110 君の幸せ
「兄助! せっかくプールに来たのに、入ろうよー!」
姫花や凛さん、莉乃に明日葉さんと加恋の家のプールに来ていた。郊外の広い家の庭のプール、広さも学校のプールより大きい。
決勝戦が終わり、数日が経った。夏休みが始まり、世間はほぼ元通りだ。
少し違うのはハチマンに捜査のメスが入った事だ。大騒動を起こし、警察も看過できなくなったようだ。
姫花の誘拐の実行犯もハチマンの子会社から捕まった。
リスタートワールドオンラインは今も稼働しているが、メタトロン・システムは停止し、人の手によって安全な運営がされているようだ。
プール横のパラソルの下でプールで、はしゃぐ姫花を眺める。いつもの楽しそうな笑顔をしている。この笑顔を見ると、勝てて良かったと心の底から思う。
桜川刑事から、ハチマンの捜査報告のメールが送られてくる。どうせ、大した内容では無い。
中国マフィア殺しの件も片付いたらしい。犯人は、広田刑事だったそうだ。決勝戦の間に桜川刑事が広田刑事を逮捕したらしい。アーサーの指示に従い、警察の地位を使って暗殺を繰り返していた。
現役の一課の課長が逮捕されるという大事件が起き、ほぼ裏手の桜川刑事も表立って捜査に参加している。
「そういえばマオさんからは? ブックメーカーで大儲けしたんでしょ?」
姫花が隣に座って、スマホをのぞいてくる。
決勝戦が終わった後、マオさんは大喜びでスキップしながら俺の前に現れた。1億ドルは下らないという超大当たりだったと話していた。
「当たった金で国を買ったってさ」
「……国? それって買えるの?」
姫花が不思議そうな顔をしているが、俺も同じだ。国を買うという発想が思いつかないし、買う方法も分からない。
「買った直後にクーデターを起こされて、即刻入国禁止になったらしいけどな」
「ごめん、分からないや」
姫花は考える事を諦め、笑顔になる。
「俺にも分からない」
苦笑いで答えておいた。
「秀人、今日アメリカ行きでしょ?」
ハイドの中身、秀人は本業のバスケットボール選手として、アメリカに行って鍛える事にしたらしい。
以前からアメリカのチームにスカウトされていたが、この大会を終え、決心がついたとの事。
「ザイン! 俺はアメリカでもっと強くなって帰ってくる! それまで首を洗って待ってろ!」
と言っていたが、リスタートワールドオンラインには入り浸っている。
クリスティーナとゼロ兄は、リスタートワールドオンラインの運営チームに入り、より良く運営されるように頑張っている。
影月と虎助さんは、日常に戻りながらハチマンの事を探っているらしい。何を探っているか聞いても教えてくれなかった。
ドウジは今まで勤めていた会社を辞めて、探偵として2人の手伝いをしていると聞いた。
俺や姫花、加恋、莉乃は日常に戻った。
普通の高校生として生きる事を決めた。ログインももうしていない。
ハチマンに捜査が入り、親からの給料は無くなったが。それでも、貯めていたお金と今大会の優勝賞金があれば、当分の間は今まで通りだ。
「ねえ、兄助、アーサーさんはアレで良かったの?」
姫花が俺の目をのぞいてくる。
「ああ、アレで良かったんだ」
アーサーは決勝戦の後、逮捕された。
決勝戦前
「頼み事がある」
「はぁ、そこまで言うなら聞くけど」
マオさんは呆れた顔をしている。
「アーサー達を助けてほしい」
真顔で言い切る。マオさんは困った顔で俺を見ている。
「助けが必要な人じゃ無いと思うんだけど」
「決勝戦後、必ず命を狙われる」
「何でそう思うの?」
「アーサーが勝てば、この世界を使って、悪人を粛清するはず。される側からすれば、止められる最後のチャンスだ」
「……確かに」
「アーサーが負けても、アーサーに組織を潰された連中が復讐しに行く」
「それは確かな情報なの?」
「ああ、残党に動きがあったと警察から聞いてる」
情報提供者は加瀬刑事だ。情報は間違いなく信頼出来る。
「知り合いに伝えて何とかする。何とか出来ないのに報酬貰えないし」
「ああ、頼む」
「何でそこまでするの? 敵でしょ?」
「ゲームで人が死ぬなんてつまんないだろ」
「トゥンク、パピーって優しいね。惚れてる」
マオさんは上手くやってくれた。どんな手を使ったのかは知らないが、とにかく上手くやってくれた。
アーサーも残党も悪党も全員逮捕という、最善の結果になった。
アーサー本人は死ぬつもりだったらしく。俺の呼びかけを無視した。何度か留置所に行ったが会ってくれなかった。
シューベルトやイリヤは一度逮捕されたが、すぐに釈放された。
ダンテは逮捕もされなかった。決勝戦の時にはアーサーとは手を切っていた。
これで良かったのだ。
それに、姫花が無事でまた笑ってくれる。俺にはそれが一番だから。
「また物思いに耽ってる。お爺ちゃんみたいだよ、兄助」
「爺言うな……」
いつの間にか水鉄砲に囲まれている。悪ふざけなのだろうが、アーサー1万人に囲まれた時のことを思い出して鳥肌が立つ。
あれは本物の地獄だ。
「発射!」
姫花の合図で全員が水を発射する。
びっくりして後ろにひっくり返る。
「勝利ですね! 姫花さん」
「油断したらダメだよ、加恋先輩。兄助はここからが強いんだから」
姫花の言葉で、また水鉄砲を構えた。
「……よく分かってるじゃん」
俺の分も水鉄砲を用意されてある。その水鉄砲を取る。
「許さん」
「わあ、兄助が怒った! はい、退散、退散!」
一目散に姫花が逃げ、加恋達が後に続く。
「待て……え?」
水で足が滑った。空が見える。
背中からプールに叩きつけられた。
「兄助!?」
姫花の顔が見え、気を失った。