31 呪いの約束
なんとも言えない顔で桜川刑事は俺を見ている。
「その時に、対戦相手の中で引退しなかったんをカインドはんがスカウトして出来たのが九頭竜商会なんや」
月さんのドヤ顔を桜川刑事は白い目で見ている。
「えっと、正確には、影月さん、ハイドさん、クリスティーナさん、ウィルさん、ゼロ君の5人ですよね」
「せやな、虎助はんは僕が入る時、頼んだし、ヒメキチはんは姫花はんやからなぁ」
「私もこの事件の後ですね」
凛さんの補足も付け加えるられた。
「いや、そこじゃねえんだ」
「契約書と一緒に一千万を叩きつけてやったのよ。そしたらすぐ夜逃げ。まあ姫花ちゃんは助かったんだけどね」
女性が桜川刑事の耳を引っ張っている。
「痛え! 誰だ? 公務執行妨害で……」
「佐々木さん、お久しぶりです」
契約書など諸々の事を助けてくれた佐々木良子弁護士だ。
「兎乃君、大丈夫だった? これ、メロンなんだけど……何でこんなにメロンばっかり置いてあるの?」
佐々木さんの問いに苦笑いで答える。
「久しぶりね、哲也君、高校以来かしら」
桜川刑事の耳から手を離した佐々木さんが桜川刑事と向き合う。高校での知り合いなのか。
「げ、お前、あの佐々木か!?」
露骨に嫌な顔をしている。
「一般人に対してお前ねぇ、今のだけでも上に苦情を入れることは出来るのよ?」
「というか、それ以上に話すことは無いぞ?」
桜川刑事はため息を吐く。情報という情報は無いだろう。
「手がかりらしい手がかりは無いか」
「完全に話し損」
冷ややかな目で桜川刑事を見る。
「知らん。とにかく、お前は無理するな。ここからは警察の仕事だ」
もたれかかっていた壁から背を離した。
「安心しろ。絶対見つけてやるから」
こちらの返事を待たずに病室から出て行った。
「あれでも検挙率抜群の優秀な刑事なのよね。自由で無茶苦茶だけど」
分かる気がする。組織に縛られず、自分のやりたいようにやる、ドラマの刑事のようだ。
「暴漢に襲われてトラックに轢かれた、とかホントやめてよ? 姫花ちゃんが無事に帰って来ても、兎乃君が死んでたら何の意味も無いんだから」
「意味……」
「というか、どうするんや? 大会」
月さんには、それも気になる話だ。
凛さんもジッと俺を見つめている。
「姫花が誘拐された理由はまだ分からない。だから、出るには出るつもりだ」
「ホント、兎乃はんは難儀で生きづらそうやな」
哀愁の漂う苦笑いだ。
「うるさい」
「まあ、僕もあの中で残ってスカウトされただけのことはある、と思うことにする」
月さんも病室を出る。
「手は抜かれへんから。特にあのアインはん相手にはな」
そのまま出て行った。
「メロン食っていかないのか!? 4つも食えねえよ!」
「私もいつでも助けになるから、間違いだけは起こさないでね。あと、メロン、食べて」
佐々木さんも出て行った。食べて、じゃない。
「わしもそろそろお暇するとしよう、メロンは食べるのだぞ」
「いや、寅之助さん? 食べて行って良いんですよ?」
「甘いもの好きじゃろ? わしは苦手でな。楽しむと良い」
そそくさと出て行った。食べ切れるか!
「私、これからどうしましょうか」
凛さんが悩んでいる。家はボロボロで家事手伝いができる状況じゃ無い。それも誰もいない。
「勝手ですけど、お休みという事にしてください」
「兎乃君……」
「大会の方も俺1人で出ます。まだ何が有るか分からないし」
「分かりました。でも、無理だけはしないで。兎乃君」
渋々だけど凛さんは了承してくれた。
夕方の間に病院から抜け出した。メロンは後で凛さんにどうにかして貰おう。
凛さんが着替えを置いてくれていたので怪しまれず抜け出すことが出来た。包帯はしてあるが服で隠れている。
歩いて帰れる距離で良かった。
30分かけて家まで帰って来た。空は曇り、雨が降っている。傘も無く濡れながら家の前に立つ。
あの日もそうだった。
金を持って姫花の父親は何処かに走って行った。血走った目、もうどうにも出来ない。
「行ったね」
雨に濡れながら2人で立ち尽くしている。
「ありがと、兄助」
首を横に振る。
「これからどうしよう」
姫花は空を見上げる。
「自由だろ」
無責任な気がしないでも無い。俺にはそれ以上の事は言えなかった。
「そうだよね……なら、私ね」
姫花がこっちを向いて笑顔を見せる。
「兄助の物になりたい!」
意味が分からなかった。口を閉じ忘れたまま立っていると口の中に雨が入ってきた。
「本当だったら死んでたかもしれないでしょ? だったら私の人生は兄助がくれたものだから。だから、私は兄助の物になって兄助の幸せになるの」
鼻息を荒くしてまくし立てる姫花に苦笑いをする。
「俺は姫花の幸せの為に戦ったんだ。だから、それは嬉しく無い」
「私は幸せだよ、兄助の物になれるなら。ずっと幸せだと思う。いつか、捨てられたって……」
母親が死に、父親に酷い目に遭わされ、姫花の心は壊れてしまったのかもしれない。
「……それなら俺も一緒だ」
「え?」
姫花は驚いて口を手で塞ぐ。
「俺も姫花の物なら、幸せだ」
「良いの?」
姫花の頬に雨に紛れて嬉し涙が流れる。
「もちろん」
「じゃあ、約束! 私はずっと兄助の物で兄助はずっと私の物! ずっとずーっと大事にしようね」
姫花を抱き寄せた。後戻りはもう出来ない。姫花も俺も普通の幸せにはもう戻れない。
これは呪いだ。呪いの約束だ。
俺があんな事を言わなければ、姫花の言う事をしっかり嗜めておけば、姫花はまだ普通の日常に戻れたのかもしれない。
挙げ句の果てに誘拐された。俺は……
「風邪引くぞ、バカ」
傘に入れられる。
「うるさい」
桜川刑事が立っていた。
「病院を勝手に抜け出すな。看護師の身になってみろ。それが出来ないやつに何が出来る? 言ってみろよ」
正論だ。何も答えられない。焦って暴走しているのかもしれない。
「取り敢えず中に入るぞ」
黄色のテープを超え、家の中に入る。玄関のドアに大きな穴が開いている。
「酷いもんだ」
中もボロボロのままだ。
部屋を見て回る。お金や貴重品の類こそ取られていないが、酷い有様だ。
「死体を無いだけマシだ。片付けるの大変なんだぞ」
「その家に住んでた俺の気持ちは無視か」
姫花の部屋に入る。ここもボロボロだ。倒れている写真立てを直す。凛さんと姫花と俺が写っている。
スマホが鳴っている。メッセージだ。
「いや、早く見ろよ」
桜川刑事に小言を言われながらスマホをつける。
「ログインしてください。天道姫花について話があります」
そう書かれていた。
「おい! これは!」
「差出人は分からない、でも、たぶん、リスタートワールドオンラインの管理者だと思う」
一度シューベルトの罠にかかっている分、今は冷静だ。
「行くのか?」
桜川刑事がスマホを取り出す。
「お願いします」
式原さんのところしか今は使えるパソコンが無い。連れて行って貰うのが速い。
「いつもそれだけ素直ならな」
やれやれといった感じで笑う桜川刑事の足を踏む。
「余計なお世話だ」
「このガキ」
怒った桜川刑事を無視して家を出た。