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15 桜の写真

「起きてー!」

 エプロン姿の姫花が体を揺する。いつもならご飯置いとくからねー! くらいで終わるのに今日はどうしたのだろうか。

「起きてよ、もー!」

 遂に布団の中に入ってきた。そして、服を脱がし始めたので、流石に止める。

「おはよ、兄助」

「どうした? 今日は……」

「もう9時だから行ってもどうせ遅刻だよ」


 時計を見ると確かに9時を超えている。

「……え? 姫花! お前遅刻だぞ!?」

「……初めて仮病使ったの」

 照れ笑いをする姫花の額に手を当てる。熱は無い。仮病って言ってるから熱がある訳ではないのだが。

「おでこを合わせた方がよく分かると思うけど……?」

「いや、いい……」


「どういうことなんだ?」

「前に服買ったでしょ? まだ新しい服でデートしてないなぁって思って」

 姫花がスマホの画面を見せる。河川敷の桜並木の写真だ。

「まだ桜咲いてるって! ピクニックだよ! ピクニック!」

「分かった。分かった」




 着替えてリビングに行くと、姫花が上機嫌で料理を作っている。

「サンドイッチだよ。もちろん、大好きなツナマヨにたまご、あと、苺」

 手際よくサンドイッチを作っていく姫花を感心しながら眺める。

「お嫁に欲しい?」

「もう嫁だと思ってた」

 姫花の手が止まった。

「そうだったんだぁ、あはは、大好き、あ・な・た」

 幸せそうな笑顔で抱き着いてくる。今更、冗談とは言い出せない。これも悪くは無いけど。

「嬉しそうで良かった。とりあえず、朝飯ある?」




「ふぁ~」

 大あくびをしながら姫花の隣を歩く。姫花がお弁当を作り終えるとすぐに家を出た。場所は知らされていないので姫花について行くしかない。

「川の近くの公園でピクニックするつもりだったんだけど、ダメ?」

「ダメならついて来てない」

「ほんとに優しいよね。大人の男って感じ」

 さっぱり意味が分からない、何処がどう大人の男なんだ。

「だって兄助、下心無いもん、あっても分からないくらいだもん」

「……下心ねぇ」

「学校は最悪だよ、みんな下心丸出しで優しくしてくるんだもん」

 姫花の手を握る。姫花はモテることで嫌な思いもたくさんしていることは知っている。

「……優しすぎだよ。そういうところが好きなんだけどね」




「着いた!」

 桜並木の中を歩いていく姫花。平日の昼間だから人が少ない。酔っ払いや騒ぐ奴が居ないから静かだ、その代わりカップルだらけだが。


 早速シートを敷いて座る。

 もう満開を過ぎていて、たくさんの花弁が降って来る。

「お腹空いた?」

「朝飯抜きだっただろ」

「あはは、ごめんごめん」

 姫花はバスケットからラップに包まれたサンドイッチを取り出す。

「はい、あーん」

 サンドイッチを口に突っ込まれる。

「美味しい」

「えへへ、頑張って良かった」

 俺が齧ったサンドイッチを姫花が食べ始める。


「中身全部違うんだよ。シェアしないとね」

「まあ、別に良いけどさ」

 潔癖症でも無いし姫花なら特に気にすることは無い。

「っていうかさ、付いてるぞ」

 姫花の口についていたパンくずを取る。

「ありがとね」


 サンドイッチを食べ終わる。

「お腹いっぱいになった?」

「ああ」

「良かった、ふぁ~」

 姫花は欠伸をして恥ずかしさから顔を真っ赤にして下を向いた。

「膝、貸してやる」

「いいの?」

「ダメなら言わない」

「うん」


 姫花が俺の膝を枕にして仰向けになる。

「凄いね、桜が降って来るみたい」

「……いや、降って来てるだろ」

 姫花の顔の上に桜が舞い落ちる。

 姫花は目を閉じ、そのまま寝てしまった。




「ちょ、ちょっと待って!」

 ハンカチで姫花の寝顔を隠そうとすると、男がやって来て制止する。

「はぁ?」

