18 死の究明
数日後。
「ピンポンピンポーン!」
インターホンが鳴り来客を伝える。口でピンポーンと客は言っている。マジで出たくない。
「兎乃はん! 居るんやろ! ねぇ! 出て欲しいんやけどー!」
超うるさい。
「月さん、うるさい」
年上には、基本、さんを付けているが影月、本名、影島月に、さん、を付けるのも馬鹿馬鹿しく感じる。
「やっぱり居るや~ん」
仕方なく玄関を開ける。
「おはようさん」
両手いっぱいに紙袋を持った月が立っている。二桁近くある紙袋には老舗和菓子屋のメーカーの名前が書いてある。
「おはよう、マジで来たのか」
「ん? どーゆうこと?」
「いや、いい」
月さんを中に居れる。
「あ、凛はんに姫花はんも居るやん」
そのままリビングまで通した。
「あ、月さんおはようございます」
「げ、月!」
二人の反応はゲームの中と同じだ。同一人物だから当然なのだが。
「はいはい、お土産持って来たで」
持っていた紙袋をテーブルの上に乗せた。
「これ全部ですか?」
「せやで」
姫花は目を輝かせ、凛さんは呆気に取られている。
「これは当分の間お菓子は買わなくていいですね」
「くっ……ありがと、月さん」
「はいはい、どーもどーも」
早速、姫花と凛さんがお茶を始める。
「兎乃はん、この後時間ある?」
月さんが二人に聞こえないように話しかけてくる。
「カインドはんのことで話したいことがあるんや」
無視しようと思ったが、カインドの名前が出たことで、無視が出来なくなった。
「どういうことだ?」
「それは……僕とちょっと出かけへん?」
ここじゃ言えない事なのか。
「分かった」
「月さんは何で東京に?」
凛さんがお茶を淹れてお菓子を配る。
「仕事やで、それももう終わったから後は観光して帰る予定」
「へ~、月さん、まともに仕事してたんだ」
「ははは、姫花はんは手厳しいなぁ」
適当にフラフラしてるようにしか見えない。
「もしかして兎乃はんもそう思っとるん?」
「まあな」
「酷いわぁ、僕これでも結構傷つくんやで?」
傷ついているように全く見えない。
「これ食べたら僕ちょっと、兎乃はんと観光してくるわ」
「ええ!?」
姫花が驚いて椅子から転げ落ちそうになる。
「悪い、菓子を人質に取られてるんだ」
八つ橋をぶらぶら振る。
「いや、ちょっと? 僕そんなこと一言も言って無いんやけどー」
ジト目で月さんを睨む姫花が可愛い。
「ほな、いくで!」
月さんに引っ張られながら家を出る。
「行ってきまーす」
「ええ!? 兄助!?」
「帰ったら僕、何て言われるか」
ぶつぶつ独り言を言う月さんの後をついて行く。
「知らね」
「無責任やなぁ」
「何処に向かってるんだ?」
「駅やで、正確には駅前のバーやな」
「何でそんなところに?」
「う~ん、それは着いてからやないと言えへん」
何を聞いても話してくれ無さそうだ。黙ってついて行くしかないか。
「ここやで」
駅前の、この間のペストマスクシューベルト騒ぎとは反対側の場所に、目的地のバーはあった。
「ばー……」
「バー・ルークス、豪華って意味やな」
「調べていないと読めるわけが無い」
「せやな」
インターホンが無いので月さんがドアを叩く。
「すみませーん!」
ドアが開き中から白髪の渋いおじ様というに相応しい初老の男が出てくる。
「申し訳ありませんが……」
「あ、僕、電話した、影島月、影月ですー」
初老の男は顔色を変えない。
「そうでしたか。では、あなたがザインさんですね?」
初老の男が俺の方を見る。
「あ、ああ」
驚きで上手く返事が出来なかった。何で知っているんだ。学校の奴らでさえ気が付けないようにしてあるのだが。
「どうぞ、入ってください。私はこのバーのマスターをしております、式原と申します」
マスターに店の中に通された。
店は、黒を基調とした落ち着いた雰囲気をしている。
カウンター席に月さんと並んで座る。
