29 破壊者の本懐
「あっれ……」
チートを使っていたチンピラ達が誰かに通報されBANされたことで解説席に戻っていたハイドが声を上げる。
「何その間抜けな声」
クリスティーナが白い目でハイドを見る。
「知り合いだった」
「え?」
「九頭竜商会に入る前までさ、あいつのギルドに居たんだ」
ドウジが椅子から滑り落ちた。
「何で黙ってた」
「いや、名前が一緒の奴なんかたくさん居るし、あの人は引退するしてたんだぞ、分かるわけが無い」
ドウジが椅子に座り直した。
「とにかく、今はザインが勝ってくれる事だけを俺は祈ってる」
シューベルトが腰のホルダーから二丁のマグナムを装備する。
「私の響かせる美しい旋律、君はどう破壊する? 私は知りたい、破壊によって産み出される音を。教えてくれ」
訳の分からないことを言いながら銃口を向けてきた。
ハイドのハンドガンと違い、一発の威力が高い。当たればそのまま畳みかけられる。
シューベルトが引き金を引くと同時にスライディングしながらシューベルトに接近する。
銃弾が頭の上スレスレを通って行った。
そのままシューベルトの足を狙って鎌を振る。
シューベルトはバク転で鎌を避けながら銃弾を撒いてくる。
全く当てる気が無いような、適当な射撃だ。目的が牽制にしてももう少し当てに来る気がする。
後ろから何か金属がぶつかる音が聞こえた。
振り返ると、ばら撒かれた銃弾が跳弾し縦横無尽に暴れ回っている。
銃弾の嵐だ。
「芸術的だと思わないか? 」
思わなくも無いが反応する気にはなれない。
「私は生まれた時から、顔の右半分の筋肉が麻痺し動かず、右目も視力が無い」
縦横無尽に飛んでいた銃弾が一斉にこちらに向きを変え襲ってきた。焦ったがなんとか回避出来た。
まさか、何回も繰り返す跳弾の軌道や速さを計算して同時に俺に向かわせる、そんなことが意図的に出来るのか?
「君が過去に体験した地獄と同じようなものだ」
こちらを無視して悠々と話を続けているを
「君と同じように私も進化した。進化して得た力として、空間は手に取るように把握でき、音は音程だけで無く、その波形まで分かる。風の動きや速さも。君の思っている通り、跳弾の軌道や速さを計算し、君に誘導する事など造作もない」
言葉が出なかった。言葉通りの事を実際にやっている。
シューベルトは跳弾している銃弾を撃ち、軌道を変える。
跳弾が増えれば増えるだけ、不利になる。
時間差で銃弾が飛んでくる。継続的に攻撃され続け、手も足も出ない。
「どうした? 君は破壊すれば良い。破壊し、破壊し、破壊し続ければ良い。強さを抑え込む必要は無い」
シューベルトは話しながら撃ち続け、跳弾は増え続けている。
埒が開かない。シューベルトは俺の攻撃を避ける以外に動いていない。今まで戦ってきた相手とは比べものにならないくらい強い。
おまけに、意識は朦朧とし、利腕を使えない。
諦めたくなる。
目眩がして冥月の大鎌を落としてしまった。足も止まる。身体に力が入らない。
心の底から弱音ばかり出てくる。
鉄パイプで頭と背中を殴られ、トラックにも轢かれている。助けて欲しい。
「残念だが、よく頑張った。これで終わりにしようか」
全ての跳弾が一斉に俺に向かってきた。
「チェックメイト、流石にアレでは厳しかったか」
声から憐みが滲み出ている。
助けて欲しい、助けて欲しいが本当に助けて欲しいのは、俺じゃなく誘拐された姫花だ。
俺以外の誰に姫花が助けられる?
