46 大海の鮫の如く
「はいはーい、こんな集まらんでもええのに」
日ノ下のギルド前に人が集まっている。その中心に影月が立っている。
「影月さん、日ノ下を解散するって本当なんですか?」
リポーターが影月に質問し、周囲の人も騒ぎ出す。
「せなやぁ、それは本当やで」
戸惑いの声が聞こえてくる。
「理由は一体なぜ?」
「ザインはんが居る今、日ノ下の一位はホントのもんや無いって気がしてな。また修行のし直しやなぁ」
影月のインタビューを少し離れた場所から虎助が見ている。
「それに銀龍旅団も解散しとるしな。僕としてはザインはんが居るならザインはんが目的になるし、これでええんやないかなって」
しみじみ語る。
「ザインさんの事をどう思ってますか?」
「ザインはん? 子供やな。何が子供って、いつもクールな顔しとるやん? あんな顔して、頭ん中は甘い物かヒメキチはんか眠いしか頭に無いんやで? どう考えたって子供やろ? な?」
いきなりのザインについての暴露でリポーターは困惑する。
「え、えぇっと、ちょっと私には分かりかねますが」
メールの着信音が鳴る。
「あ、ごめん、僕やわ」
影月がメールを見る。
「……くたばれ」
いきなりの影月の言葉にその場にいる人は慄く。
「え?」
「いや、メールの内容や。これザインはんからやな。いや、4文字だけなんやけど」
急に集まっていた人が道を開ける。
「影月!」
怒号と共に、出来た道から2人の男が歩いてくる。
「ドウジはんにハイドはんやんか、どないした?」
能天気に影月は手を振る。
ドウジはこめかみに血管が浮き出ている。
「お前には俺がキレてるのが分からないのか?」
「いや、分かっとるよ。でも、何で怒っとるかは分からんけど」
ドウジが影月を睨んでいる。
「やめぬか、ドウジ」
「じじい」
虎助が2人の間に割って入る。
ハイドは疲れた顔でため息を吐いた。
「ドウジはんが怒っとる理由は僕にあるんやろ?」
「その、はん、って奴をやめろ」
一触即発な雰囲気にハイドは少し下がる。
「昔はそんな呼び方してなかっただろ」
「せやなぁ……昔は呼び捨てやったっけ」
影月は過去を懐かしむように目を閉じる。
「ああ、お前は変わった」
「僕はドウジも変わったと思っとるで」
ドウジを呼び捨てにしている。
「大人になったってことやな。8歳から18歳までの間、会わへんかったらなぁ」
「大人になったんじゃ無い。大人ぶってるだけだ。お前は」
「そう見えるんかぁ、そっかぁ」
するりと躱す影月にドウジの怒りは収まらない。
「妹の事も社長になった事も、世界一になった事も! 」
「そうやな、友達やったもんな」
穏やかな顔をしていつものにやけ顔に戻る。
「ドウジ、じゃあ、勝負しよか」
影月が刀を抜く。ドウジも大太刀を抜き、影月に振り下ろす。
影月は刀で大太刀をガードした。
いきなり戦闘が始まり、大衆は距離を開け、観戦し始める。
「影月、何がお前を変えたんだ!」
ドウジは大太刀を二度三度と影月の刀に叩きつける。
「そんなの決まっとるやん」
影月が次の叩きつけを避け、ドウジに接近する。
「ザインはんや、ザインはんが僕の全てを変えたんや」
刀の柄を蹴り、影月の攻撃を妨害する。
「初めてザインはんと戦った時、僕は思い知ったんや。僕は生暖かい沼のオタマジャクシでしか無かったんやって事を」
「はぁ?」
比喩なのは分かるが比喩の例がおかしい。
影月は少し後ろに下がる。カウンターが出来るギリギリの距離を選んでいる。
「ザインはんは大海の鮫やった。僕がどれだけ避けても、ザインはんはどんどん適応して攻撃を当てにこようとしてくる、戦いながら成長する修羅なんや」
