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34  月が作る影の領域

 影月はゆっくり歩いて近づいてくる。

「さあ、ザインはん。今日は僕も本気やで」

 今日は、って前回やっぱり手を抜いていたのか。

 風の矢を3本同時につがえ、放つ。

「よいしょっと」

 影月は難無く魔法の矢を斬り裂く。不可視とか見えないとか言われているが、見辛いだけで見えるのは見える。

「ほら、ガンガン攻めて来てもええんやで?」

 影月の言う通りに不用意に攻めれば、回避地獄で翻弄され続け、勝ち目を失う。

 影月と一定の距離を取り続け、矢を撃ち込んでいく。

 不毛だが、影月に攻め込むことだけはやりたくない。

「しゃあないなぁ、それなら僕から行こかー」

 そう言って影月が地面を蹴ってこちらの懐に飛び込んでくる。

 回避を重視する影月にしては不用意だ。これは間違いなく、何か策を隠している。

 攻撃をせず、後ろに飛び、距離を取る。間一髪、斬撃を回避出来た。

「なんやぁ、そないにビビらんでもええんやん?」

 影月の声がさっきと同じ所から聞こえる。

「なるほど」

 影月が2人居る。

「分身か」

 刀を振った奴が分身だろう。分身を攻めに使うのは定石の戦法だ。

「なんや、もうバレてしもたかー。不意打ちして混乱させたろう思うとったのに」

 分身が影になって地面に溶けていく。

「ま、一筋縄でいけないのはお互い様やな」




「影月選手は、唯一ザイン選手の攻撃を受けたことがないんです。過去に一度だけ影月選手とザイン選手は戦っているのですが、熾烈極まるザイン選手の攻撃を影月は全て避け切った唯一の人物なのです。この事実を踏まえてクリスティーナさんはどう思いますか?」