 男は息を切らしながら遊歩道の方からやって来る。

「いや、その、俺は不審者じゃ……ってこんな感じで言っても伝わらないと思うけど」

 男は中々おしゃれな服装をしている。

「自覚しているのなら来ないでくれませんか?」

 姫花の顔にハンカチを被せる。

 男は息を整える。

「いや、実はこんな可愛い子初めて見たんだ」

「俺の彼女に何か用か?」

 これを言うと男は基本引き下がっていく。

「やっぱり? いや、でも、やっぱり、諦められない。もちろん、彼氏君も一緒で良いんだ! 一度来てくれないか?」

 ナンパじゃないのか。


「カメラマンさーん!」

 聞いたことのある女性の声が男のやって来た方から聞こえる。カメラマン?

「あれ? 兎乃じゃん!?」

 やってきたのはクリスティーナの中身、渋谷ティナだった。

「ティナさん?」

「寝てるのって、もしかして」

 ハンカチを取る。

 顔を真っ赤にして目を回した姫花の顔が出てきた。

「か、か、か」

「か?」

「彼女!? 私、やっぱり彼女なんだよね!?」

 姫花にチョップを喰らわせる。静かになった。


「ところでさ、兎乃も姫ちゃんも今日平日だよね? 学校は?」

 姫花の顔から大粒の汗が流れ落ちる。誰でも簡単に騙せるくらい姫花は嘘が上手いのだが、俺と凛さん、ティナさんだけには嘘が吐けない。

「オリエンテーションの振替休日です」

「そうだったの?」

 姫花がぶんぶんと縦に首を振る。

「……まあ、いいけど」


「カメラマンさん、みんな呼んでますよ。暴走するのも大概にしてくださいね」

 ティナがカメラマンの首根っこを掴んで持って帰る。

「待ってくれ~! こんな美少女が居るのに俺は撮らなければいけないんだ~!」

「その子、カメラNGだから、諦めてあたしの撮影に戻ってください」

「たのむ~! あぁぁぁぁ!」

 子供のように駄々をこねるカメラマン。静かな公園が一人で騒々しい。


「撮るだけなら……私、大丈夫です」

「……え?」

 驚きで間抜けな声が出る。カメラ関係は全てNGの姫花がOKを出すなんて。

「も、もちろん、兄助がずっと見てくれてないとダメだし雑誌に載せたりもダメですけど」

「それでも構わない! ぜひお願いします!」

 ティナさんの手から抜けてきたカメラマンが姫花の手を取ろうとするので流石に止める。いきなり詰め寄られて姫花がびっくりしている。

「興奮し過ぎ」

「す、すまない」




 姫花が現れると撮影現場は騒ぎになった。可愛いとか、ぜひモデルにとか、口々に言うのをティナが守ってくれている。

「はぁ」

「お疲れ様、ティナさん。ていうか、ティナさんの撮影……」

「ほんとそうだよねー、あたしほっといて何してるんだか……」

 もてはやされる姫花を見てティナがため息を吐く。

「まあ、あたしが選んだワンピースだから悪い気はしないし、そもそもジャンルが違うでしょ」

 姫花は明るい可愛い系、ティナはハーフの美人系、ジャンルは確かに違う。

「もし雑誌に載ったりしたら大変だよ? あんな可愛い子」

「そうだな、本人も下心だけで近づいてくる奴が嫌いっぽいしな」

「そんな奴みんな嫌いだと思うけどね……まあ、でも、あたしのファッション真似してデートしたら上手く行ったとか、ファンレター来ると結構嬉しいんだけどね」

「……ゼロ兄」

 ボソッと呟くとティナに胸倉を掴まれて川に落とされそうになった。




「見て見て!」

 撮影を終えて姫花が帰ってきた。姫花が写真を見せてくれる。生まれて初めて姫花が写った写真を見た。

「可愛い」

「えへへ、これ、兄助に貰って欲しいんだ」

 写真を受け取る。

「最初の一枚だから、やっぱり兄助に持っていて欲しい」

「そうか。スイーツでも食べて帰るか」

「うん!」

 姫花と手を繋いで歩き出す。

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