36 極彩色の戦乙女
「毎日毎日、ほんとに飽きないよなぁ」
朝から秀人と鍋を囲むが、結局、一口も食べず箸を置いた。
「いや、味違うだろ」
当然みたいな顔をしている秀人に腹が立つ。
「子供の頃からこうなのか?」
「まあな、うち兄弟多くて取り合いになるから、鍋で大量に作ってドーンだった」
懐かしそうに天井を見ている。
「女性ファンが幻滅してるぞ、私、手料理得意なのに。芦屋選手は鍋しか食べられないなんて」
「……マジであるのか?」
にわかには信じられない表情で俺を見ている。
「あるに決まってるだろ」
「……もしかして経験談か?」
昔、姫花と一緒に住むようになってすぐの事だった。俺は昔から酸っぱいものと苦いものが苦手なのだが、姫花は失念していたのか、酢の物を作ってしまった。
食べられないと言ったら、泣きながら謝られ、慌てて全部口に放り込む事になったのだ。
喉に詰まらせ、意識が朦朧とし、顔が真っ青になり、危うく病院行きだったらしい。
「はぁ、経験したく無かった」
「なんだそれ」
「制服無いし、姫花も居ないし、何の為に俺は学校に行くんだろうな」
ぼやきながら出かける準備をする。
「いや、もう9時だから授業始まってるだろ」
10時から仕事(バスケの練習)の秀人も準備している。
「知るか」
「授業日数分は出とけよ。サボって高校留年とか恥だぞ? 特に姫が」
ため息を吐きながら部屋から出て行く。
「ざー」
「ざーって何だ!? おはようございますを一文字に略す奴はお前くらいだぞ! あと制服は!?」
校門の前に立っていた体育教師に捕まった。
「強盗? 暴漢? が家に入ってきて盗られたっすわ」
「ああ、そうだったな、いや、すまん。お前があまりにもいつも通りだから」
謝られた。素直な人だ。言い訳しない方が良いと思うけど。
「教科書とか何も無いけど、取り敢えず顔見せに来ただけですから」
「無理、するなよ?」
「ざー」
挨拶しながら教室に入る。
「兎乃君!?」
一番に反応したのは加恋だった。
「えっと、もう大丈夫なのですか?」
心配そうに俺の顔をのぞいている。
「体? まだ痛いけど」
「ダメじゃないですか! まだ病院に居ないと、というか、聞きました。病院抜け出してきたんですよね?」
凄い剣幕で詰め寄ってくる。
「いや、退院してきた」
「せっかくメロン持って行こうと思っていたのですが、聞いたらもう居ないと言われて私……」
まさかのメロン5個目か。
加恋は涙を流している。やってしまった奴だ。
「えっと加恋?」
男子は怨嗟を垂れ流し、女子はドラマでも見ているかのような目で見ている。
「んー真島、早く収束させろ」
担任の女教師が教卓にぐでーっと突っ伏しながら催促し始めた。
「加恋、とにかく俺は大丈夫だから。それに姫花の方も警察が頑張ってくれてるし、だから、なんとかなる」
加恋は不服そうな顔で席に戻った。
「で? 何しに来たの?」
担任の言う事じゃないだろ。
「まあ、休みくれって言いに来ただけです」
「え、あぁ、めんど」
めんどって言いやがった、この教師。
「いやぁ、大変な目に会った自分のクラスの生徒によくそんなこと言えますね。手続きとか全部任せますから。あとよろしくお願いしまーす」
教卓に休みの申請の書類を置き、身を翻し教室を出て行こうとする。
「もう帰るんですか!?」
加恋に呼び止められた。
「まだやることあるし。あ、そうだ。加恋、書類のこと頼む」
「え、はい! じゃないんです」
加恋が隣に来て耳元で話し始める。
「エキシビションなんて聞いてません。あれはどういうことなんですか?」
「加恋が聞いてないのに俺が知ってるわけ無いんだよな。まあ、余興でしょ」