自分だってザインとは戦っているから、分からない事もない。それにシューベルトとザインの戦いを見て分かってしまった。あの時の修羅のような戦い方こそがザインの本領なのだと。
「その顔は分かっとるんやろ?」
大太刀で突きをしながら下がる。刀が大太刀を擦り火花が出る。大太刀に刀を擦らせ火花をあげながら影月が接近し斬りあげる。刀は鼻先を通って空振りした。
「なあ? 虎助」
2人の戦いを最前列で虎助とハイドが見ている。
「何だ? ハイド」
「普通さ、鮫とオタマジャクシは比べないよな。鮫は魚類でオタマジャクシは両生類だろ? 影月の奴、ちょっとアホじゃね? そして、それに一切ツッコミを入れないドウジの奴もどうなんだ?」
ハイドのツッコミに虎助の顔が険しくなる。
「あの2人は……そうだな、昔から少し気の抜けた天然な所があるからな。わしとしても……しっかりして欲しい所がある」
天然ボケな孫とその幼馴染み2人の戦いを見ながら虎助はため息を吐いた。
「ザインはんと戦って僕はあの領域に行きたいと思った。カインドはんやザインはんの居るあの領域に」
「それがお前を変えた原因だって言うのか!」
ドウジが大太刀を振り回す。
大太刀の長さに阻まれカウンター出来る距離に影月は入れない。
「妹の事は申し訳あらへんと思うとるが、それ以外の事は申し訳無いなんて思うてへんからな!」
「幼馴染みの妹と付き合って謝ると言うよりは……」
「高校生に手を出した事だろうなぁ、ふむ」
しみじみと虎助とハイドが観戦しながらツッコミを入れている。
「そのツッコミ要らんからな!」
ドウジの攻撃を避けながら影月が叫ぶ。
「っていうか、手は出してへん! 僕はそういう所は大事にしとる!」
しっかりと攻撃を避けながら反論している。器用だ。
「世間的にはアウトだし、その時中学生だっただろ」
「うぐっ」
ハイドのツッコミと話に気を取られ、危うく大太刀が顔面に直撃しそうになる。
「影月!」
ドウジの猛攻は続く。ドウジ自身も気付いているが、影月に攻撃を当てられない。パターンが同じだから、読まれていて攻撃を当てられない。ザインとの戦いを思い出す。毎試合武器を変えるせいで全く読ませてもらえない。
ただ攻撃しているだけでは勝てないし、ただカウンターを狙うだけでも勝てない。
「ドウジ!」
先にパターンを変えたのは影月だった。
影月は大太刀を掻い潜りドウジの懐に急接近した。
ドウジは対応出来ず、影月を見ることしか出来ない。
「僕は強うなりたい。心の底からそう思っとる。強くなる為にはやれる事全部やる! そう決めたんやから」
ドウジの腹に刀が刺さる。刀が刺さる影月の顔に蹴りが入った。
「僕の勝ちやなぁ」
ドウジを倒し、顔に靴跡が残った影月が勝利の笑みを浮かべている。
ドウジは考え事をしながら去って行った。虎助は影月とハイドに一礼してドウジを追う。
「気持ち悪い笑みを浮かべんな」
「何でや」
すぐにハイドに罵倒される。
「ハイドはんはどうなん?」
「何が?」
「入った理由」
ハイドが目を閉じる。
「俺は、あいつが心配だった」
「弟さんと同じくらいやったっけ?」
「ああ」
地元の弟、妹達を思い浮かべているのか、ハイドが静かになった。
メールの着信音が鳴る。
「あ、ザインはんからやな。もしかしてさっきの戦い見とったんかなぁ」
影月がメールを開くと。
「調子に乗るなよ」
一文だけそう書かれていた。
「俺が言いたい事は全てあいつが言ってくれたな」
ショックで固まっている影月にハイドが追い討ちする。
「ハイドはん!? 酷ない、酷ない!?」
「ああ、うるせえ」
影月はハイドに蹴り飛ばされた。