だよ。裁判を起こされれば負けるが。
「先生、ありがとうございます」
加恋が礼儀正しく頭を下げる。
「はいはい、まあ、そいつ連れて早く帰れよー」
そいつな上に連れて帰られるぞんざいな扱いをしてくる。本当にちゃんとした教師なのか? 毎回思っているような気がする。
「はい、失礼します」
加恋に腕を掴まれ、倉庫を出る。
「また明日もお願いしますね。兎乃君」