25 夜の出会い
ゴールデンウィーク最終日、2日目のデスティニーランド以外は遊びに出かけず家で課題をして過ごした。
凛さんも帰ってきて、優等生な姫花と加恋が居ればそうなるのも必然かもしれない。
それに明日葉さんも大学病院に勤めていたくらいには頭が良い。
休憩と勉強の気晴らしを兼ねて毎夜コンビニに出ている。
いつもと同じようにコンビニスイーツを買いに行くだけだ。
いつもと同じように誰もいない公園を通り抜けて近道をしようと思ったが今日は違った。公園の前に高級車が止まっていて、ブランコに誰か居る。
「通らないのかい?」
公園の前で尻込みをしていると声をかけられた。待ち伏せされていたということか。
しかし、この声は……
「私は有馬頼。あまり有名な方では無いが、ある会社の社長をしている」
謙虚に言っているが誰でも知っている世界一大きい企業だ。
「知ってますけど」
「そうか、トーナメント表の発表の時に見てくれていたのかな。ありがとう」
警戒しながら公園に入る。頼はニコニコ笑っている。善人のように見えるが……
「私は君にとても感謝してるんだ」
「感謝?」
感謝されるようなことはしていない筈だ。
「スタートワールドオンラインで君が活躍すればするほど、新規の人が増えていたことは君は知らないと思う。おかげでリスタートワールドオンラインも順調に稼働させることが出来ている。本当に君には感謝しかない」
嘘をついているようには見えない。
「まあ、一応親が勤めている会社ですから」
頼は少し悲しい顔をした。
「それに関しては申し訳ないと思っている。ほぼ会社に住まわせるような状況になってしまった」
言い訳もしない。この人は綺麗過ぎるんだ。眩しいくらいに真っ直ぐで綺麗で人間っぽさが無い。
「もしも君が困っていたら私がすぐに助ける、これは私の電話番号だ。受け取ってくれ」
頼はポケットから手帳を出し、電話番号を書き込んで破って渡してくる。
「普段からメモはスマホにするタイプだけど、こういう時に便利なのが手帳なんだよね」
自然な笑顔に引き込まれそうになる。
「ここからが本題なんだ。君はこの大会が終わったらどうする気かな? もし君が良ければ私のもとに来ないか?」
「スカウトですか? 俺はこの大会が終わったら引退するつもりです」
キッパリと言い切る。
「そうか、いや、無理強いはしないよ。でも、気が変わった時も私に連絡して欲しい。私は君の力を貸して欲しいと思ってる」
残念そうな顔はすぐに隠し、右手を出してきた、握手か。
慌てて、握手すると、彼は少し笑った。
「今日はありがとう、あまり遅くならないようにね」
彼は車に戻って行った。
「あれ? 君、確か高校生だったよね? 桜川さん、ほらこの前駅前で」
「何やってんだ、加瀬……ってこの前のガキか!」
コンビニの目の前で男2人に絡まれてしまった。この前の刑事2人だ。
面倒なのに出会ってしまった。
「おい、補導するぞ」
何処かのカードゲームみたいなノリだな。
「はぁ、馬鹿やってねぇでさっさと帰れ」
桜川と呼ばれていた刑事に手で虫を追い払うようにされる。
「スイーツ買ったら帰るっての」
すぐ帰るって言っておけばなんとかなるだろう。補導されても俺だけなら大した問題にはならない。
「俺もそれが良いと思う。あまり大きな声で話せない話なんだけど、ニュースでやってたでしょ? 中国マフィアが殺されたって話、ペスト医師のマスクの奴がそのマフィアの遺体が出たビルから……」
桜川刑事が加瀬刑事の頭に手刀を喰らわせる。
「馬鹿か、一般市民を不安にさせるような事を言うなっての」
「すいません……」
シューベルトが殺人? 続きが聞きたいがどう言えば話してくれるだろうか。流石に素直に脅迫されたとは言えない。
「何だ? さっさとスイーツを買って帰れ、ガキ」
スイーツを買うのは許してくれるようだ。
「……授業でさ、社会情勢とか知れ、って言われてさ。続き聴きたいんだけど」
桜川刑事が面倒くさそうに頭を掻いた。
「今出回ってる違法薬物のことは知ってるか?」
首を横に振る。
「知らねえなら良いんだが、警察はその中国マフィアと組んで薬物を撲滅しようとしてたんだが、実行直前に奴は殺された」
思っていたよりも大きな話になってきた。
「マジカルステッキ、跡が残らないトンデモ薬物なんだ」
加瀬刑事から真剣な雰囲気に似合わないファンシーな名前が出てくる。
「跡が残らない代わりに人間には戻れず必ず死ぬ。一度やれば脳味噌がボロボロになって中毒になる。そうして狂った奴に常識は通用しない。俺の部下も薬中に殺された。絶対に手を出そうと思うなよ」
桜川刑事の真剣な顔に気圧される。そういえば去年くらいにそんなニュースを見た気がする。
「そんなの聞いて手を出す訳がない」
「訳がない、なんて甘いことじゃダメだ。そういう奴には近づくな。分かったな」
ガキとか言葉遣いは荒いが言葉の節々から優しさを感じる。
「そんな危険な物に関わってる可能性があるから、もし、また、見かけたら直ぐに連絡するんだよ?」
加瀬刑事に念を押される。
「さっさとスイーツ買って帰るんだよー!」
加瀬刑事に見送られながらコンビニの中に入る。
もしかして、シューベルトがこの辺に出たからあの2人が居たのか?
言い表せない不安のトゲが胸の奥に刺さったまま抜けない。
さっき会った有馬頼は関係あるのか、嫌な感じが膨らんでいく。
「ただいま」
「おかえりー」
姫花が出迎えてくれる。
「アイスー!」
俺の胸に突っ込んで来た。そのままギューっと抱き締められる。姫花の柔らかい胸が押し付けられている。
「そんなにアイスが食べたかったのか?」
「うん、季節限定きな粉アイス!」
確かに季節限定でコンビニの中に大きく貼り出されていた。
「おかえりなさい」
エプロン姿の凛さんも来た。
「杏仁豆腐で良かったんだよね?」
「はい、ありがとうございます。夜ご飯の後片付けも終わったので食べましょうか」
凛さんも嬉しそうに笑う。
「ああ」
うなずいて、靴を脱ぎリビングに行く。
「また、苺アイス買ってる。本当に兄助は苺アイス好きだよねー」
姫花の言う通りで、食べ物とかあまり冒険する方では無い。
「兎乃君、同じものばかり食べいてはダメですからね。特に好き嫌いが多いんですから」
2人が居ないとカップ麺しか食べないような人間なので凛さんの言葉は耳が痛い。
「私と凛さんが居るからそうはさせないけどねー」
「はい、もちろんです。昔に比べて改善されてきてますけど、まだまだです」
やる気な2人を眺める。面倒なのに嬉しくもある。
「はいはい、分かったよ」
「うん、ずっと面倒見てあげるから」
ふんす、と荒い鼻息で胸を張っている姫花のアイスを一口貰う。
「ああ!? もう私のなのに〜!」