32 永遠の2人
すぐに加瀬刑事の運転でバー・ルークスに着いた。
「あの、俺もしかして便利な足くらいに思われてませんかね?」
加瀬刑事の呟きを無視して、バーに入る。
「いらっしゃいませ。いえ、昨日あれだけ怪我をしてらしたのに、もう動いて良いんですか?」
いつも表情は変わらない式原さんだがこの時は少し汗をかいていた。
「大丈夫です」
「このバカ、病院抜け出してんだ。まだ死ぬほど痛いと思うけどな」
桜川刑事の言う通り、背中が特に痛む。
奥の部屋に入りパソコンの電源を入れログインした。
「おかえり……」
ギルドハウスに入ると曇った顔のルイスが出迎えてくれる。
「ただいま、ルイス。何かあったのか?」
まごまごして何も言わない。
「言いたくないなら良いけどさ」
ソファーに座って何が起こるのを待つ。ログインしろとしか書かれていなかったので、どうすればいいのか分からない。
気まずい沈黙の中待ち続けているとメールがきた。
「ちょっと話がしたいからギルドハウス入ってええ? 影月」
頭を掻きながらギルドハウスのロックを解く。
「いやぁ、ザインはん病院ちゃうん? もう元気になったん?」
ヘラヘラしている影月の顔を殴りそうになる。
「用は?」
「え? ああ、誘拐の事でここの管理者が犯人やって言うとったやろ? その事でな」
影月をギルドハウスの中に通す。
「僕は誰が犯人とか正直分からん」
「じゃあ何話に来たんだよ」
呆れて怒る気になれない。
「メタトロン・システム。まあ、管理者の方やな」
「……それで?」
改めて影月の話を聞く。
「単刀直入に言うで」
生唾を飲んでうなずく。
「あれはザインはんの両親や」
呆気にとられてしまった。
「何言ってるんだか、あれはAIだろ?」
「いや、まあ、そうなんやけどな。ザインはんはAIがどんなもんか知っとるん?」
「俺と影月の顔を覚えさせたとする。俺か影月の写真を見せ、覚えた情報を使ってこれはどちらの顔か判断するって奴だろ?」
「うん、まあ、あっとるな。つまり、言いたい事はAIは意思を持って無い。人が判断してくれって頼んだ物だけを判断しとるんや。で、ここから、メタトロン・システムは意思がある」
さっきと言っている事が違う。
「会社の社員1000人を生体ユニットとして常にメタトロン・システムの中に入れてある。その人達の意思や感情を学ぶ事でメタトロン・システムは意思を得ている」
何というか、あまりにSF過ぎて笑いが出そうだ。影月の顔が真剣で笑えないが。
「事実なら、普通は訴えられないか?」
「もちろん、そこんとこも僕は調べとるよ。生体ユニットになっとる人は家族が居らん人ばっかりやな、2人を除いて」
「俺の……」
両親という言葉が口から出なかった。
「そういうことやで、でも、そん時はザインはんは幼稚園か小学校に通う子供、訴えること出来へんやろ」
現実離れしているが、辻褄は合っている。
「頭が痛くなってきた」
「会うんやろ?」
影月が俺の顔を心配そうにのぞいている。
「何があったとしても気は強く持つんやで」
「分かってる」
姫花の方が俺にとって大事だから、この程度で揺らぐつもりは無い。
「そっか、なら、僕は決勝戦で待っとるから」
影月がソファーから立ち上がった。
「一つ聞いて良いか?」
「一つと言わずなんぼでも答えたる」
影月がドンと胸を叩く。
「もう京都に帰ったのか?」
「そうやけど。泊まる場所ならハイドはんがウチに来いって言っとったし、ザインはんのこと探してたで」
「嫌に決まってるだろ」
影月が困った顔をしている。
「何でなん?」
「あいつ、鍋しか食わないから。鍋は冬だけ、それも夕食の時だけで十分だ」
影月が噴き出した。
「いやぁ、そうやったわ。ま、捕まって鍋地獄も悪く無いやろ。美人の手料理ばっかり食べとったバチが当たったんやろなぁ」
笑いながらギルドハウスを出て行く影月の背中をドロップキックした。
ギルドハウスで待っていると、目の前が光り、何も無い空間から、ドアが現れた。
「行こう。ザイン」
ルイスに急かされドアを開ける。
ドアの先には果ての無い空間があった。水平線が見え、青い空には少しの雲、波一つ無い水面が永遠と思える程続いている。
ルイスがぴょこん、と飛び出した。
ルイスは水面をピョンピョン跳び、後には波紋だけが残った。
水面に踏み込んでも沈む事なく水の上に立てた。
ルイスを追いかけて行くとそこには中性的な顔立ちで麗しい黒髪の人間離れした美人が目を閉じ立っていた。
「待っていました。ザイン」
目を開けず話しかけてくる。ルイスは足元で彼女とも彼とも言えないその人を見上げていた。
「私達が、メタトロン・システム。ここの管理をしているシステムです」
メタトロン・システムが目を開く。
「あなたは、今どのような立場に居るか、理解出来ていますか?」
声色は冷血で機械的だ。首を横に振る。
「シューベルトの背後に居て、指示を出している人物、フィクサー」
「そいつは何者なんだ?」
「分かりません。ただ、多くの国の政治に口を出せ、その上決定権を持ち、流通など様々なことをコントロールする事が出来るという事は確認しています」
「それだけの事が分かって、誰かは分からないのか?」
「ええ。尻尾は一切出しません」
事実を淡々と述べるだけのメタトロン・システム。
「このまま、天道姫花をあなたに返したところで、また、同じことが起こるだけです」
「何が言いたい?」
「選択肢を与えます」
ヒメキチが現れ、メタトロン・システムの腕の中に抱かれる。
「あなたと天道姫花はこの世界の果て、誰にも手が届かず、永遠に出る事が出来ない場所で2人で暮らす。そうすれば、あなた達は二度と悪意にさらされない」
まるでエデンの園だ。
「一つ聞いて良いか?」
「どうぞ」
「あんたはさ、俺の、親なのか?」
メタトロン・システムは無表情のまま動きが止まる。
「私達は1000人の人物によって成り立っています。その中にあなたの両親が含まれていることも事実です」
「だからこそ、あなたに親心を抱いているということは事実です」
言葉に出来ない。頭を掻く。
「俺は姫花の幸せしか考えてない。だから、あんたの言っている事は飲めない」
「2人で……」
「そんなこと、幸せじゃない」
メタトロン・システムの言葉を遮る。
「意思は固いようですね。良いでしょう」
ヒメキチが消える。
「優勝し、エキシビジョンに勝てば、返し何事も無く世界大会に進めるようにしましょう。ただし」
息を飲む。
「負ければ、天道姫花は返しますが、大会に参加する権利は永劫剥奪します」
「優勝して姫花の願いくらい叶えて見せるさ」
メタトロン・システムに背を向けて出て行く。
「あ! ちょっと待って! ザイン」
ルイスがピョンピョン跳ねながらついてくる。
「お前何しに来たんだよ。案内を一切しない案内役だな」
ルイスが跳んで顔に貼り付いてきた。
「おい! 何も見えないだろ!」
「ほら、真っ直ぐだよー、ぼくが案内しなきゃ出られないんじゃないのー?」
獣臭さは無いが、前が何も見えない。
「おい、ごるぁ、降りろ!」
ルイスを掴んで離そうとするが離れない。
「あ! やだ! エッチ、変態! あ、ちょっとそっちは壁!」
ルイスと共に壁にぶつかった。