30 破壊者の生誕
目が覚める。
見慣れない白い天井……病院か。
「兎乃君!」
手が暖かい。凛さんが手を握っていてくれたのか……
「随分と早い目覚めだな。まだ半日も寝てないぞ」
桜川刑事も居たのか。それにしても、半日も寝てないか。寝ている訳にもいかない。早く姫花を助けにいかなくては……
「まだ起きられるわけ無いだろ、寝てろ」
「なら、スマホだけでも渡してくれ」
右手を桜川刑事に伸ばす。
右手が普通に動く、痛みはするが、それ以外は特に異常も無い。
「外れてただけだってよ」
桜川刑事は呆れながらスマホを渡してくれる。
「連絡ならみんなにしてはおきました」
なるほど、凛さんが連絡してくれたおかげでハイド達が助けに来てくれたのか。
「つーか、何処に連絡する気だ」
「有馬頼」
「何? お前、連絡先知ってんのか?」
凛さんも桜川刑事も驚いている。
「スカウトされたからな」
「凄いな、お前……」
桜川刑事の口が閉じていない。
「別に……」
「電話は必要ありませんよ。お見舞いに来ましたから」
病室の入り口に有馬頼は立っていた。そして、その隣に和服の老人が立っている。
「久しぶりじゃな、兎乃」
「ご無沙汰してます。寅之助さん。わざわざ京都から来てくれなくても良かったのに」
伊集院寅之助、虎助の名前でゲームをやっている九頭竜商会の仲間だ。月さんと一緒で京都に住んでいる。
「えっと、知り合いなんですか?」
頼も寅之助も首を縦に振る。寅之助さんは政治家の家系に生まれた名士なので顔が広い。
「そのお見舞いの果物……被ってしまって」
頼と寅之助が箱を置く。高級メロンだ。
「ありがとうございます。わざわざ」
「それに、君が聞きたいように傘下の会社が誘拐に関わっていた。本当に申し訳ない」
頼が頭を下げる。
「え? それなら」
「いや、その、まだ見つかってないんだ。喜ばせたようで申し訳ない」
頼は困った顔をしている。
「それなら捜査協力してくれるってことか?」
桜川刑事は頼を睨んでいる。
「ええ、私どもに出来ることであれば何なりと」
桜川刑事は舌打ちをする。善意の塊のような頼に調子を狂わされているようだ。
「傘下の会社に、輸入品を扱っている会社があります。そこなら銃の調達は……」
桜川刑事と頼が捜査の話をしている。
「兎乃はん!」
げっ、この声は。
「僕も見舞いにな、好きかと思うてメロン……」
月さんは並べられたメロンの箱を見て絶句した。よりにもよって全員メロンだけなのか。
「っていうか、凄いことなっとるな」
月さんが耳打ちしてくる。
「主まで来るとは、会社は良いのか?」
「流石に会社より、友人ですよー、寅之助はんこそ、家開けて大丈夫なんです?」
京都人2人で話し始めた。病室でワイワイしている。早く姫花を助けに行きたいのに。
「一通りの話は聞いた、後はお前の話だけだ」
頼と話を終え、桜川刑事は俺から事情聴取したいようだ。頼は会社に戻っていった。
「何から話せば良い?」
桜川刑事は考え込む。
「そうだな。お前が知っていること全て話せ」
「はぁ……死ぬほど長くなるぞ?」
「なら、早く話せ」
幼稚園の頃からだった、親はほぼ家に居なかった。凛さんの前のお手伝いさんにほぼ面倒を見てもらっていた。
ただ、隣の家、幼なじみの姫花とその両親、うちの母親と姫花の母親が幼なじみで仲が良かった。一緒にご飯を食べるくらいには。
小学校の入学式を最後に親は帰って来なくなった。
それでも、お金は来るんだから、死んで無いのか、くらいにしか思う気にならなかった。
アルバムを見なければ顔さえもう思い出せない。
俺がスタートワールドオンラインを始めたのは小学生高学年くらいだったはず、カインドさんに会って、ギルドを作って、それなりに楽しかった。
それまでは割と普通の普通の人生だった。
中学生になった直後くらいの事だった。
姫花の母親が死んだ。病死だった、元から体が弱い方だったらしい。
葬式にも出たさ。父親はずっと泣いてたよ。父親があまりにも泣くから姫花が泣けなかったんだ。姫花だって辛いはずなのに。
そして、その日から姫花の父親は狂って行った。
まず、リストラされた、落ち込み続けて、仕事にも手がつかなかったらしい。
次に、酒に溺れた。日中からお酒を飲んで姫花に当たるようになった。
姫花をうちに避難させることもあった。
それだけなら、まだ救えたかも知れない。
でも、マジカルステッキに手を出したんだ。
マジカルステッキは薬物と一緒で最初こそ安く手に入る。
だが、中毒になればなるほど売人は売値を釣り上げる。そして、闇金に借金をしていた。
そんな、ある雨の日、姫花の悲鳴が聞こえたんだ。
すぐに行った。玄関は鍵が閉まっていたから、庭へまわった。窓から見えたのは地獄だった。
泣き叫ぶ姫花を無理矢理脱がそうとしていた。
親が自分の子供の裸を売って金にしようとしていたんだ。まだ小学生の姫花の。
すぐに止めに入った。でも、俺だって中学生で、相手は大人、力で勝てるわけもない。
「このゴミが! 邪魔すんな!」
罵詈雑言、優しかった父親の影はもう無い。
何度も殴られた。
何にも言えず姫花の盾になるしか無かった。
「姫花は俺の物だ! ゴミが余計なことするんじゃねえ! だったらお前が借金を払えよ! 一千万、ああ? 出来ねえのに邪魔すんじゃねえよ!」
薬物でもう無茶苦茶だった。自分で作った借金を娘に払わせようとして、邪魔したら俺に払えってさ。
でも、姫花を助けるには払うしか無かった。
俺には大会の優勝賞金500万があった。カインドさんとゲームの大会で優勝して得たお金が。
「いや、お前!?」
桜川刑事が口を挟んでくる。
「すぐ通報すれば……」
「……出来ねえよ、父親が捕まったら、姫花はどうなる。たぶん、俺達は二度と会うことは出来なくなる。それが嫌だった」
「お前……」
桜川刑事はため息を吐いて手で顔を覆った。
「間違ってることくらい分かってる。でも、俺にとってはさ、帰って来ない親や死んだ姫花の母親、変わった父親と違い、姫花だけがずっと一緒に居た家族だったから、手を離すことは出来なかった」
500万を叩きつけても足りないと言われた。
だから、カインドさんやその時のお手伝いさん、佐々木さんにも相談した。
カインドさんは賞金が出て参加できる大会を見繕ってくれた。佐々木さんは身内で腕の良い弁護士を紹介してくれた。後で何か無いようにって。
残りのお金を集める為に負けるわけに行かなかった俺は、対戦相手を完膚なきまで叩きのめした。
より残虐に、より凄惨に、士気を下げ、勝てないと思わせる為に。
何度も何度も悲鳴を聞いた。今でも鮮明に思い出せる。恐怖した目を思い出せるんだ。
楽しくなんか無かった。修羅であり続けることは俺の心を蝕んでいった。
集め切った頃には一閃の破壊者の生誕、と呼ばれる、惨禍になっていた。