「オーナーからお代はこちら持ちにしてくれと言われております。好きなものを頼んでください」
マスターがカウンターの奥に戻っていく。
「オーナー?」
「片倉優さん、いえ、あなた達にはカインドさんと言った方が分かりやすいでしょうか」
カインドさん、今は無き九頭竜商会のギルドマスターであり、去年の夏に自身の部屋で死んでいる。警察の見解では空腹と脱水症状による眩暈で頭を打ったことが死因とされている。
「オーナーは私財を全てこの店に注ぎ込みました」
「奥に優はん特注の凄いパソコンがあるんやって」
月さんが指差す方にはドアがあってスタッフオンリーになっている。
「何だそれ」
「オーナーの指示でリスタートワールドオンラインもインストールされています」
「ちょっと待ってくれ、リスタートワールドオンラインが始まった時にはもう優さんは死んでるだろ」
リスタートワールドオンラインは今年の2月に始まっている。
「ええ、メモが残ってあったんです」
色々な情報を一度に詰め込まれ訳が分からなくなってきた。
「話したいことってこれのことだったのか?」
影月はゴソゴソと手帳を出す。
「これ」
ほぼ真っ白な何も書かれていない手帳から手帳に挟んでいた写真をテーブルの上に置く。
写真には生前のスーツ姿の優さんが写っている。そして、その後ろにペストマスク、シューベルトそっくりの人物が立っていた。
混乱して何を言えば良いのか分からない。
「優はんが死ぬ直前、その一週間の間に撮られたものなんや」
月さんの表情が苦々しい。
「優はんはこの前後に何度銀行に行って口座を作っとる。そして、その全てが数時間後に凍結されとった」
「じゃあ」
「そうや、敵は銀行の口座を凍結させるくらい簡単にやる、人を殺しても何とも思ってへん奴ら」
色々なものを叩きつけられ頭が痛い。知り合い、それも信頼していた人が殺されるなんて非現実的過ぎて頭が働かない。
マスターが水をくれる。水を飲んで少し頭痛が治まった。
「兎乃はん」
月さんが俺を呼んでいる。何とか顔を向ける。
「もしも、この先、シューベルトが近づいて来たら、身の危険を感じたらすぐに手を引いて欲しいんや」
月さんの声が真剣だ。いつものふざけている感じが一切無い。
「僕は、優はんに言ったんや。この先はみんなを僕が守るって」
一言一言を噛みしめるように言う月さん。
「優はんの事も僕が何とかする」
「狙いは俺だろ」
月さんは一瞬何も言えなかった。
「影月以上に強いのは日本では俺だけだ。あいつには俺がアインだってことも分かってるんだろ。なら、あいつは間違いなく俺を狙う」
「何かあって苦しむのは兎乃はんだけやない。姫花はんも苦しむことになるかもしれんのやで」
姫花の名が出て心臓が掴まれたような気がした。
「分かってるさ、でも、その時が来るまで、どうするかなんて判断出来ない」
「判断を間違えて暴走なんて絶対にやめてや。ほんとに頼むで」
「……分かってる」
月さんがいつもの朗らかな表彰に戻った。
「分かっとるんならええわぁ、さ、観光して帰ろか。ありがとな、マスターはん」
店を出て行く月さんにマスターはお辞儀をする。
「兎乃さん、もし、何かあった時はここに来てください。私に出来ることなら何でもするつもりです」
マスターの声は悲しみと慈しみが溢れていた。
「……ありがとうございます」
店を出る。
「で?」
姫花が帰ってきた俺達を見ている。
「男二人で行ったんですね。東京観光」
男二人な上にお土産を大量に買い込んでいる月さんの隣を歩くという苦行をしなければならなかった。
「いやぁ、楽しかったわぁ。な? 兎乃はん」
応える元気は無い。
「兄助は可哀想なことにげっそりしてるんだけど」
姫花が後ろから抱き締めてくる。
「ま、お菓子何個か置いとくから。僕はそろそろ帰るな」
月さんが門の先から手を振る。
「じゃ、またゲームで!」
大量のお土産を持って京都に帰っていった。まさに嵐だ。