35 極彩色の羽化
「優勝おめでとうございます!」
「凄かったよ、ザインも影月も」
アナウンサーとクリスティーナが解説席から出てきた。
この2人はエキシビションの事を知らないのかお祝いムードだ。
「感想お聞かせください」
アナウンサーにマイクを向けられる。人前で話すのに向いていない性格だと思う。
「特に……何を言えばいいか分からない」
アナウンサーは目を輝かせでいるがクリスティーナは苦笑いだ。
「このクールなところもまたアインさんの魅力ですよね」
「……いや、それでいいの?」
「えっと……今ですね。知らされたのですがエキシビションがあるそうです」
戸惑いながらアナウンサーはお知らせをする。
「なんと! ハチマンホールディングスが誇る最高性能の戦闘AI、ヴァルキリーと戦うことになっているようです」
最高性能の戦闘AI……ハチマンホールディングスがそんなものを作っているなんて聞いた事がない。とても嫌な予感がする。
データの一切無い相手だ。それでも勝つしか無い。
心がふわふわしていてあれから何があったのか詳しく覚えていない、そのままログアウトした。
都内のとある空き倉庫。
手足から血を流す男が誰かを見上げている。
「ふざけんな! あんたの言う通り俺はボスを殺したんだぞ、それなのに何故俺はボスになれない!? 契約と違うじゃないか、フィクサー!」
中国マフィアのボス、黒を殺したのはその右腕とも呼べる存在の男だった。クーデターを起こし組織を乗っ取る筈が組織が警察に解体され、逃げていた。
相対するフィクサーと呼ばれた男は慣れた手つきで銃に弾を込める。
「黙れゴミが。貴様は足がついている。捜査線上に名前が出たんだ。失敗したんだよ、貴様は」
マフィアの肩に銃弾を撃ち込む。
「それくらい止められるんじゃ無かったのか!」
フィクサーは銃をマフィアの頭に向ける。
「桜川と加瀬という狂犬に目をつけられた時点で貴様は終わりだ。貴様のミスだ。最新のホログラムに銃、私たちはそこまでしてやった。契約は果たした。しかし、証拠を残したのは貴様だろう?」
フィクサーは銃口を額に当てる。
「貴様の失敗は貴様で払え」
倉庫内に銃声が響く。
床に広がる赤い液体を見て、指で触る。そして、指に付いた血を舐めとる。
「血すら不味いか」
不機嫌そうに銃を懐に入れ倉庫を出て行った。
桜川と加瀬は、兎乃をバー・ルークスに送った後、都内のジャズバーに来ていた。
まだ開店していない店内に入っていく。
「いらっしゃいませ、あの、まだ開いていないのですが」
おずおずと前に出て来たバーのマスターに警察手帳を見せる。
「ここでピアニストをやっている小椋安吾という男に話が聞きたい。今、居るんだろ?」
ピアノの椅子に座り外国の新聞を読んでいた男がこちらを見る。
ワインレッドのスーツに撫で付けられた白髪、そして、整えられた髭、サングラス。
「私に何か用ですか?」
男が近づいてくる。
「ああ、駅前で起こった暴動事件は知っているな」
「何故知っていて当然と思っているのか私には分かりませんが、社会情勢はチェックしています」
安吾は飄々とし、動じることが無い。
「シューベルトという名前をゲームで使っているのは知っている」
「なるほど、そこまで知っているのですか。ええ、私も聞き及んでいます、私の格好を真似た者が現実に現れたと。私自身、人気は多少あるようで、困ったモノです」
他人事のように話している。
「関与していないと?」
「ええ、ゲームの中で言った、ごっこ遊びを本気にして捜査しているんですか?」
安吾は顔の左半分で笑った。
「悪いがそれが本当かどうかも、こっちは調べなきゃいけないんでな」
「刑事さんは大変ですね。捜査には協力します。私に答えられることなら」
結局手がかりは何も無かった。当然だがアリバイもあり直接手を下していないのは決定的でスマホを見ても指示をした痕跡は残っていない。
証拠も何も無い、任意同行も無理だろう。バーを出るしか無かった。
「どう思う?」
「クロだとは思います。ですが、こうも手がかりが無いと、こっちからは何も出来ないですよね?」
加瀬の顔に影が落ちる。
「まあ、長い戦いになるだろうな」
欠伸をして、車に戻ろうとした時、加瀬のスマホが鳴り出した。
「げっ」
露骨に嫌な顔をした。
「広田の野郎からか?」
広田とはエリートコース独走中の嫌味なコーヒー馬鹿の警視長だ。
「はい、もしもし、加瀬です」
長話なると思い車に先に乗り込んで待つ。
「えぇぇぇ、あぁぁぁぁ!?」
間抜けな絶叫が聞こえて来た。
そして数分後車に乗り込んで来た。
「そのですね、桜川刑事。チャイニーズマフィアの親殺しで目をつけていた奴が殺されました!」
「出せ、とにかく現場見ねえことには始まらねえ」
「分かりました!」
車が出て行くのを安吾は窓から眺め、電話をしていた。
「感が鋭いですね。彼ら」
「意外と楽しめるかもなぁ、あいつの関係者なんだろ?」
電話の相手は楽しそうに笑っている。
「防犯カメラに真島兎乃君と一緒に映っていましたから」
「ああ、悪くねえ、むしろ、最高まであるだろ。先になりお前だけ楽しんだんだ。俺は我慢の限界だ」
「ええ、私も楽しみです。あなたと彼が戦う世界大会が」
「そうだろう? まあ、有馬の野郎の妨害が無いとも言い切れないが、乗り越えてくれるだろ」
「そうでしょう。あれで死ななかったんですから」
「ああ、そうだ。今度そっち行ったら一曲弾いてくれ。ジャズ好きなんだよ」
「分かりました。お待ちしております。フィクサー」
「はっ、良い返事だ、楽しみにしてるぜ」
フィクサーは電話を切った。
メタトロン・システムの前に有馬頼は立っていた。
「何故、ここまでやった?」
いつになく頼は不機嫌だった。
「君達がやったことはとてもじゃないが評価出来ない」
「評価していただく必要はありません。これは彼を守る為にやっているのですから」
いつも通り、淡々と話すメタトロン・システムに頼は怒りを見せている。
「ここで彼の命一つだけ守凛きったとしても、彼は自殺するかもしれない。それで意味があるのか?」
メタトロン・システムは答えない。
「無理矢理、天道姫花にAIを融合させ彼と戦わせさせる。こんなことされたら、殆どの人間は心が保たない! それもこの実験はまだ完成していないはずだ」
翼が生え、白金の鎧を見に纏ったヒメキチ、彼女のトレードマークのツインテールの毛先と翼が極彩色に輝いている。
バルキリー、それはまさに彼女の為の言葉だ。
「頼、これは人類の為です。あなたが何と言おうとやらなければならないと判断しています」
メタトロン・システムの言葉に頼は頭を抱える。
そして、無言で出て行った。