42 熾天使の怒り
ポセイドンのボスエリアを抜ける。
「ここからワープで帰れないのか?」
「無理ですね」
シューベルトが無慈悲にも否定する。
城の窓から外を覗く。暗い、アトランティス全体が影になっている。
「上にリヴァイアサンが陣取っています。はい」
はい、じゃねぇんだよ。
リヴァイアサンが日の光を隠しているとか、どんな大きさだよ。
「うわぁ……ここ綺麗だよ、兄助!」
窓の外を見て目を輝かせているヒメキチ。
「あ! 今度水族館にデート行きたい!」
1人だけ状況を分かっていないから、呑気な事を言っている。
「そういう話はここを出てからだ!」
襲いかかる魚人を槍で突き刺す、たぶん、無限湧きだろう。
殿をしながら前の様子を見る。パライソとシューベルトが居れば前は如何とでもなる。問題は……
城を出た。外は夜のように暗い。光る貝殻が幻想的な景色を作っている。
「グォォォォ!」
体の底から揺さぶられる重低音の鳴き声が聞こえ、空を見る。
家を余裕で丸呑み出来るくらい大きな口、蛇のような鋭い眼光、太く長い端が見えない胴体、アトランティスに負けないくらいの大きさのリヴァイアサンだ。
「狙いは私達のようですね」
冷静に分析しているが、原因はお前じゃなかったか?
「バカだろ、あの大きさは流石にバカだろ。手も足も出ないだろ!」
リヴァイアサンが大きな口を開け、アトランティスを包む泡に歯を立てる。
たったそれだけなのに地面が揺れる。
「ふざけんなぁー!」
泡の外に居るので攻撃も出来ない、いや、攻撃出来てもダメージが入るとは思えないが。
おまけに魚人達も集まってきている。ご丁寧に皆臨戦状態だ。
「死ぬ……」
魚人を退け、ワープしてきた所、アトランティスの端まで逃げてきた。
「あの、こいつ、起きようとしてたから、何回か殴ったんだが、動かなくなってしまった」
パライソがダンテをシューベルトに投げる。
「それに関しては何があってもダンテの自業自得なので。それより、ワープして帰るので集まってください」
シューベルトがワープを起動させる。
「ところでさ、兄助、ここって何処だったの?」
天真爛漫な笑顔でヒメキチが俺に聞く。
「何処にでもデート行ってやるから、忘れろ」
「あ、うん、わかった」
ヒメキチがうんうんとうなずき、抱きつく。
「あら、妬けるわねー」
「はいはい、帰りますよ」
シューベルトの合図でワープした。
「起動、セラフ・セキュリティ。目標、アトランティスに侵入した者、全て」
無事に王都まで帰って来た。
「もう二度と、お前とは会いたくない」
シューベルトに吐き捨てる。
「殺す、と言わないだけ情がありますね」
シューベルトが少し笑った。
「うるさい。余計な事を言うと叩きのめすぞ」
ヒメキチがキョロキョロと空を見ている。まるで間違い探しをしているような表情だ。
「どうかしたのか?」
「何か変なんだよね〜、う〜ん」
ヒメキチはそれから頭を悩ませ、うんうんと唸っている。
「これで解散だと思うと寂しいわね。パライソちゃんはどうする?」
「どうって何だ?」
「遊びに出掛けない? 大人の女同士でね」
楽しそうなマオにつられてパライソも笑顔になる。
「それは良いな。大人の女同士で!」
こうなるとマオの手のひらの上だ。洗いざらい情報を抜き取られるだろう。
「あ! 分かった!」
ヒメキチが手を上げる。
「何か分かったのか?」
「うん、太陽が二つあるんだよ! おかしくない?」
ヒメキチにならって空を見上げる。
奇妙な事に太陽が二つある。バグか?
「嫌な予感がします」
シューベルトがお荷物のダンテを強制ログアウトさせる。
一つの太陽が次第に大きくなる。大きくなっているというより近づいて来ている。
百メートルくらいでそれは止まった。
太陽と思っていた物は球体のバリアだった。そのバリアの中に六つの翼の生えた四つの白い立方体が浮いている。
「マジで何だこれ?」
あまりにもこの世の物とはかけ離れている。無機質な立方体から生の翼が生えている。立方体の大きさも一軒家くらいはある。その異様さに圧倒される。
「目標、確認」
「あれ? 何か言った?」
女性の声が聞こえ、周りを見る。しかし、皆首を横に振っている。
「こちら、セラフ・セキュリティ。アトランティスに侵入した貴方達をこれから」
もしかして喋っているのはあの立方体なのか?
アトランティスに侵入したと言っている時点で自分達の事だし、嫌な予感しかしない。
「攻撃します」
予想が出来なくもない言葉が出て来た。
「メタトロン・システムは停止中ですが……アトランティスへの侵入を見越してセキュリティを作っておいたという事なのでしょうか」
シューベルトはセラフを見て何か思い当たることがあるらしく、言うだけ言って考え込み始めた。
ボーっとセラフを見続ける。
「今思ったんだけどさ、あれって単体なのか?」
「そう言えばそうね。セラフって単体だったわよね」
立方体の前に光るエネルギーの球が出来る。
そして、ビームになった。
ビームは凄まじい精度でこっちに迫る。
「おい、ヤバイぞ! 逃げろ!」
号令を出して走る。
大爆発し、さっきまで居た場所が焼け焦げている。
悲鳴が聞こえる。王都には戦わない人も多く居る。
王都で戦ったことなんて今まで一度も無かったから、驚きで阿鼻叫喚になっている。
「マジかよ」
ビームを撃ち続けるセラフに手が出せない。高過ぎて攻撃が届かない。上に武器を投げるといっても十数メートル、セラフはもっともっと先にある。銃でもダメだ。
それにバリアもある。どの程度の固さが分からないがあれを突破できる威力も無くてはならない。
無理だ。前提が違いすぎる。
「ログアウトです! ログアウトしてください!」
シューベルトが声を張り上げている。
パライソとマオがその声を聞き、ログアウトした。
セラフがこっちを向き、ビームを発射した。
「ヒメキチ、出来る?」
心配になってしまう。凛さんがちゃんと準備していてくれているはずだが、もしもの事を考えて、ヒメキチがログアウトするのを待つ。
「えっと……あ、出来るよ!」
ヒメキチが消えた。
眩しい、ビームが迫っている。
そして、俺もログアウトした。
「だっはぁ!」
変な声を上げ、飛び起きる。
「お水です」
式原さんが水の入ったコップを渡してくれる。
「ありがとうございます」
水を一気に飲み干す。
「いえ、私には、皆様を助ける事が出来ませんから」
申し訳なさそうな表情だ。
「とても助かってます。式原さんが居なければ、これ以上に酷いことになってたと思いますから」
病院に戻る。
姫花はまだ寝ていた。桜川刑事が呆れ、加瀬刑事は苦笑いし、凛さんの表情がおかしい。
姫花もよく見るとピクピクと我慢出来ず動いている。
何やってるんだか。
姫花に抱きつく。
「にゃはー!? あ、兄助、ここはみんな居るからダメだよー!?」
赤面して暴れ出した。
「起きたか、今回は姫花の方が寝坊だな」
姫花が笑顔を見せる。
「うん、おはよう、兄助、起こしてくれてありがと」
照れ笑いで抱きついてくる。
「ああ、おはよう」