鎌を拾い上げ、銃弾を薙ぎ払う。真っ二つになり銃弾はやっと止まって地面に落ちた。
「そう、それだ。私の旋律を破壊する君と私が作り出す、この音が聞きたかった」
褒め称えるような笑顔のシューベルトを睨む。
「同じ目だ。スタートワールドオンライン最大の惨劇、一閃の破壊者の誕生、その時期の大会を総なめし、大量の引退者を出した、あの時の君こそが、君の本質。クライアントはこれが見たかったんだ」
鎌を構えながら、ダッシュで近づく。鎌の届く範囲内に入るとシューベルトはバク転しながら引き金を引く。
鎌を振らずにバク転中のシューベルトの背中を蹴り飛ばし、鎌を投げ跳弾を斬り落とす。
蹴り飛ばされ仰向けに倒れているシューベルトの顔面を踏み付けた。
そして、胸倉を掴み、シューベルトを立ち上がらせ、頭突きをする。
「ぐっ……なるほど……これは確かに……トラウマになり引退者が出ると言うのも……うなずける」
シューベルトから手を離し顔を蹴りつける。
蹴りをくらい倒れたシューベルトの背中を鎌で刺し、振り回す。
そして、地面に叩きつける。
「ぐぁ……」
呻き声を上げ苦しそうな顔で立ち上がろうとするシューベルトの頭を踏む。
「まだHPが残っているのか。しぶとい、無様でしぶとい」
踏み躙り、蹴り飛ばす。
「人の心というものを何処かに捨ててきたのかね?」
「そんなもの、何の役に立つ」
そんなものに縋った所で姫花は助けられない。
「素晴らしい、素晴らしい破壊者だ。クライアントの望む、私の望む世界の象徴だ」
歓喜だ。これだけ蹂躙されながら、表情は歓喜に満ちている。
「何が言いたい?」
「私の感覚能力や君の判断能力のように、今世界は進化に進んでいる。だが、その反面、薬物に手を出し、自らの全てを滅ぼす弱者が世界を牛耳っている。今こそ世界は変わる時だ。革命の時ということだ」
恐怖すら感じる。こいつは狂信者と呼ぶに相応しい。薬物で多くの人の命を奪っても何も思わない、狂っている。
そう狂っている。
「だが、それは君も同じだ」
心を読まれたかのようにシューベルトの言葉が続く。
「一閃の破壊者の誕生、引退者だけで無く、自殺者も多かったな。顔に刃物を叩きつけられる映像を見せられればPTSDにもなると言うもの。君も人殺しなんだよ。どれだけ忘れたくてもね」
顔にナイフを叩きつけ、首を掻っ切り、頭を踏みにじった。それで心が壊れ自死を選んだ、なら俺は殺人鬼だ。
忘れたかったし、もう二度とこの世界に戻ろうとも思っていなかった。
「彼女を救いたいんだろう? 破壊者の本懐を思い出せ。全てを破壊しなければ君達は真っ当に生きることすら出来ない」
シューベルトの首に鎌の刃を押し付ける。
「答えろ。あいつは何処にいる?」
シューベルトは舐めるように俺を見定める。
「残念だが私は知らない」
シューベルトの腹をかかとで蹴る。
「もう一度だけ聞く、何処だ!」
「君の家に銃弾の跡があっただろう? ただの薬物中毒者が銃なんて持っていると思うのか? あの場には第三者が居た」
それにしても何故こいつはあの場に居なかったはずなのに詳しい事を知っているんだ。それだけでは無い、ホログラムなんて最先端の技術まである。
「ならそれは誰だ?」
「メタトロン・システム、君にはここの管理者と言った方が分かりやすいか」
「何故、ここの管理者が……」
シューベルトに淡々と告げられた事実に戸惑う。
「彼女を手に入れれば君を制御出来ると思ったのだろうな」
シューベルトは渇いた笑い声を上げる。
無言でシューベルトの首を切り裂いた。
「おい! 大丈夫か!」
勝ちが決まりすぐに現実に戻ってきた。有馬に事実を確認しなければ……
スマホが手から滑り落ちる。
「早く病院に連れて行きましょう!」
2人に担がれた所で意識を失った。