「……え、うん、まあ、ちょっと分かんないかなぁ」

 曖昧にクリスティーナは答える。クリスティーナ自身はザインと影月が戦う所を見た事は無く。2人の駆け引きに茫然としていた。

「もう解説も私も分からないほどの高レベルの戦いが続いております!」




「さあ、どんどん行くでー」

 影月が分身の数を増やし、攻め込んでくる。影月本体とは流石に比べものにならないが、回避カウンターしてくる分身は笑えないくらい厄介だ。

 回避に専念するしか無かった。普通の弓矢なら曲射という山なりに射って影月に直接攻撃が出来るのだが、魔法の矢では出来ないようだ。

 分身は数は居るが一回攻撃をする事に影月に戻っていくので、回避は十分に出来る。

「どうや?  前戦った時とは一皮二皮剥けた僕は」

 分身を使い器用に攻め続ける影月には感服する。

 だが、負けるわけにはいかない。

「手を変え武器を変え、対策させんっていう戦法もこれには形無しやろ?」

 自信満々にニヤつく顔が目に入る。

「さあな?」

 まだフェイルノートを完全に扱いきれていないだけで、勝つ手段は必ずある。


 絶え間無く続く影月の分身攻撃に距離を作ることができない。カウンターされない距離から射つ事が出来ず、弓の長所を完全に潰されている。

 かと言って分身を無理矢理撃破して距離を作ろう攻撃すれば手痛いカウンターが待っている。

 影月は回避だけで無く指揮能力もカインドさん並みに天才だ。本体に俺を近づけさせないように分身を上手く動かしている。

「はぁ」

 意図せずため息が出る。流石、現日本一なだけある。その強さにため息が出ない奴は居ないだろう。

 それもこの分身戦法は俺の為に準備し隠して来た影月の切り札、シューベルトに負けてまで俺に勝つ為に準備してきたもの、これに勝つには影月の上を征く何かがいる。

「やっぱりさ、影月」

 攻撃を避け続けながら影月に声をかける。

「なんやー?」

 影月も攻撃を続けながら返事をするわ

「タイマンの方がお前は強いんだな」

 他のギルドメンバーが居ればそっちを倒して時間切れまで逃げれば勝ちなのだが。

「どうやろなー?  僕はザインはんと一緒に戦うたほうが負ける気せぇへんけどなー」

「そうかよ」

 影月ほど、こっちに合わせ動く事が出来る奴は、居ない。何も言わなくても連携が完璧にできるやつが影月なのが癪だが。

「考えは同じっちゅう事やな」

 影月が笑った。

 負けてしまえば二度と一緒に戦う事は出来なくなる。それどころか対戦相手としても戦う事が出来なくなる。

 自嘲気味に笑い返す。




「負けるつもりは無い。俺は絶対に勝つ」

 声に出して自らを奮い立たせる。負ければ全て終わるし、負けたくなんか無い。

 思考は冷静に、感覚は鋭く、本能と理性をフルに使う。

 戦う事だけに自らの全てを集中させる。


 分身が3人同時に斬りかかってくる。

 弓を引く。

 そして、3人に矢を放つ。

 分身達は体を捻って矢を避ける。そして、間髪入れず、矢を放ったばかりの俺に刀を振り下ろした。

「あー、やる気が空回りしてもうた?」


「そんな訳無いだろ」

 刀を弓で防御した。3人の攻撃を同時に弓で受け止め、手が痺れながらも防ぎ切った。

「カウンターにカウンターするなんて、非常識過ぎやで。やっぱり、ザインはんは最高やな!」

「そんなこと言ってる暇があるのか?」

 刀を弓で受け止めたまま、矢をつがえ、逃げられる前に分身を撃ち抜く。

 撃ち方も無茶苦茶だが仕方が無い。生きるか死ぬかの場面でそんなことを気にするのは無駄というものだ。


 続け様に接近しようとしていた分身を撃つ。カウンター出来ない距離で回避も出来ず分身は撃ち抜かれた。そのまま撃ち抜かれた分身に走りより、刀を奪う。

 影月の顔色が変わった。余裕と楽しさが顔から出ていたが、それが無くなった。飄々とはしているが、その奥で俺を止める策を練っているのだろう。


 残る分身が一斉に突撃してくる。弓と刀の回転斬りで全て薙ぎ払う。

 分身が倒れゆく中、影月の姿が無いことに気がつく。

 目の前の分身の胸から刃が出てくる。咄嗟に刀でガードするが、刃が折られてしまった。しかし、刃の軌道は逸らすことに成功し、髪を切り裂かれるだけで済んだ。

 分身から刃が抜かれ、分身が影に戻った。影月も距離を取って反撃に備えている。

「あーあ、こんな惨めな手、使うても掠るだけかぁ」

 影月がため息を吐く。

「まあでも、これでザインはん、初ヒットやろ?」

 この大会では未だノーダメージだ。その上攻撃を当てられたのは今の一回だけ。

「よくやるよ」

「ザインはん、意外と素直やからなぁ、こういう時普通に褒めてくれるんよね」


 分身が消えた、これで影月は普段通りの回避戦法に戻ったわけだ。余計に厄介だ。

 回避に専念しだした影月に攻撃を通すほうが至難の技、ここからが本領発揮ということだ。持久戦には持ち込まれたく無い。




 弓を引く。

「さあ、行くぞ、影月」

 ここで決め切る、それ以外に勝ち目を見いだせる自信は無い。

「いつでも来るとええで」

 矢を放つ。そして、ステップで影月の横に回り込みながら、次の矢の準備をする。

 影月は少し身体を逸らすだけで矢を回避していく。

 何度も何度も矢を撃ち込むが、影月は全弾、最適化された最小限の動きで矢を回避している。

 距離を開けなければカウンターされ、開ければ回避され続ける。


 少しずつ距離を詰める。カウンターされない最短距離を測り、そこで当てるしか無い。

 矢を放ったタイミングで影月が接近して来た。自ら接近してカウンターしに来るか!?

「その表情も策なんやろ?  やけど、お望み通りここで決めにいかせてもらうで」

 影月は矢を潜り抜けながら刀を振る。首に一直線、速さも正確さも申し分ない。

「バレてるのか」

 弓で刀をガードする。

「僕もここまでは読んどる」

 影月は身を低くしながら俺の脇を通り後ろに回り込もうとしている。

 弓の装填速度を考えると、刀で斬られて、そこで終わりだ。




「本当にそうか?」

 影月はバランスを崩して動けなくなり、冷や汗を流している。

「酷いわぁ、足踏んで回避させんようにするなんて」

 影月の足を踏んで、影月の移動を止めておいた。

「回避の天才なんだ。だから、回避を最優先させるのは普通だ」

 影月の頭の数センチ先で弓を構える。この距離なら回避は出来ない。

「僕の周りをグルグルしとる時にはもうこの策を思いついとったちゅうこと?」

「ああ、というか、これが成功する事に賭けてた。失敗したら負けだって」

 影月ならどう動くか、どう考えるか、そこでの読み合いに勝てたことが全てだ。

「はぁ、うーん、やっぱり、うーん、ま、凄いわ」

 唸りながら影月は言葉を捻り出す。

 その頭を撃ち貫いた。

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