「必ず、また一緒に遊びに行きましょう? 今度は頑張ってプール貸し切ってみせますから!」
手を振り、加恋を置いて出て行った。
最後の準備をする為にログインした。
ウタヒメの最後の強化素材が揃ったので鍛冶屋に強化をしに来たのだが。
「ザイン? 顔死んでるよ?」
鍛冶屋から出てきた直後に俺は倒れた。そして、ルイスに強化したウタヒメを見せる。
「うわぁ、綺麗な剣だね! ザインにはもったいないくらい」
質素だが美しい剣、剣を振ると鳴る美しい音も健在だ。
「うるさい」
問題なのはその性能だ。そこら辺で買える鉄の剣と同程度の性能しか無い。
「あは、あはは、あはははは」
笑いが止まらない。
「うわ、気持ち悪っ、ザインがついに壊れた」
「なんかさ、強化素材集めた時のことを思い出したんだ。ほぼ全ステージ100周、得たものは苦労と努力だなんて、笑いが出るに決まってる」
「いや、ごめん、何言ってるかぼくには分かんない」
「この地獄みたいな素材集めを終えたんだ。そいつはもうエンドコンテンツな剣なんか必要ない。最強に決まってる」
「あ、うん、そだね」
「よし、行くか!」
終始ドン引きしていたルイスを置いて闘技場に歩き出した。
闘技場の入り口の前に九頭竜商会のメンバーが集まっていた。
珍しいことに虎助さんも居る。
「最後の戦いやろ? せっかくやから僕らも見て勉強させて貰おかな〜って」
影月は腕を組んでうなずく。
「違うから、普通に応援しに来たのよ」
クリスティーナはそんな影月にチョップを入れる。
「頑張れ、兄弟! 大会中は言えなかったが今なら存分に言えるぞ!」
「ふむ、ぬしならやれる」
「えっと、頑張って! ザイン君ならやれるから」
各々が応援してくれている。
「急にどうしたんだ?」
「ヒメキチはんとベルはんが居らんから寂しいやろ思うてなぁ」
「ま、そういうことだ。ザイン」
ハイドは壁にもたれかかり後ろで手を組んでいる。
「何だそれ、まあ、ありがとう」
「さあ、ついにエキシビションです!」
闘技場の中に入ったが対戦相手はまだのようだ。高性能AIとの事だが。
「ザイン選手、何かコメントはありますか?」
「何が?」
いきなりコメントを求められてもどう言えば良いのか分からない。
「私、涙が止まりません。感動しています。あのザイン選手にコメントしていただけたのです。ファン冥利に尽きます」
咽び声が聞こえる。
「おい、待て、コメントして無い、って話し聞かねえ……」
「随分と余裕があるようですね」
目の前からヒメキチの声が聞こえる。解説席に目を向けている間に来たのだろうか。
振り向くとバイザーで目を隠し、輝く純白の翼に、白金の鎧を見に纏い、ツインテールの毛先が極彩色に輝くヒメキチが立っていた。その手には身長を越す大型の槍を持っている。
「私がAIバルキリーです」
何が起きているのか分からない。どう見てもヒメキチだ。
だが、観客のほとんどは気付いていない。九頭竜商会のメンバーは揃って目を丸くしている。
「あなたの思う通り、彼女はヒメキチです」
メタトロン・システムがバルキリーの後ろにワープして来た。観客の反応を見るに、俺とバルキリーと影月達にしか見えて居ないようだ。
「ヒメキチに戦闘用AIを組み込む事であなたを倒す切り札としました」
「AIを組み込む? 」
「はい、記憶を塗り変え、AIと融合させました。安心して戦ってください」
吐き気がして膝をつく。頭に声が響いて痛む。
「……ヒメキチはどうなるんだ?」
声を絞り出す。
「そんなこと負けるあなたが知る必要はありません」
言いたいことだけ言ってメタトロン・システムは消えた。
「さあ、試合の時間です」
バルキリーが槍を構える。
そして、試合開始の銅鑼が鳴った。